第2話 『学校にて 2』

ガラガラガラ

教室の扉が開き、数学教師の鈴木が入ってきた。そして数学のテスト返しが始まる。鈴木が淡々と生徒の名前を読み上げ、テストを返していく。そして、

「紀尾井坂君」

彼女は名前を呼ばれると、スタスタと教壇に向かっていった。

「いやぁー紀尾井坂君、今回もすごいねぇ。カンニングでもしてるのかと思ってしまうよ。ま、この調子で頑張ってくれたまえよ」

そう言って鈴木は六月にテスト用紙を返した。

相変わらず胸糞悪いヤツだ。

みことはそう思った。恐らくクラス全員がそう思ったであろう。鈴木は生徒からは人気がない。むしろ嫌われているほどだ。理由は簡単で、口の悪さと見た目の気持ち悪さ。眼鏡をかけていつも汗をかいている。体も太っているから、こちらとしては余計むさくるしさを感じる。それに情緒不安定な部分もありキレやすい。面倒なタイプの人間だ。

そんな鈴木の意地の悪い発言にも全く動じず、「精進します」とだけ答えて、六月は自分の席へと帰っていった。

しばらくして命も呼ばれたが、散々の言われようだった。ただ、命の答えた問題は奇跡的に全て合っていたので、命の中では割と満足していた。



そして放課後。命とみおは帰路につき、弥彦やひこは空手部の部活へ行った。命と澪は帰宅部なのでいつも一緒に帰るのだが、

「あっれ〜?どこいったんだ………」

間抜けな声で命は自分のカバンをあさっている。

「どうしたのおバカさん。忘れ物?」

澪は呆れた顔で命を見る。

「んー、そうかも。テスト忘れてきちゃった」

「数学の?あんたアレ見られていいの?」

さすがに不味い。見られるのは少し恥ずかしいかも。

「いや、見られる訳にはいかない。ということで、ごめんな澪。先帰っててくれ」

そう言って命は放課後の教室へ戻って行った。




時刻は夕方。西日が校舎の窓から差し込んで、放課後の学校はとても綺麗だった。

「誰にも見られていませんように」

そう呟きながら命は自分の教室へと足を進める。

そして目の前に命の教室が見えてきた時、

「正直に言え!さあ!」

ふと、教室の中から怒鳴り声が聞こえてきた。数学教師の鈴木だ。彼の怒鳴り声はよく聞くからすぐ分かった。

「何を仰っているのか分かりかねます。私はそんなもの知りません」

この常に落ち着き払った琴を奏でるような声は、間違いなく紀尾井坂六月のものだ。

紀尾井坂さん!?

命は危うく声をだしそうになり、慌てて口を塞いだ。扉の隙間からどうなっているのか覗き見てみる。

命は驚いた。

鈴木の顔からは異常なほどの汗が出ていた。いつもより遥かに多い。そして目も血走っているように見えた。

一目で、これは異常だと悟った。

「嘘を言うな!先生は分かってるんだぞ!から聞いたんだ!」

興奮して上擦った声で鈴木は叫んだ。

彼ら?一体誰のことだ?

「ですから、そのようなものは知らないと」

「黙れ!!正直に言わないのであれば吐かせてやる!この………」

六月の発言を遮り、鈴木が丸く太った腕を振り上げたその刹那、

ガラガラガラ

「あっ、鈴木先生。ここにいたんですね。教頭先生が呼んでましたよ」

命は教室の扉を開け、何食わぬ顔でそう言った。もちろん全部嘘だ。命は教頭の顔すら覚えていない。

「あれ、先生?何をなされていたんです?その手は一体………?」

命はとぼけた声で問いかける。

そして再び命は驚くこととなった。

少し間を置いて振り返った鈴木の顔はいたって平静を保っており、汗など一粒も出ていなかった。目もいつも通りだ。さっきまでの異常な鈴木はどこへ行ってしまったのか。

「む、なんでもない。教頭はどこだ」

落ち着いた声で鈴木は問掛ける。

「えっ……と、職員室です」

あまりの鈴木の変わりように命は驚いていたが、受け答えはできた。鈴木は教室を出る時、

「紀尾井坂、また後で話をしよう」

そう言い残して去っていった。



「……ありがとう」

「ん?いやいいって。忘れ物取りに来ただけだし」

「そう…」

夕日に照らされた外を眺めながら、六月は呟くように礼を言った。橙色の光に包まれた六月を見て、命は単純にきれいだ、と思い、見とれた。

そんな考えを捨てようと頭を振り、気を紛らわすため質問をしてみる。

「そういえば、紀尾井坂さんは鈴木に何を聞かれてたの?」

「………テストについてよ。カンニングしてるんだとかなんとか言ってきたわ」

妙な間はあったものの、予想通りの答えだった。

「ひどいな。紀尾井坂さん頭良いから、妬んでるんだよ。気にしない方がいいよ」

「私は頭なんか良くないわ」

六月は俯きがちに、独り言のように答えた。声が小さかったので命は聞きとれず、

「え?なんて?」

「いいえ、なんでもないわ」

そう言うと、六月は自分の荷物を持って教室を出て行こうとする。

何となくまだ喋っていたい衝動に駆られ、

「あっ、ちょっと待って」

命は六月を呼び止めた。

「紀尾井坂さんは勉強どうしてるの?俺頭悪いからさ、テストでいい点とるコツとか教えてくれない?」

六月は少し迷うような素振りをみせ、多少の間を置いてからこう答えた。

よ」

命の頭にはクエスチョンマークが浮かんだ。

勘だって?まさか、問題全部勘で適当に答えてるっていうのか?

命の頭が悪いのは事実だが、そんな事を易易と信じるほど馬鹿ではなかった。

そんな命の様子はお構い無しに、六月は教室を出て行った。

一人取り残された命はしばし困惑していたが、当初の目的である忘れ物を取りに来たことを思い出し、慌てて数学のテストをカバンに入れ、教室を後にした。


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