第2話 『学校にて 2』
ガラガラガラ
教室の扉が開き、数学教師の鈴木が入ってきた。そして数学のテスト返しが始まる。鈴木が淡々と生徒の名前を読み上げ、テストを返していく。そして、
「紀尾井坂君」
彼女は名前を呼ばれると、スタスタと教壇に向かっていった。
「いやぁー紀尾井坂君、今回もすごいねぇ。カンニングでもしてるのかと思ってしまうよ。ま、この調子で頑張ってくれたまえよ」
そう言って鈴木は六月にテスト用紙を返した。
相変わらず胸糞悪いヤツだ。
そんな鈴木の意地の悪い発言にも全く動じず、「精進します」とだけ答えて、六月は自分の席へと帰っていった。
しばらくして命も呼ばれたが、散々の言われようだった。ただ、命の答えた問題は奇跡的に全て合っていたので、命の中では割と満足していた。
そして放課後。命と
「あっれ〜?どこいったんだ………」
間抜けな声で命は自分のカバンをあさっている。
「どうしたのおバカさん。忘れ物?」
澪は呆れた顔で命を見る。
「んー、そうかも。テスト忘れてきちゃった」
「数学の?あんたアレ見られていいの?」
さすがに不味い。見られるのは少し恥ずかしいかも。
「いや、見られる訳にはいかない。ということで、ごめんな澪。先帰っててくれ」
そう言って命は放課後の教室へ戻って行った。
時刻は夕方。西日が校舎の窓から差し込んで、放課後の学校はとても綺麗だった。
「誰にも見られていませんように」
そう呟きながら命は自分の教室へと足を進める。
そして目の前に命の教室が見えてきた時、
「正直に言え!さあ!」
ふと、教室の中から怒鳴り声が聞こえてきた。数学教師の鈴木だ。彼の怒鳴り声はよく聞くからすぐ分かった。
「何を仰っているのか分かりかねます。私はそんなもの知りません」
この常に落ち着き払った琴を奏でるような声は、間違いなく紀尾井坂六月のものだ。
紀尾井坂さん!?
命は危うく声をだしそうになり、慌てて口を塞いだ。扉の隙間からどうなっているのか覗き見てみる。
命は驚いた。
鈴木の顔からは異常なほどの汗が出ていた。いつもより遥かに多い。そして目も血走っているように見えた。
一目で、これは異常だと悟った。
「嘘を言うな!先生は分かってるんだぞ!彼らから聞いたんだ!」
興奮して上擦った声で鈴木は叫んだ。
彼ら?一体誰のことだ?
「ですから、そのようなものは知らないと」
「黙れ!!正直に言わないのであれば吐かせてやる!この………」
六月の発言を遮り、鈴木が丸く太った腕を振り上げたその刹那、
ガラガラガラ
「あっ、鈴木先生。ここにいたんですね。教頭先生が呼んでましたよ」
命は教室の扉を開け、何食わぬ顔でそう言った。もちろん全部嘘だ。命は教頭の顔すら覚えていない。
「あれ、先生?何をなされていたんです?その手は一体………?」
命はとぼけた声で問いかける。
そして再び命は驚くこととなった。
少し間を置いて振り返った鈴木の顔はいたって平静を保っており、汗など一粒も出ていなかった。目もいつも通りだ。さっきまでの異常な鈴木はどこへ行ってしまったのか。
「む、なんでもない。教頭はどこだ」
落ち着いた声で鈴木は問掛ける。
「えっ……と、職員室です」
あまりの鈴木の変わりように命は驚いていたが、受け答えはできた。鈴木は教室を出る時、
「紀尾井坂、また後で話をしよう」
そう言い残して去っていった。
「……ありがとう」
「ん?いやいいって。忘れ物取りに来ただけだし」
「そう…」
夕日に照らされた外を眺めながら、六月は呟くように礼を言った。橙色の光に包まれた六月を見て、命は単純にきれいだ、と思い、見とれた。
そんな考えを捨てようと頭を振り、気を紛らわすため質問をしてみる。
「そういえば、紀尾井坂さんは鈴木に何を聞かれてたの?」
「………テストについてよ。カンニングしてるんだとかなんとか言ってきたわ」
妙な間はあったものの、予想通りの答えだった。
「ひどいな。紀尾井坂さん頭良いから、妬んでるんだよ。気にしない方がいいよ」
「私は頭なんか良くないわ」
六月は俯きがちに、独り言のように答えた。声が小さかったので命は聞きとれず、
「え?なんて?」
「いいえ、なんでもないわ」
そう言うと、六月は自分の荷物を持って教室を出て行こうとする。
何となくまだ喋っていたい衝動に駆られ、
「あっ、ちょっと待って」
命は六月を呼び止めた。
「紀尾井坂さんは勉強どうしてるの?俺頭悪いからさ、テストでいい点とるコツとか教えてくれない?」
六月は少し迷うような素振りをみせ、多少の間を置いてからこう答えた。
「勘よ」
命の頭にはクエスチョンマークが浮かんだ。
勘だって?まさか、問題全部勘で適当に答えてるっていうのか?
命の頭が悪いのは事実だが、そんな事を易易と信じるほど馬鹿ではなかった。
そんな命の様子はお構い無しに、六月は教室を出て行った。
一人取り残された命はしばし困惑していたが、当初の目的である忘れ物を取りに来たことを思い出し、慌てて数学のテストをカバンに入れ、教室を後にした。
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