第21話 すべきことの終わり

 船内時間で一週間ほどが経過したころ、ライトにもついにLEPが見えるようになった。これで全員が、衛星上で演奏する音楽が多くのLEPを発生させ、第四惑星へと移っていくのを確認できる。それを面白がってエフトがすぐにまたセッションを吹っかける。そうするとラブも気合いを入れなおして、ライトもそこに乗っかり何度も何度も演奏を繰り返すことになった。

 そうしているうちに、衛星に住まう素体たちの長から、マザーの元にアルファが届けられた。そこには祝いの言葉と、遠回しの勘弁してくれと言う意味合いが含まれていると教えられる。要するに、活性化しすぎて発生地での素体数が少なくなりすぎてしまい、再び新たな生命の素体が生まれてくるまでの間は音楽を止めてくれと、そういうことらしい。

 iWizの音楽のおかげで第四惑星の重力値は正常な値に回復することができた。ワンにより施された補填で、飛び散ったLEPの分は元通りの状態にまで回復はしていたのだが、それだけでは当初の計算通り、第四惑星時間にしておよそ一億五千万年ほどしかもたない。それだけの時間で、大気も水も第四惑星の重力場から離れ、宇宙に投げ出されていってしまう。

 あいも変わらず、こうした計算事は適当でどんぶり勘定なワン。そう嘆くマザーを前に一同がため息をつく。

 ラブが、ワンが自分を投げ出してまで守ろうとした惑星なのだからと、惑星の重力場を強化する方法を考えるようシオルに迫り、マザーと協議の上で出た結論が、iWizの音楽だった。


 「ちょっとやりすぎ、僕ら?」


 エフトが、自分のドラムセットを片付けながらそんなことを聞いた。


 「かもしれないな。なんぼなんでも、搾り取りすぎだろう」


 ライトがそう返すと、傍にいた白兎が飛び跳ねるように言う。


 「そんなことないです!もう、サイコーでした!またすぐ聞きたい。聞けば聞くほど、なんだか内側でいろいろな感情が湧き上がってくるのを感じます!」


 ぴょんぴょんと飛び跳ねながらそう言う白兎に、楽器の片づけを終えたエフトとライトが笑って頭を撫でてあげていた。





 ちょうど同じころ、衛星の上空に浮かぶO-UNI.Xの中でシオルが再びマザーに、ワンの件を言い寄っていた。


 「何度言っても聞かないわね。まったく、頑固なところはワンにも遺伝したのね!」

 「だからいい加減理解してください。LEPを元にした私達には、遺伝というものはあり得ません。そもそも生殖行為自体がなくなっているんですから!」

 「そんなのはどうでもいい話でしょ!あなただって私達みたいに、もともといた星の文明を築いてきた人類の、その全部の記憶を覚えているんでしょう?」

 「記憶はかすかにしかありません。私はLENですから、彼らの記憶を洗い流すのが仕事でしたから!」

 「その時に覗き見たりはしていないって言うの?」

 「……それは、たまにちょっとくらいは……」

 「だったらそれでいいわよ!ともかく、遺伝って言いたいくらい、あなたにワンはそっくりだってこと!その頑固なところとか……」


 毎度のことなのだが、どうしてもちゃんと話し合いたい内容にスッと入れない。シオルはそう考えてイライラしていた。

 会話がちゃんと思った通りにいかない原因は、ほぼシオルの方にある。本当に言いたいことよりも先に、感情的な言葉で相手を煽ってしまう。言わなくても分かれと言わんばかりに、要点をちゃんと言葉にできていない。


 「あなたの言いたいことが、よくわかりません。私にどうしろと言いたいのですか?」


 察したマザーがそう尋ね、はじめてシオルの思考は自分が言いたいことを探すように働く。極端に直情型なのだなと、マザーはシオルのその様子を見て理解する。それでどうして物理と化学を収めることができたのだろう、と暫し訝しみ、この一週間毎日同じことを言いに来る根気強さには敬意すら抱きはじめていた。

 そこへ、衛星上でのライブを終え、マザーへの報告のためにO-UNI.Xへと戻ってきたラブが入室した。


 「お?」


 入って最初にそう言葉が出た。目の前にシオルと睨みあうように立つマザーの姿が見えたからだ。


 「へー、マザーってそんな顔をしてたんだ。はじめて見るな……」


 ラブの目に映るマザーの姿は、少しぽっちゃりとした恰幅の良い女性の姿だ。輝く髪は輝きのように広がっていて、知らずに見れば静電気を帯びているようにも錯覚する。腕を腰にあてて、唇を尖らせている。服装は至ってシンプルで、ふわりと広がるロングドレスが気品を纏っているかのようだ。足元には銀のサンダルらしき履物を掃いている。その両足は肩幅に広げ、浮かぶ中空に足元の地面があるかのようにしっかりと踏ん張っていた。


 「……ラブ船長もついにですか。これで残すはライトさんだけですね」

 「ライトももう見えるんじゃないか?さっきも下で白兎とそんなふうな会話をしてたし、もう白兎自体もちゃんと見えているみたいだよ」

 「そうですか。……これで、この星域での『すべき』は完遂となりますね」

 「そうだな……。第四惑星のLENは、まだ眠ったままなのか?」

 「はい。おそらく目覚めは、O-UNI.Xの船内時間で9.13E+03Y、第四惑星時間で1.59E+05、中央の時間でおよそ1.00E+03Yごろの予想です。ワンの体内にあったLEPの総量と、それが定着するまでの一般的な時間から予想しています」


