第18話 ワンの残照

翌日のかなり早い朝、O-UNI.Xの機体は第四惑星の上空に静止していた。ショックの強かったシオルとエフトを、衛星上の着陸船に残し、ライトがその様子を診ている。その間にラブが一人、ワンの回収にやって来ることになった。


マザーと共同で作業を進め、やがてワンの乗っていた着陸艇がリモートで引き揚げられ、船内に格納される。


ラブは、こういう結果になることをかなり早い時点で覚悟していた。そのためショックはそれほど強くなく、しかしそれでも、ただ一人、着陸艇の内部を確認するために乗りこんだ時には言葉を失った。


そこにワンがいた。両手を胸の前でちゃんと組んで、目を閉じている。まるでぐっすりと眠っているようにも見える。


「あんたって奴は……。なんでそこまでして、この星の重力場を持たせようだなんて思ったんだい?ほっとけばよかったろう。知らない星のことなんだし……」


そうつぶやいたとき、ふと耳元にワンの声が聞こえた。


――そう言えば、前に質問されたときの答えがまだでしたね、ラブ船長。


その声は確かにワンのものだった。驚いてラブは、思わず聞いた。


「ワン!いるのか?っていうか、生きてるのか?」


――いやだなぁ、ラブ船長。僕がそう簡単に死ぬわけないじゃないですか。こう見えてもLEP学者なんですよ。


声は確かにする。しかし、それは席に横たわるワンからではない。


「ここにお前、体を置きっぱなしだぞ?っていうかどうなってるんだ?おい?」


ラブがそう尋ねると、ワンの声がまた響いてくる。


――ラブ船長、今回が最後です。なのであと少し、頑張りましょう。


声がするあたりをよくよく調べてみると、着陸艇内のスピーカーからだ。


「ワン、……今日は何を食べた?」


恐る恐る、ラブが確かめるようにそう言葉にする。すると――


――あはははは。今日の食事は、この第四惑星の海面近くで獲れた、たんぱく質の固まりです。すごいですよね、もうこんなに進化が進むだなんて。これもiWizの音楽が素晴らしいからですね。


「ワン、エフトとライトがまた、お前がライブを見に来ないことに腹を立ててるんだ。なんとかならないか?」


――うーん、難しいですね。予定だとそろそろ皆さんも、LEP学者としての基礎的なSINの変化が終わると思うんですが……それ次第ですかね。


「……ワン、この、大馬鹿野郎……」


――今更なことを言わないでくださいよ。大馬鹿でも、これが僕なんですから。


何度か話しかけて、ラブは理解した。この声は、ワンが、着陸艇のシステムを利用して組んだ疑似的なAIプログラムだ。もしかすると自分自身のLEPも、惑星に渡した以外のいくらかを織り込んでいるかもしれない。


だとしてもこれは、聞かれたことに答えるだけの簡単なものだ。あらかじめ想定していた質問にはちゃんと答えを返すが、それ以外はおそらく要領を得ない答えが返ってくるだろう。


「ワン……」


――はい、何でしょうか?


「これまでいろいろと、……ありがとうな」


――ラブ船長、まだまだこれからです。この星に命をあふれさせて、できれば僕らの仲間になってくれそうなSINが生まれるのを見たいですね。


仲間という言葉がワンの口から出る。するとラブは、ワンの亡骸の横に膝をついて座り、その手を両手で握ると言った。


「……そうだったな、ワン。お前、私達の前にはじめて現れたときも、仲間に入れてくださいって言ってきたんだものな。今時言わないよ、仲間なんて言葉。珍しい奴だなって、思ってたんだ……」


言いながらまた、涙が出る。そうして泣きながらラブは、ワンの体を抱えあげると、着陸艇の出口へと向かって歩きだした。





O-UNI.X内の、ワンの自室に運び込まれたワンの体は、これまで十一回の航海でずっとワンが睡眠をとってきたカプセルへと収められ、横たわっている。


「マザー、収めたよ。確認を頼む」


ラブがそう静かに声をあげると、ワンの入ったカプセルは上部のふたがゆっくりと閉まり、中の灯りが消されていく。そうして暫くすると、床に面した部分から船の中へと沈むように収められていった。


「ありがとう、ラブ船長。悲しい思いをさせてごめんなさい」


マザーの声が、そう室内に厳かに響いていく。ラブは涙を流したまま、頷いて言った。


「本当にそうだ。あんたの子なら、もっとしっかりと自分を優先するように教えておくべきだったろう」


そう言われたマザーは、少し間をあけてからゆっくりと答えた。


「そのとおりね……。あの子が私の育てた最後のSINだったけど、本当にその通りよ。どうしてもっと、自分のことも大切にするようにって教えてあげられなかったのかしら……」


その声には、深い悲しみが籠められているように聞こえた。まるで我が子を失った母のような、そんな悲しみが……。そう感じてラブは、自分の変化に気がつく。


「ちょっと、マザー?なんか私変だぞ?なんでこんな、……母親ってなんだ?どうしてそんなことを感じているんだ?」


ラブの胸の中で、ラブが生まれた星に生きた様々な人々の、様々な生命の、記憶が奔流のようにあふれ出てきている。我が子を想う母親の姿が、瞼の裏側にありありと浮かんでいく。子を失った母の哀しむ顔が見てとれる。


ついにラブも、ワンやシオルと同じく、身の内に核として存在する、SINに記憶された感情の束を感じとれるところまで来ていた。


「それはLEPの吸収量が一定以上を越えた証です。貴女もついに、間に合いましたね、ラブ。ライフの世界へようこそ……」


そうマザーの声が聞こえ、そのままラブは意識を失った。記憶の奔流にラブの脳が耐えきれず、シャットダウンしてしまった状態だ。


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