第7話 シオル-出逢いの記憶

今回の探索にいきなり参加したいと言ってきたとき、シオルはずいぶんと追い詰まった感じだった。それは例えればまるで、触れれば噛みつく野良猫のように。


中央星系の場末にあるとある惑星に、安酒を飲ませてくれるボロい酒場がある。もうずいぶんと古くからある建物らしく、入り口を入るたびにあちこちでギシギシと音を立てる。美味い酒を置いているわけでもなく、肴もどこにでもあるような物ばかりだが、ラブ達はワンに言われて辺縁探査の船を操船するようになってから、ここの常連となっていた。


辺縁に経つ船は事前に何度かここの港で手続きをする必要がある。そのために初航海のときに何度もこの星に足を運び、面倒な書類書きやら資格審査、生体認証の登録など数十回と通うことになった。それで重ねたストレスを発散させようということになって、彼方此方を巡りこの酒場へとたどり着くことになった。


建物の作りがラブのお気に入りだということで、それからはこの惑星に立ち寄る度に訪れている。


その日も、ラブとエフトは買い物帰りにその酒場に寄った。するとそこにシオルがいた。ラブ達よりも先に酒場にいて、酒も飲まずにテーブルに顔を伏せて、ブツブツとつぶやいている怪しい客だった。

その隣の席に座り、ラブは酒を、エフトはつまみを飲み食いしながら話をしていた。


「今度の探索で最後でしょう。最後はどこの星系なのかな?ラブちゃん、知ってない?」

「知らないよ。そういうのは全部ワンの仕事だろう。私のところに話が来るのは、行先が決まってからさ」

「そっかぁ。じゃあまだ決まってないんだね、きっと。やっぱあれかな、僕らってそんなに引きが悪いのかな?」

「何の話だい?引きが悪いってのは」


ラブが少しだけ機嫌悪くそう聞く。


「だってほら、三回目のときだっけ?ついたらそこの星系、ちゃんとできあがってなかったじゃない」

「あれは調査隊が悪い。データの水増しだか何だか知らないけど、ちゃんと仕事しろよって話だ」

「それじゃその次のときは?ほら、着いたら目的の星が砕けてたの」

「ああ、あれな。その場でワンに聞いたら『届けられていないためにノーカウントです』ってすっとぼけたあれな!」

「あはははは……。そう言えばあの時、ラブちゃんマジでキレちゃってたよね」

「そりゃそうだろう!あんな気楽に『ノーカウント』って!だいたいこっちはほとんど未経験なんだぞ!それなのに頑張って、一生懸命に辺縁くんだりまで行ってんだ。それをしれっと『ノーカウント』って」

「そだね。でも、ラブちゃん、今日はライトいないからここでキレないでね」

「わかってる!」


そう言ってラブは手元のジョッキを一気にあおる。エフトが笑いながらラブのつまみをちょうだいしていた。


その時、その会話を聞いていた隣の席のシオルが、顔をあげてラブ達を見た。目の下に隈ができ、頬はこけ、怒っているような目。髪はボサボサ、着ている服はボロボロ、それに手の荒れ具合はひどいものだった。


「あんた達、辺縁の星系探査へ行くの?どこへ?」


シオルからの第一声はそんな感じだった。


「あんた誰?ラブちゃん、知り合い?」


エフトがそう言ってラブの顔を見る。ラブは相手にしないようにとシオルから視線を逸らす。


「私は物理と化学の者よ。私を探査船のエンジニアとして雇いなさい。そして外縁の星系まで連れて行きなさい」


シオルがそう言いだしたときには、ラブはもう席を立って酒場から出ようとしていた。エフトが困った顔をしてシオルを見て、それからラブの後を追いかけていく。その時シオルは、黙ったままそこから動かないでいた。


最初はそんな出逢いだった。


それから再びその酒場がある界隈に出向いたのは、ラブ達の時間でひと月ほどがたってからのことだ。


別の星系へと必要な資材などを購入しに向かい、その星系にある中央議会で書類などの用事を済ませ、ふたたび外縁出港用の港があるこの星へと戻ってきた。辺縁探査のための準備をようやく終えて、面倒だった書類書きも終わり、出港まで残すところあと数日となった頃だ。


