第19話 ライフ-想念の世界
気がつくとラブは、いつかどこかで見たことがあるような風景の中に立っていた。
これまで一度として身に付けたこともないような、真っ白な動きにくい綺麗なワンピースを着ている。頭には小さく丸い小奇麗な帽子をかぶり、髪がやけに長い。体つきもずいぶんと幼い感じがする。
そんな自分の姿に戸惑っていると、不意に背後から声をかけられた。
「おはよう、リーゼ。今日も綺麗な髪ね、羨ましいわ」
そう言って隣に来たのは、水色のワンピース姿をした、赤い髪の見たこともない女の子だ。
「何言ってんのよ、ファウ。あなたのその髪の色の方がよほど綺麗よ」
そう言って笑うのは、間違いなくラブ……私だ。しかし自分はこんな容姿ではないし、この子のことも知らない。
ラブはますます混乱していく。
◇
すると、次の瞬間、あたりの景色が一変する。先ほどまでの風景とは異なり、今度は上下四方が闇に包まれている。遥か彼方にいくつもの銀河が見えた。
そうして自分の手足を見ると、服装も髪も元に戻っていることに気がつく。
「なんだい?これは……」
戸惑っていると目の前に、突然ワンが現れた。
「ようこそ、ライフの世界へ」
そうおどけるように言いながら、膝を曲げ滑稽なお辞儀をするワン。
「ラブ船長、お疲れさまでした。あと、ご心配をおかけして本当にすみません」
顔をあげたワンは、そう言うといつもの笑顔を向けてきた。
「なんだい、これは?これって夢なのか?」
「違いますよ、船長。夢なんかじゃありません。これはLEP学で呼ぶところの、想念の世界。と言ってもオウニしか提唱していなかった世界ですがね……。僕のイメージする世界にラブ船長をご招待させていただきました」
「想念?……なんだそれ?」
「えー、ラブ船長もですか?シオルさんやエフトさんと同じような反応をするんですね。以前から散々に説明してきていたのに、僕は少しがっかりです」
「ちょ、ちょっとまて?ワン、お前、本当にワンなのか?」
ラブがそう尋ねたのは、また先ほどのようにプログラミングされた自動対応や、その他のことを疑ったからだ。またもう一度あの深い悲しみを感じるのはキツイと思っての質問だった。
「当たり前じゃないですか。僕はワン、オウニの最後の弟子にして、iWiz解散後のファン一号です」
「解散じゃねえって何度言えばわかるんだよ!活動休止だ!休止!」
思わずそうつっこみを入れるラブ。それは、はじめて会った日のワンとラブとの間で交わされたやりとりだった。
「今度こそ、本物のワンなんだな?」
「はい、間違いなく僕です。他の何と間違えるって言うんですか?」
「お前が変なものを着陸艇で作ってたからだろうが!」
そう怒りながら、ラブはワンをギュッと抱きしめた。そこに確かな感触が感じられる。
「この馬鹿が!仲間を騙して置いていくなんて、仲間として絶対にやっちゃいけないことだぞ!二度とすんな!絶対に!」
そう言いながらあふれる涙がとまらないラブに、ワンは告げる。
「たぶん、ですが、僕はもう、そちらの世界には戻れません。置いていく形になったことは申し訳ないです。てっきり僕、あのまま綺麗になくなるものだと思ってましたから。……こういう形でまた会えるなんて思ってもみませんでした」
「何を、言っているんだ?ワン……?」
意味が解らず、ラブはそう言葉にして体を離すと、ワンの顔をまじまじと見つめた。ワンは笑顔で話の続きを言葉を言葉にしていく。
「僕はもう、あなた方と同じところにはいられません。マザーがいるところに近い場所だとは思いますが、まだマザーとは会えていないんです」
「なぜ?」
「なぜって、ラブさんはもう見たんでしょう?他の方々はまだだったみたいだから、まだ納得してもらえていないみたいですけど。僕はあの惑星の海の底で、自分で自分のSINを崩壊させました。なので僕はもう、そちらの世界では生きていない人になります」
「じゃあなぜ……?」
驚きすぎて言葉が続かない。そんなラブの心情を察してか、ワンがその答えを言葉にしていく。
「皆さんが、LEPの誕生する地で、しっかりと増えていったLEPを十分に体内に取り込んだからに他なりません。そのおかげでLEPの声が聞こえるようになり、話しかけることもでき、見えるし触れられもします。LEP達は物質の中に入り込むことで生命をもたらします。しかしLEPにはそれだけでなく、様々な情報を記録する特性も持っています。光子を取り込んで様々な色として放ちながら、互いに情報の伝達を繰り返してもいます」