 マザーはラブにそう答えると、再びシオルの方に向き直り先ほどと同じ姿勢を整えていく。その姿や仕草が見えてしまうとおかしなもので、以前に感じていた畏怖の念がだいぶ薄れていることにラブは気がつく。シオルと対峙しているマザーは、身長もだいたいシオルと同じくらいだ。浮いている分、少しだけ頭の位置は高いが、頬を膨らませて立つ姿が可愛らしく見えてしまう。


 「そうしたら、シオル。ちょっと相談なんだが、この星系での作業は一旦保留にして、一度中央に戻らないか?エフトとライトが例の凱旋ライブに行きたいはずなんだ。バンドのリーダーとして、メンバーのそういう願いはなるべくなら叶えたいんだが、どうかな?」

 「え?」


 ラブの提案に驚いたのは、シオルだけでなくマザーもだった。


 「えって、どうしたのよ?二人して同じような顔をして」


 ラブがそう尋ねる。するとマザーがラブに聞き返してきた。


 「この星域での『すべき』は完遂と……先ほど確認しましたよね?」

 「そうだけど、ワンのことをこのまま放り出したまま終われないでしょ。それともマザーは、本当にもうこれっきりでワンのことは諦めるでいいの?」


 ラブの口調が親し気な言い方になっていることに気づき、マザーは驚いた顔をして彼女の顔を見ている。


 「……本当に、それでいいの?もうこれきりで、LEPに関わる必要はないのよ?」

 「何を言ってるのよ。そりゃ、約束だとそうかもしれないけどね、私やエフトやライトは、ワンがいてくれたからそのLEPに関わる仕事も危険なくやってこれた。それ以前にワンがこの話を持ち掛けてくれてなかったら、私達は今だってきっと、あの中央のどことも知れない星で、絶たれた夢を振り返りながら腐ったように生きてたかもしれない。そういう恩があるのに、その恩人に対してこれっきりって選択はないわよ」


 そう答えたラブは、ニカッと歯を見せて笑っている。


 「そうなの……。でも、途中で…」


 マザーがそう言いかけたところで、シオルが意を決した顔で口を開く。


 「そうね、そうしましょう。このままいくら説得しても、この頭の固い母親のガチガチな思い込みは解けそうもないわ。それなら第四惑星のLENが起きる頃にまた来て、あっちと話をした方が早いかもね」

 「なんですかシオルさん!そんな言い方は酷いでしょう。私のどこが頭が固いって言うんですか!」

 「ガッチガチでしょ!何回言えば分るのよ!それぐらいいい加減に認めなさい!」

 「嫌です。私は頭が固くなんてありません!」

 「固いですぅぅぅぅ!ガッチガチで人の話に耳を傾けようとはしませぇぇぇん!」

 「それはあなたの方でしょう!何を言ってるんですかこの娘は!」

 「なによ、長いこと生きてりゃそりゃ固定観念もたらふく抱え込んでいるでしょうけど、それだってねぇ、こんなに固いのは見たことも聞いたこともないわ」

 「それはあなたが、固い岩盤を無理矢理ドリルか掘削機でこじ開けようとするからでしょう!もっと言い方ってものがあるでしょう!まったく、なんでそんなに言葉遣いが下手なんですか!」

 「それは関係ないでしょう!それに固い岩盤なら、ドリルも掘削機も使うのは当たり前じゃない!むしろ火薬使って爆破したいわ!ええ、ドカーンと景気よく砕けるといいわ!」

 「……馬鹿を言ってるんじゃありません。硬い岩盤も、岩の目を探せば、指先でそっと押すだけでパカッと開きます。そうした知識も技術もないからそうやって強引な手を使うんでしょう」

 「ば、馬鹿にしないでよ!私はこう見えて、物理学と化学の申し子と呼ばれたこともあるのよ!そんな岩の目くらい、あっという間に分析して見つけられるわよ!」

 「おほほほほほほのほ。ちゃんちゃらおかしいです。岩の目を分析ですか、それはそれは、さすがは物理と化学の申し子様ですわね」

 「なによ!馬鹿にすんの⁉」

 「いえいえ。ただ少しばかり素っ頓狂な意見が聞けて、面白かっただけですわ」

 「なによ!面白がんないでよ!」

 「おほほほほほほほ、おほほほほほほのほ」


 マザーのおかしな笑い声は、それから暫くの間 室内に響きつづけた。


 シオルとマザーの仲の良さを目の当たりにして、少し引いた感じで見ていたラブは、しかし状況を理解することができた。マザーも反対はしなかったし、シオルはもともと乗り気だ。そう考え、二人のじゃれ合いを邪魔しないように、そっと中央制御室から退室する。

 その時、まだラブにもシオルにも見ることはできないのだが、マザーと二人の間に薄っすらと糸のような光の線が通いだしていた。それはLEPが通い合う細い道。俗に心が通い合うと言うあの言葉の通り、マザーとラブとシオルの間にその道が通った、その証でもある。

 余談ではあるが、iWizの三人の間にはそれよりも大きな道が通い合っている。それは多彩な色を放つLEPが通い合う、大通りとも言えそうなサイズの信頼の道。


 こうしてO-UNI.Xの、この星系のおける最初の辺縁探査は終了となる。次に戻ってくるのはO-UNI.Xの船内時間でおよそ九百年先、第四惑星の時間で言えば一五万九千年先のこととなる……



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Ψυχή :: 黎明 - 40th Galactic Year. The Visitors. @Memen

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