第20話 マザー-LENの哀しみ

 マザーは最初、ラブやシオルが話す話の意味が解らないでいた。SINもLEPも失ってしまったワンが、今も存在していて想念の世界を創りだしているなど考えられないことだったからだ。


 「想念の世界とは、本来であれば私達LEN、ライフ・エナジー・ネットワークと呼ばれる者が創り出す高次元の世界です」


 そう言って引かないマザーを相手に、シオルがイライラした調子できつく言いはじめる。


 「だから、マザー、そのガチガチの固い思い込みを何とかしなさいって言ってるの!ワンは、マザーに会いたいって言ってるのに、マザーがそうやって頭が硬いから呼べないみたいなのよ!」


 シオルの気迫に、隣で椅子に座るラブまで気圧されていく。


 第四惑星でワンの体を引き揚げ、ラブはその直後にワンの言う想念の世界へと招待された。その時の様子を感じとったマザーは、普通にLEPとの意思疎通ができるLENに近しいSINへ成り得たのだと思った。ライフを感じる世界、ライフの世界へようこそ、と、だからそう言って歓迎したはずなのに、よもやその先の想念の世界へと、それもワンの手によって招待されているとは想像もできないでいる。

 ワンの部屋で気がつくラブからその話を聞いたときも、よくあるLEPの悪戯にラブが騙されてしまったと思った。それは、宇宙空間を航行する探査艇ではよく聞く話だからだ。

 寝ている間に、自分がどこか知らない場所にいた。会ったこともない人に会って、自分ではない誰か他の名で呼ばれた。こういった現象は、宙域に彷徨うLEPの群れに偶然に出会うと、彼らが戯れに人の中にあるLEPに干渉してそうした幻を見せるのだという。

 よく聞く話だ。LEN同士が会話するネットワークではときどきそうした話題で盛り上がることがある。それと同じだろうと、マザーは考えていた。


 「お二人のお気持ちは理解できます。喪失感はぽっかりと穴の開いた空洞のように、誰の胸にもその穴を開けてしまいますから。人と人、その間に信頼や友愛などが生まれると、LEPは肉体を越えて結びつきを構築します。ですので、その相手を失ってしまうと、その結びつきごとごっそりとLEPは引き抜かれてしまいます。そうした喪失感が辛すぎると言うのであれば、その幸せな幻想に浸るのも問題はありません。LEPの戯れが見せる幻想は基本的に無害ですから。ですが私は結構です。ワンはもういません。二度と戻りません。それ以上の現実はありえません」


 シオルの気迫以上に強い拒絶。ラブはマザーの語調や言葉に、そうしたものを感じた。


 「……シオル、その辺にしておこう……」


 そう言ってシオルの腕を掴み、マザーのいる中央制御室を出ようとする。するとシオルが、ラブの手を振り切り今度は涙を流しながら訴え始めた。


 「なんでよ……。なんで会ってあげないのよ!あなた、ワンのお母さんでしょ!ワンが会いたがっているっていうのに、なんでよ!ワンはもう二度とこっち側には干渉できないって言ってたわ。……そういう割に勝手に人の夢にあがりこんでくるけど……。けど、それしかできないんだって言ってた。あの場所が、ワンのいる場所だからって。だからせめてあなたに会いたいって言ってたのよ。想念ってのがなんだか知らないけど、以前にマザーに見せてもらった所と似ているからって。似ているから、マザーならひょっとしてここから出る方法を知っているかもって!」


 ラブはシオルの腕をふたたび掴もうと手を伸ばした。その時ふと、マザーに顔を向ける。その優しく光り輝く輝きを見てあることを思いつき、マザーに尋ねた。


 「……マザー。仮に何かの間違いだったとして、私やシオルや、他の二人までもが同じようなものを見るんだろうか?」


 その問いに、マザーは暫く黙り込む。その反応を見て、ラブは更に言葉をつづけた。


 「私は、正直よくわからない。でも、あの場所でワンに会って抱きしめて、そうしてあいつの笑顔を見たとき、なんだかわからないけど胸が楽になった。さっきあんたが言った、喪失感というものかもしれない。その、悲しくて苦しいような、ぽっかりと開いた穴とは感じなかったが、押しつぶされるような気持がしていたのが、あの場所でワンだと言う奴に会って無くなっていることに気がついたんだ」

 「……喪失感を感じる前に、悲しみや苦しみ、そうした痛みを感じるのが、そう言えば普通でしたね。私はそのことをすっかりと忘れていました」


 中央制御室の中央に浮かぶマザーの輝きが、少しだけ弱くなったように見える。マザーは、どうやら何かを思い出しているようだ。片言の言葉がこぼれ落ちてくるのが聞こえている。


 「あの時も……そうね。最初は……なのね。どの子も皆……」

 「マザー?大丈夫?」


 シオルが心配げにそう尋ねる。するとマザーは、輝きを取り戻して答えた。


 「大丈夫よ。少し、昔のことを思い出していただけ」


 LENであるマザーがどのような昔を思い出していたというのだろうか。ワンからの情報によれば、LENはLEPから生まれる集合体だ。LEPがそうであるように、LENもまた不滅と呼んでいい存在だと考えられている。純粋なライフ、生命そのものを体現した存在。その体はすべてが純粋にLEPだけでできており、ラブやシオルのように、LEPが他の元素との融合を果たした生命とは違う。