まだ、ラブにはワンの言っていることが解らないでいる。ただ、言わんとしていることはなんとなくわかるような気がしはじめている。
「今、ラブさんの前に立つ僕は、僕自身では間違いなく僕だと認識はしていますが、おそらく本当はそうじゃないんじゃないかと……。だって、本当の僕はSINが崩壊していなくなってしまったはずなんですから。なのでここにいる僕は……」
「……LEPが、成り替わっている?……そう言うのか?ワン……」
ラブの察しの良い一言に、ワンは満足そうに微笑んでいる。
「本当のお前は、もういなくて……。これはお前の、残照みたいなものだって言うのか?ワン……」
「はい。さすがはラブ船長、宇宙一のiWizの歌姫です。」
その笑顔は、これまで見てきたあの、本音の一つも上手に言えずに、周りのことばかり気にかけて、揉め事があれば進んで自分から首を突っ込み、仕事も割と適当でいい加減。そのくせ休みの日を待ち遠しくして、かといって休みの日に予定の一つもない、自宅に帰れば友達もいない、あのワンのものだ。
「この後に及んで懐かしんで貰えるのは大変嬉しいんですが……友達くらいはいましたよ。家に帰っても……」
ワンのその言葉に、ラブは、思ったことを見透かされたような気がして首をすくめる。
「あとは、皆さん次第です。第四惑星についてはもうこれで大丈夫と思いますし、船に積んであったLEP達も全て解放されて、次はありません。中央に戻ってiWizとして活動を再開してもLEP学会やその他のところから文句を言われることはないでしょう。そういう約束でしたから」
「このまま帰っちゃっていいのか?本当に?」
「ええ」
「けどこの船はどうしたらいいんだい?あんたが都合つけて来た船で、マザーはどうするのさ?」
「……それに関しては、シオルさんとご相談ください。彼女、続けるみたいですから。辺縁探索とLEP関連のお仕事」
ワンの意外な言葉にラブは驚いた。
「なんだってシオルが?っていうか、いつ話したんだそれ?だってお前今……」
「ですから先ほども言ったでしょう。シオルさんやエフトさんと同じ反応だって。まったく、そういう所は鈍いんだから。自分が知りたいことしか聞いてないでしょう、人の話」
「そんなのはどうでもいいから!いったいいつ、シオルと……って、エフトもか?なんで私より先に!」
「ほらほらほら、そうやってすぐに短気を起こす。そんなんだから毎回、ライトさんの頬を思いっきり叩いて、自分の手を腫らしちゃうんですよ。わかってます?」
「だからそれ、どうでもいいから!いったいいつの間にどうやってあの二人と話をしたんだ?」
「それも先ほど言いました。ここは僕の想念の世界です。といっても、こちら側へ招待できるのはLEPを一定量体内に収めていて、僕と面識があり、更に僕がお呼びしても良いと思った方だけなんですが」
「意味が解らん!」
「とにかく、船長以外の三人とは、船長が僕の体を引き揚げに向かっている間に話をしました。シオルさんとエフトさんは寝込んでいたんで、割と簡単にお呼びできましたが、ライトさんには苦労しました。どうしたって眠ったり気を失ったりしてくれないんですもん。体のない身が辛いと思いました」
ワンはあっけらかんとそんなことを言いはじめる。これにはラブも、開いた口が塞がらない。既に自分以外の三人はこのことを知っているのだ。なんてことだ、とラブは思った。しかし同時に、いろいろと説明をする手間が省けて助かる、とも考えた。
「まあ、そうですよね。ラブ船長だけに顔を見せたら、みんなして船長の頭を疑いはじめるかもしれませんからね」
また、ワンが考えを見透かしているようなことを言う。
「あんた、前よりも本音で話せるようになったけど、嫌味な感じにもなったわね」
「僕は、こんな感じですよ、いつも。これまではお仕事優先でしたから、多少はそっちの僕が多かったかもしれないですね」
そう言って笑うワンを見て、ラブはようやく、つい先ほどまで胸に圧し掛かるようにあった喪失への悲しみや苦しさが、失われていることに気がついた。
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