第6話 iWiz-無垢と野生と知性の動物園

寝起きで不機嫌そうなラブに、エフトがホットサンドを食べながら声をかけた。手元にあるホットサンドは既に残り数枚。ライトも隣から手を伸ばし、前を見ながら頬張っている。


「なんかぁ、音源で聞いたって。一回だけ作ったじゃない、どこかのライブのとき。それでしょ」

「あれってまだ残ってたの?だってあの時の音源て磁気記録媒体でしょ?なんであんな回顧主義の技術者に頼んじゃったのよって怒ったの覚えてるもの。光子媒体とかLEP転換とか使ってなかったんだから、今に残ってるわけがないじゃないの」


ラブはまだ納得のいかない顔だ。するとそこに、ライトがポツリと言った。


「前に知り合いに頼まれて、俺が個人的に撮っていた手持ちの古いデータから、LEP転換の媒体に写したのを渡したことがある。その時に紛れ込んでいたかもな」

「え?」


エフトとラブが驚きの声をあげる。


「え?」


シオルも驚いて声をあげた。


「つまり、そういうことです。この三人がiWizなんです」


ワンが手の上の皿から、まだ沢山残っているホットサンドを取りながらそう言って笑った。シオルはあまりの驚きに声も出ないでいる。


「信じられません!でも、言われてみたら確かに。ボーカルは船長ですよね?そうだ、メンバー紹介で『ラブ』って言ってたのか。ああああ!そうか、ギター&ベースのダブルネックが『ライト』だ!ドラム他って紹介されてたのは『エフト』だ!言われてみたら確かにそう聞こえてるかも!ラブさん歌じゃないとボソボソって話すし、周りの音が煩すぎてMCなんかほとんど聞こえないんだもの!えええ!嘘ですよね?本当なんですか?」


とんでもない勢いで盛り上がっているシオル。そうして何を思いついたのか、突然自分の席に走って行き端末の操作をはじめる。そうして船内に音楽が流れはじめた。緩やかな音の流れが、優しく耳に響いてゆく。


「これ、これですよね?iWiz。私、まだ教育課程だった頃に同席だった友達から譲ってもらったんです。ずっとこれを励みにしてきました。この曲、まるで心が躍り出すみたいな気分にさせてくれるんです!」


優しいイントロが終わると、途端に激しいドラムの音が響きだす。そうしてその音に負けない力強い女性の歌が響いていく。


「……私、生まれた星がひどい戦乱が長く続きすぎて、そんな中で目覚めちゃったんです。だから初めのうちは攻撃性ばっかりが強く出ちゃって。それで教育課程のときに、いつも気にかけてくれた友達がこれを聞けば少しは気が晴れるよって、そう言ってこれ、貰ったんです」


シオルの言葉を聞きながらも、ラブはまだ不機嫌そうな顔で船内に流れる曲に耳を傾けていた。操船席ではエフトがノリノリで両手を振っている。その隣のライトも、歌詞を口ずさんでいる。


「この曲もだけど、iWizの曲ってすごいんです!って、本人の前で言うのもあれなんですが……。けど、これを毎日聞くようになってから私、ちゃんと会話ができるようになりました。友達も、一人だけじゃなく、他にもできました。いつも何か言われるたびに怒ってばかりだったのが直ったんです。この音楽のおかげです!」


力強くそう言うシオルを眺めながら、ワンが口を開く。


「そっか、シオルさんて、本来ならおそらく明王や戦神系の人だったんだ。それを変えちゃったわけだ、船長達が……」


ワンのその言葉に、ラブがイラついた声をあげた。


「その原因は私達じゃあない!あのLEP学者が、あんたの師匠とかってのが原因だろう!」


突然の大声に、シオルの表情が凍り付く。操船席の二人も動きをとめてワンとラブの会話に耳を傾けた。


「あの方は、もう今はLEPに触れることはありません。中央に連れていかれ、今はおそらく清算の真っ最中でしょう」

「だから何?あの人のせいで私達が音楽を奪われたことに変わりはないのよ!」

「……それに関しては、私も頑張っています。私の師匠だったオウニ。彼がやらかしたLEP法違反の清算を。この清算が済めば晴れて無罪放免です。あとたった一回じゃないですか」

「その最後の一回だと思ってきたこの場所が、こんなだよ?こんなでも、あんたならなんとかできるって言えるのかい?」

「ええ、できます」


ワンからの意外な答えに、ラブが目を丸く広げた。そのラブの前でワンは、真面目な顔をして言葉を続けていく。


「師匠のオウニは、性格はアレでしたけど本当に優秀なLEP学者でした。もともと生命発生率の低い、辺縁星系へのLEP移植を言い出したのも彼が最初です。そのための技術や知恵も豊富に持っていました。それらを全て引き継いだのが私です。だから、何があろうとも問題はあり得ません。船長はただ私を、いいえ、私と船倉のLEP達を、目的の場所まで送り届けてくれるだけでいいんです。それで清算は完了したと思っていただいて大丈夫です」