 「それで、どうなんだ?私達の言うことを信じてもらえるのか?」


 ラブは、推し量れぬマザーの過去を想いつつ、そう尋ねる。


 「……それでも、無理ね。どうしても信じられないわ。」


 それが、マザーからの答えだった。


 その時、中央管制室のマザーがいるすぐ横に、小さな光の球が生まれた。生まれたとしか言いようがない。突然にポンと、そこに現れたのだ。

 それに気がついたのは、その場にいる全員だった。ラブが前に出てシオルとマザーを庇うように立つ。


 「なんだ?プラズマ球か?こんな場所に?」


 そうつぶやくラブの前で、白い球は小さく弾むと、声を発した。


 「マザー?ここにいたんですか?探しましたよ、まったく。ワンも何処にいるのかわからないし、どうしてこんなわかりにくい所にいるんですか?」


 そう言ってまた、ポンっと音を立てる。すると今度は、白い兎の姿に変化した。


 「まったく、オウニって人を見つけて来いって言われたから、そこら中を聞いて回りましたよ。そうしたらそのオウニって人、実はワンのことだって言うじゃないですか。どういうことなんですか?まあ、LEP達が嘘をつくわけがないのでそういうことなんだろうって思って戻ってきたんですが、そうしたら今度は、あの星にいたはずのワンがいなくて、あの星のLENの奴は眠っちゃってるじゃないですか。それこそどういうことだって、叫んじゃいました、僕。……で、マザー?どうかしました?」


 早口でよく喋る白兎に、ポカンとした顔を浮かべるシオルとラブの後ろに、同じようにポカンとしているのだろうか?マザーがその輝きも頼りなげに無言で浮いている。

 ほんの束の間に無言の時が過ぎて、ようやくマザーが言葉を発した。


 「あなたは……ひょっとして、ずっとこの船の中でワンと一緒にいた……船倉のLEP達なの?」

 「あれ?……あ、そうか!わかんないですよね。そうかそうか、てっきり気配とか感じとかでわかるかなって思ってたけど……ってことは、そうか!質問して答えもらえなかった人達は、僕が誰なのかわからなかったのか。ワンの弟ですって言っても怪訝な顔をされてばかりで、しまいには僕をとらえようとしだしちゃって。あれは怖かったなぁ。なんかでっかい網みたいなのを振り回してくるんだもの」


 早口でペラペラと喋る白兎は、そう言い終えて一息を着く。その間を待っていたマザーが、気になることを尋ねた。


 「……どこまで行ってきたんです?」

 「え?僕ですか?この船が二つ前に寄った星の、白い高い塔みたいな建物の、一番上の部屋まで行ってきました」

 「二つ前って言ったら……それ中央議会がある建物じゃないか?一番上って言ったら、おい……」


 白兎の言葉にラブが驚く。当の白兎は小首を傾げながらつぶやくように言った。


 「そうなんですか?なんか、真っ白な服を着た変な人がいっぱいいて、口々に何か言ってましたよ。オウニはどこ?って聞いたらものすごいおっかない顔して、ワンの友達に頼まれたって言ったら、僕のこと追いかけてきてました」

 「嘘だろう……ここから半年はかかる距離だぞ?」

 「半年?それってなんです?美味しい?」


 ラブはいよいよ顔中を真っ青にしながら、マザーに振り返り尋ねる。


 「マザー、こいつなんなんだ?私達、ただでさえオウニのせいで目をつけられてるっていうのに、こいつのせいで更におかしなことになったりしない?」

 「この子は、これまでずっとワンと一緒に旅をしてきた、LEP達の一群れです。けれどおかしいわね、なんだか雰囲気がずいぶんと変わって……。」

 「そうだそうだ、マザー!僕ら、……あ!この人だ!この人の歌と音楽で、みんなノリノリに気分が昂っちゃって、気がついたらこうして一つにまとまってた!どうです?すごいでしょ。すごいと思ったら名前つけてください。」


 驚きの話が次々に飛び出してくる。LEPがそんなことでLENに変われるものなんだろうか?本来であれば、惑星に放たれたLEP達が、その星の様々な元素と結びついて生命へと変化し、その生命達が何世代も入れ替わりながら輪廻の輪を築き、進化を何世代も重ねてようやくその輪廻の輪から生まれるのがLENである。LEP達だけでいきなり合体でもするかのようにLENに変わったなど、見たことも聞いたこともない。

 マザーはそれきり、またか細い輝きに変わり黙り込んでしまう。LENにも開いた口が塞がらない状態があるのかと、ラブは驚きの顔でそれを見ている。シオルだけが、目をキラキラに輝かせてその白い兎を見つめてつぶやいた。


 「なんなの……これ。……かわいい……」



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