第17話 SIN-強くなるための毒や悪

いよいよ明日、この衛星に降りて一年を迎える。この星の一日が異様に短いため、およそ一〇日ほどがシオル達の一日になる計算だ。


それでもおよそ七〇日。シオルは長いなと感じていた。


一番の理由は、あの主星たる第四惑星の海底にいるワンを心配してなのだが、シオルの性格ではそれを認めようがない。むしろ何か問題が起きていればそら見たことかと責め立てる気でいっぱいである。

前日となる今朝の通信も滞りなく行えた。ワンの声は少し疲れているかのようにも聞こえたが、それでも無駄口を叩ける程度には元気だった。


そうして衛星上に星型に広げていた着陸船の収容準備を整え、焦る気持ちを整え、日課となっているパラレルの観測データをまとめていたシオルのもとに、ラブが血相を変えた表情で飛び込んできた。


「急いできて。マザーから緊急の連絡が入っている」


それだけ言うとラブは、急ぎ足でシオルの部屋から飛び出していった。


シオルは言い知れぬ不安に膝が震えそうになったが、なんとか堪える。不安などというものは、未知の結果に対してマイナスの妄想を思い込むのだから成る。と、いつかどこかで覚えた言葉を何度も何度も小さく繰り返し、そうして通信室へと向かう。通信室に着くと、そこにはすでにラブとエフトとライトがいて、エフトはうっすらと泣いていた。ライトの表情も硬い。ラブはシオルには背を向けて、通信用の席に座るよう手で指示をしている。


「シオル、来ましたか?席へ座りプライバシー用のボタンを押してください」


マザーがそう、通信装置の向こうで言うのが聞こえた。

言われるままにそのプライバシー用ボタンを押すと、音も映像も席に座っているシオルにしか見えないし聞こえなくなる。いったい何が起こったんだろう、と頭では考え、胸中は激しい鼓動に見舞われている。


「……ワンからの、あなた宛の最後の言葉をお伝えします。そのままでしばらくお待ちください」


マザーの言葉は、シオルの耳にただの音としてしか響かなかった。シオルの心が、思考が、その言葉を理解することを放棄している。


そうして、シオルの目の前にワンの顔が映った。


「シオルさん、ごめんなさい。僕は嘘をつきました。第四惑星の質量や重力では、あんまり長くこの惑星の上に、今の環境を維持しつづけることができません。なので僕は、オウニが取った方法をとることにします」


いやに真面目な顔をしながら、でも少しだけ照れた様子で、目の前のワンがそう言葉を発している。LEP触媒をLENの制御下で応用した、三次元画像だ。仕草や口調までそのまんまワンの姿だ。


「予定としては、二〇日。マザーに計算もしてもらってギリギリそれまでは持つだろうと考えています。それまでに皆さんが、そのLEPの発生地で、LEPとの交信や接触ができれば何とかなると考えています。けれど、普通にその方法だと最低でも七〇日ほど必要になるものなんです。だから、それが上手くいかなくてもそれはそれで仕方ありません。気にしないでくださいね」


何を気にするなと言うのだ。と、シオルは込み上げる怒りを感じた。それと一緒になって込み上げてくる感情がある。シオルはそれを先に感じていた怒りで無理矢理に抑え込んでいく。


「とりあえず二〇日目に、ラブさん達の音楽が起こす奇跡を期待しています。それで上手くいけば、あと二〇日は猶予ができるでしょうし、またそこでライブをしていただく予定を組みましたので、さらに二〇日は伸びるでしょう。そしてまた二〇日目に、最後のライブ。これで残すは一〇日……ピッタリと七〇日の計算です」


無理に笑ったような顔でそう話すワン。笑うとこんなにも目が細くなって、線みたいなるんだ……。シオルはそう思った。頬のところにも皺が寄って、子供みたいだと思っていたら実は結構老けてたんだ。そんなことも思った。


「……と、まあ。そう上手くいけば、この映像を見ているわけがないので。なのでごめんなさい。約束をしていた件ですが、守れませんでした」


飄々とした口調でそう言うと、ワンの動きが停止する。そこにマザーの声が入ってくるのが聞こえた。


「……衛星での二〇日目。この星の二〇〇日目のライブは、ワンと私の予想以上に効果をあげていました。主星である第四惑星に、この衛星で生まれたLEPが流れ込み、重力場が安定していました」