その時はメンバー全員で行動している。


余談になるが、中央星系での時間の経過は星系ごとに時間の数え方が変わるため、おかしなことがおきる。

銀河全体での統一時間というものもある。銀河年と呼ばれる数え方だ。辺縁の先にある銀河の最先端とされる星が、銀河の中心を一周するまでを一年と数える。単位はGy。しかしあまりにも長大な時間単位のため、あまり使うものはいない。各機関やLEP学会に提出する報告書に使うくらいだろう。

通常使用しているのは、恒星をひとめぐりする期間を一年としている惑星時間。惑星が自転している場合には一回りを一日と数え、公転と自転の関係で同じ面ばかりが恒星に向いている惑星の場合は、一年が一日となる。

ひと月を何日分にするかや、一日を何時間にするかなどについては各星々で管理する、となっているため、各惑星ごとに時間の長さ自体が違ってくる。


ラブ達がシオルと出逢った惑星の一年は、およそ五三〇日だ。月を利用しており五三〇日をニ四月に分けている。ひと月がだいたい二二日。一日の長さを六〇分割してあり一時間がとても短い。用事を済ませに出向いた中央議会のある惑星は、一年が六六〇日、それを十分割してひと月あたりが六六日。一日の時間は三十分割なため、外縁港のある惑星よりも一時間は長く、しかし月の進みは遅い。

 

他の惑星でひと月を過ごし、再び外縁港のある惑星を訪れたときには、ラブの時間の感覚はひどく狂っていた。前回この星でシオルに会ったことを覚えてはいたが、まさかもういないだろうと思っていた。ラブにとってはひと月以上前のことだ。


しかしそこには、以前に会ったあの顔がいた。


二度目に会った時のシオルは、綺麗に整えた髪型に、パリッとしたパンツスーツを着て、落ち着いた雰囲気を漂わせ頬も少しだけぷっくりとしていた。今回は静かに酒の入ったグラスを傾けている。待ち人を待っているようにも見えた。


最初にシオルの存在に気がついたのはラブだけだったのだが、目ざといワンが「ラブさん、どうかしたんですか?」と声をかけてきてしまい、その声で相手にも見つかってしまう。

ツカツカツカと、……前に見たときには確か履物はサンダルだった。……今は綺麗なパンプスを履きこなし、ラブ達の前に進み出る。そうしてシオルは言った。


「以前は失礼しました」

「あんた誰?ラブちゃん、知り合い?」


前の時と同じ受け応えをエフトがして、そうしてラブの顔を見る。


「前に会っただろう。ひと月ほど前、この星に戻ってきたときにさ」


ラブがそう答えると、シオルは割り込むように言った。


「三ヶ月前です。私はその間、ずっとあなた方が来るのを待っていました」


そう言ったシオルの言葉に、ラブ以外の全員が「おおー!」と、感嘆の声をあげた。


ラブの人物評価は見た目をほとんど気にしない。同じように物腰や言葉遣いなども評価基準には含まれない。自分たちにとって益のある相手か否か、それだけを見据えている。


前回会った時には、この相手に自分たちにとって益となる知識や技能はないと判断した。自分自身すら世話ができなくて、誰かのために何ができるというのか。それが判断の理由だ。


ラブの値踏みするような視線に、考えを察したシオルが言葉を続けていく。


「前回、あなた方とお逢いして無碍にされてから、もう一度最初から専攻を頑張ることにしたの。前の時は酷かったけど、あの日が特別よ。だってあの日は、一年かけて実験をしてきた成果を同僚に横取りされた日だったんですもの」

