Jank Fields
煮込んだショコラ
第1話 『学校にて 1』
さて、どうしたもんかな……
机の上に広げられた白紙のテスト用紙を眺めながら、
まだ始まって6分しか経ってないのかよ、暇だ。数学は苦手なんだよなぁ。でも解けるような問題はあらかた解いた。まぁ選択問題を適当に全部「2」にしただけなんだけど。
いきなり抜き打ちテストで、命は正直萎えていた。
時計を見ると、ちょうど1分が経過するところだったらしく、カチッと長針が動いた。命は視線を左下に動かし、彼女を見る。
案の定彼女は眠っていた。
………寝るか。
そうして見事この難題の回答を導き出した命は、残りの53分を微睡みの中に捨てた。
「それで?結局7分しか起きてなかったわけ?信じらんない!あんたなにしに学校きてるわけ?」
「まぁまぁ澪ちゃん、いつもの事じゃないか」
クラスメイトの
現在はテストの翌日、授業が始まるまでの休み時間だ。いつものメンツで騒ぎ合っていた。
「そうだぞ澪、弥彦の言う通りだ。やっぱ寺の子は達観してるぜ。それにな、いきなりの抜き打ちテストだったんだぞ?お前に関してはあの『H.B.T.L』に入りたいんだから勉強が必要だろうけど、御生憎様、俺にはそんなだいそれた夢はないからな」
命も弥彦の意見に便乗する。
「黙れバカ!弥彦も甘すぎだよ。付け上がるだけよ。それに『H.B.T.L』どうこうは関係ないの!勉強は必要よ」
「まぁまぁ澪ちゃん、いつもの事じゃないか」
「………弥彦あんた、面倒臭いって思ってるでしょ?」
「んー、どうだろうね。幼馴染みの痴話喧嘩に巻き込まれる身になって考えればわかるかもね。まぁ続きは家でゆっくりしてくれ」
「ま、そういうことだ。弥彦の言う通り、続きは今度な」
「ぐぬぬ。まぁいいわ。どうなっても知らないわよ!」
そう、命と澪は幼馴染みである。しかも同じ家に暮らすほどの。腐れ縁とも言うべきか、二人は幼稚園から高校までずっと一緒だった。
そして二人共両親はいない。
命の父親は彼が物心着いた頃から既にいなくなっていたが、命は母親にソレについては触れなかった。別に母親からそのような空気を感じた訳ではなく、ただ単純に、「このままでも充分幸せ」だったからだ。だから命は父親のいない生活になんら不満を持ったことは無かった。ただそれは彼女―――韮峰澪という良い友達が、命のそばに居たという事も彼が生活に満足していた要因でもあろう。家は隣同士だったので、よく遊んだ。
韮峰澪の場合、彼女の家はそれなりに裕福な家庭だった。彼女の両親は『H.B.T.L』―――人間脳総合研究所に務めており、要するにエリートであった。命の母親も『H.B.T.L』に務めており、それがきっかけで命と澪は知り合ったのだった。澪は両親を誇りに思っており、小さい頃から、両親と同じ『H.B.T.L』に務めることは彼女の夢だった。
幸せだった。とても。毎日が充実していた。悲しみなんてどこにもなかった。
そんなある雨の日の夜、命が母親とリビングで夕食を食べている時、家に男が訪ねてきた。
「はい、どなたでしょう」
彼女がモニターで対応する。
「宅配です」
男は―――このとき声を聞いて男とわかった訳だが―――そう答えた。
「はーい。じゃあ命、ママ、出てくるね。すぐ戻ってくるから」
これが最後の会話だった。しばらく経って命は待ち切れなくなり、リビングのドアを開け、玄関に向かった。そこからの記憶は曖昧で、覚えているのは綺麗な赤色と、その綺麗な赤色で染ったナイフを持っていた男の、歪んだあの笑顔だ。
男は命が来てすぐに隣の家に向かった。澪の家だ。そして澪の両親も殺された。
なんでもない、ただの通り魔だった。そう、「ただの」通り魔事件。世の中ではそこで終わりだった。ニュースにはなったがそこで終わりだった。
こうして彼らの幸せは終わった。幸せはなくなり、悲しみで溢れる世界になった。
それから十年ほど。現在は澪の叔父と叔母の家で、命と澪は暮らしている。今では幸せも増え、普通に過ごしている。
そして時は授業前の休み時間に戻る。
「そういえば」
弥彦が口を開く。
「ん?なんだ?」
「紀尾井坂さん、また寝てたな。命も見てたろ?」
「あぁ、俺より先に寝てたぞ」
「ま、紀尾井坂さんに関しては、彼女は超人ね。テストで満点以外取ったことあるのかしら」
と、命が六月に目を向けた瞬間、彼女は目を覚ました。そして同時に、
キーンコーンカーンコーン
とチャイムが鳴り、授業が始まった。
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