そう言ってラブを諭すように見るワンの様子は、シオルには宗教家と呼ばれる別の職業の人に見えた。その話し方や態度には胡散臭さは感じられない。それだけ真剣に、真面目な顔をして話している。なのに話している内容が内容なだけに、全体を通して胡散臭いと思わせる雰囲気が強く感じられる。


そうした思いを感じながら、シオルは恐る恐る二人に声をかけた。


「あの……聞いてもいい?」


珍しくそう切り出すシオルに、ラブもワンも驚いた顔を向けた。そうしてラブが言う。


「なんだい、珍しい。そんなしおらしい口の利き方、初めてじゃないの?」


言われてシオルも気づいたようだ。少し頬を赤らめて、次の言葉を吐き出す。


「しょうがないでしょう、そんなの。それより、教えて欲しいの。なんだか私だけ置いてけぼりなんだから」

「何をだい?」


答えながらラブは少しだけ笑顔になっていた。


しょうがない……。言われてみればそうだ。ファンだったバンドのメンバーが目の前にいて、それが突然イラついたように言い合いを始めている。普通なら気後れして何も言えなくなるところを、シオルは変わらずにズカズカと入り込んでくる。もともとが明王や戦神だのというワンのたわいもない言葉が的を得ているのかもしれない。


よほどのファンだったのだろう。気後れはそのせいなのだから、しょうがない、か。

そう考えてラブは笑った。これまでシオルに思い描いていたものが、氷解したように感じていた。


そんなふうに思われているとは思いもしないで、シオルが遠慮がちな様子でおずおずと尋ねる。


「あの……iWizって、読み方は本当はなんて呼んだらいいんですか?……その、みんな、イウィズって呼んだりアイウィズだったり、中にはアイダブリュアイズィーって呼ぶ人もいたりで……」

「ああ、それ、どれも正解だよ。ねえ、ライト。そうだよね?」


答えたのは操船席に座るエフトだった。どうやらラブとワンの重めの会話の間も話したくてうずうずしていた様子だ。


「ああ、iWizは、それ自体が省略された名称だからな。iWizじゃなくて、本当は Innocent wild and intelligent zoo。無垢な野生と知性のバンドって意味でつけた名前だった。そうだよな、ラブ」

「よく覚えてるね……。どうだったかな、正式な名前なんかどこにも届け出た覚えないからね。呼び方は呼ぶ人それぞれでいいやって、いつだっけ、エフトがそう口走っちゃったのって?」

「ラブちゃん、なんでバンド名忘れちゃってて、そういうどうでもいいこと覚えてんのさ……」

「三曲目を出したときに、三界ライブって言って一層から三層まで廻った時じゃなかったか?」

「ライトも!そういうのは忘れちゃっていいの!てか、忘れろ!」


三人は質問したシオルのことも、すぐそこに居るワンのことも忘れたように思い出話で盛り上がっていく。それを見ながらワンもシオルも笑っていた。

そうして暫く盛り上がった後、シオルが再び手を挙げて尋ねた。


「それと、あの……、どうして音楽をやめなければならなかったんですか?」


ファンであれば当然の質問だ。しかしラブには、それに答えられるだけの納得がいっていないところがある。なので黙り込んだ。そうしてワンの方を見る。ワンはその視線の意図を察してシオルに説明をしはじめた。


「iWizはもともと、この銀河の中心部で細々と活動をしていた音楽バンドです。そこに私の師匠であるオウニが目をつけました。といっても、悪い人じゃあないんです。少々好奇心が先に立つというか、興味を持つととことんまで行ってしまうというか。とにかく、その功績やひらめき、知識なんかは間違いなく天才と呼んでいい人なんですが、行きつくとやることがとにかく天災級の大問題を引き起こす人だったんです」


そう言ったワンの言葉に、隣にいるラブも操船席の二人もうんうんと頷いている。


「彼はiWizの音楽に、LEP達を参加させました。先に言っておきますが、これは法に触れる行為です。LEPはLENになったものしか利用することは許されていません」


シオルはそこでなるほどと頷く。なんとなく何があったか予測できた様子だ。


「音楽を制作する場にLEPの入ったケースを持ち込み、曲に合わせて変化するLEPの様子を皆さんに見せたのです。ついさっき、シオルさんも見ましたよね。あの光るLEPをです」


そう言われてシオルは、つい先ほど下層で見てきたLEPの様子を思い浮かべた。色々な色が輝いていて、確かに美しかった。……けれどなぜ?


「そうすることで、どうなったの?」


 LEPを近くに置いて曲作りをするとどうなるのか?そこを聞きたかった。


「そうすることで、iWizは銀河で一番有名なバンドになったんです」

「え?ちょっとまって、その間は?」

「その間ってなんですか?」

「どうしてLEPを置いただけで銀河で一番のバンドになれるっていうのよ?」

「……どうしてそんなことを聞きたがるんですか?」

「どうしてって、そこが一番肝心なところでしょう⁉」

「その点については、教えられません」

「なんでよ!」


間髪入れず繰り返される言葉の応酬が、いつかどこかの惑星で見たお笑いのかけ合いようだ。そう感じてラブが笑う。こんなにもおもしろい奴だったのかと、シオルのことを見直していた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る