淡々とそう話すマザーの声に、シオルはただ黙って耳を傾けていた。


「問題が起きたのは、三〇日目。この星の三〇〇日目に起きた重力場異常です。あれより数日前に、第四惑星にてLENの異常な暴走がありました。二〇日目に大量発生したLEPがちょうど取り込まれ終わり、惑星上で輪廻の回路が新たに集まったLEPにより構築されようとした時のことです」


気づけば、シオルの中の怒りは後から沸き上がったものに覆い隠されてしまっている。両方の瞳からとめどなくあふれていくものが、更に胸を突き上げていく気がしている。


「LENの異常な反応にいち早く気づいたワンは、私の制止も聞かずに自らのSINを内部から崩壊させました。SINはLEPの澱のようなものです。気の遠くなる回数の輪廻を経ても、色落ちしない染み付いてしまった感情の澱。それらは通常であれば生命の育成に害悪であり、毒です。だから私達LENとなった者は、その澱を取り除き、隔離して蓄積し、そうしてそこにより多くのLEPを与えてSINをつくりあげます」


シオルの涙はいつの間にか嗚咽に変わっている。それでも外にいるラブ達に心配はかけまいと、声を殺している。まるで自身のあふれだす感情そのものを押さえつけるかのように……。


「……ワンは、崩壊しあふれ出していく自分のLEPを感じながら、私に無理矢理に通信を繋いできました。……だから、あの子とは通信を繋いでおきたくなかったのに……。ワンは、生まれたときから一緒にいる私を、いつも心配してくれる……。そういう子でした。だから、通信ができなくさせておけば、少しは歯止めになるだろうかと思っていたのです。……何も言わず、無理をする子ではありませんでしたから。なのに……」


マザーが言葉に詰まり、しばらくして、ワンの声が聞こえてきた。


「すみ……せん、マザー。やはり、予想……でした。外宇宙の銀河が発生元となった……は、なかなか骨が折れますね。なので、ごめんなさい。当初に言っていたとおり、お願いします。僕の代わりは船倉のあの子たちに頼めませんでしょうか?そろそろ一つにまとまって、LENに成り代われる時期が来ていると思います。……それと、あと……りがとうござい……た。あなたの星……れて、よかったと思います」


それきりで、ワンの言葉は停まった。先ほどマザーの言っていた、ワンが無理矢理につないだ通信の内容なのだろうか。胸中を嵐のような感情に翻弄されながらも、頭の中に異様な冷めた自分を感じながらシオルはそう考えていた。


「このあと、暫くして、二度目のライブが開かれた日の遅くに、ワンは逝ってしまいました。シオルさん……。以上です」


その言葉を最後に、マザーからの通信が止まったという合図のシグナルが点いた。赤い色の球体のシグナル。


以前にワンが言っていた言葉が、不意にシオルの頭の中に響いた。「赤い色に近いLEP達は、いっつも怒ったような勇猛な言葉を聞かせてくれます。何に向けて怒っているのかは、LEP研究者達の間でも意見はまばらです。逆に青い色をしているLEP達は、さまざまな方式、理論などを語りかけてきます。化学式であったり、何かの方程式であったり」


そうしてシオルは、プライベートを解除して席を立つと、まだ通信室内にいたラブ達の心配する顔を見て、笑顔を向け言った。


「あの馬鹿、二度目のライブの日には、……もう逝っちゃってたんだって」


おそらくは無理矢理に作りあげた笑顔は、言葉を発するたびに歪みだしていく。


「私達のせいじゃないって。むしろ、iWizの音楽のおかげで、そこまでは持ったんだって。……最初から、やっぱり。そういうつもりで……」


そのまま涙があふれだして、シオルは膝をつき、泣き崩れていく。それを見たラブも、堪えようとしていたライトも、初めから泣いていたエフトも、皆で泣きつづけていく。





ちょうどその時、基地の外で光が三回瞬いて消えた。そうして少し離れた場所に、いつかエフトが出逢ったことがある、白く輝く兎のようなものが出現する。

基地内で泣き暮れる皆が、そのことに気がつくのは翌日のこととなる。





こうしてワンは、その長い生涯を、辺縁の惑星のLENと融合することで終える。彼のSINは一部が星の核に溶け込み重力場を支え続けていくだろう。また他の一部は、この星のLENが再びSINとするために取り込み終えている。


そのLENは今、長い眠りにつこうとしていた。ワンの体内に含まれていた大量のLEPと融合を終えるまでの長い時を、彼は眠って過ごすことになる。再び彼が目を覚ますのは、果てしなく未来になる予定だ……。



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