「……そんな話はどうでもいい。私達は急いでるんだ。そこ、通してくれない?」


ラブは素っ気なくそう答える。そうしてシオルの背後にある出口へと向かおうとする。


「それなら、私をメンバーに加えなさい。あなた方、辺縁探査に行くんでしょう。探査船なら船体のエンジニアが必要でしょう」

「どこで聞いた?そんな話。私らはただの近隣探査だよ。エンジニアなら間に合ってる。こいつが全部やってるからね」


そう言ってラブはワンの背中を押した。いきなりシオルの前に押し出されてワンは戸惑ったが、ラブからすればこういった問題はワンが専任だ。


「えーと、そうらしいです。はじめまして、俺の名前は……」

「馬鹿!自己紹介とかいいんだよ。とにかく行くよ!」


声に怒りが混じりはじめたラブは、エフトとライトに向け顎をあげる。長い付き合いのエフトとライトは、その様子からラブの真意を汲み取ると、しれっとそっぽを向いた。


「ほら、行くよ!何してんの?」

「お願いします!他に行くところがもうないんです。同僚に盗られた研究は銀河辺縁に派生している新種のダークマターについてなんです。でも、せっかく集めた元素も素材も反物質も何もかも奪われちゃったんです。見返すためにはもう一度辺縁から取り寄せるしかありません。けど、それをしてたら……」


傲慢な物言いが必死な「お願い」に代わり、そうしてシオルはラブ達の目の前で目に涙をためて立ち尽くしている。


もともと何か事情があるんだろうとそう考えていたラブは、その言葉にようやく腑に落ちた様子だ。先ほどまでの怒りがこもった言い方からがらりと変えて言った。


「一緒に来るんなら、そいつの下に就くことになるよ」


ラブが指をさしたのはワンだ。それを見たシオルが答える。


「はい。連れていってもらえるのなら何でもします」


すると、そのシオルの一言にラブの眉毛がピクリと上がった。


「……あんた、馬鹿でしょ?」

「え?」


いきなり馬鹿と言われ、シオルは頭が真っ白になる。これでも一応は物理と化学の研究者として、中央の学び舎で教鞭をとったこともあるのだ。


「たかがこれくらいのことで、何でもしますって言っちまうのは馬鹿の証拠さ。捨てちゃいけないものまで捨てる気かい?背負えない荷物まで背負う気かい?自信を持ってできることだけやればいいのさ。そういう交渉ができないのは、馬鹿ってことさ」


ラブの口調が段々と落ち着いていく……。

これはまずいなと、最初にライトが動いた。ラブの前に立ってシオルを視界から隠す。


「何をしているんだい?ライト。そこに立ったらその娘が見えないでしょう」


 ラブの目が優しく微笑む。次の瞬間、バチンと平手がライトの頬に飛んだ。


「船長、落ち着いて」


はたかれたライトが、落ち着いた口調でそう言って諫めようとする。


「私は落ち着いてますよ。ただね、そこのまだ幼い小娘さんに、もう少し世間の道理を教えてあげなきゃと思っているだけですよ」


そう言って、返す手でまたライトの頬を叩く。バッチーン!と音が響いた。


「ラブちゃん!落ち着いて。ラブちゃん、落ち着いて!」


エフトがラブの手にしがみついて止めようと叫んでいるが、再び往復でビンタが飛ぶ。バッチーン、バッチーンと、酒場に音が響き渡っていく。


「船長、合計で四回です。三回を越えました」


平手打ちの音が止み、静まりかえった酒場の中に、ライトの冷静な声が響いた。


「いつもならこれで落ち着けるはずです。まだ駄目ですか?もしそうなら、言われている通り実力行使で押さえつけます。いいですか?」


ふー、ふーっと、ラブが吐き出す空気の音が強くなる。そうして少しだけ落ち着きを取り戻すと、ようやく口を開いた。


「……ごめん、ライト。すまなかった。もう落ち着いたから大丈夫」

「了解です。……手の方は治療しますか?」


 ライトの言葉を不思議に思い、シオルはラブの手の平を見た。するとそれは真っ赤に腫れあがって、グローブのように見えた。


「すまないが、いつもどおり頼むよ。……相変わらず硬いなぁ、あんたは」

「まあ、自業自得ってやつです。気が済んだら問題ありません」


そう言うライトの顔は、何事もないように見える。腫れてもいなければ叩かれた後さえ見えない。


「なんだか……我に返ったら、ものすごく痛い。ライト、ちょっと、これ痛い。エフト、痛い痛い痛い!」


エフトとライトに背中を押され、ラブは酒場の奥にある個室へと向かった。おそらくはそこで氷を頼むなどの、何らかの治療を行うのだろう。その後をワンとシオルが追いかけるようについていく。


 こうしてシオルが、ワンやラブ達と出逢い仲間となった。その後の運命がこの日からはじまったと言えるのかもしれない……。



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