第8話 第四惑星
「あんたさ、最初の時とずいぶん印象が違うよね?」
操船室でラブは、シオルに向けてそう話しかけた。ワンとおかしなやりとりを繰り返していたシオルが、その言葉に強く反発して言う。
「そんなの船長の方がよっぽどでしょう」
「そんなことはないよ。あんたほどじゃない」
ニコニコと笑いながら座席を起こすと、ラブはワンを指さして言う。
「この野郎なんかと比べたら、よほどわかりやすくなってきた。なあ、ワン。あんたはいつになったら本音で話せるようになってくれるんだい?」
そう言われてワンが戸惑った表情を見せる。背後の操船席では、エフトが大笑いして言った。
「無理無理、ワンちゃんに本音とか入ってないでしょ。LEPなんかとお話しすぎて、中身のっとられちゃってるんじゃない?ひょっとして……」
「ひどいですね、LEPのことをなんか呼ばわりして。そんな言い方すると怒りますよ⁉」
「そう言って本気で怒ったところも見たことないな。やはり中身はLEPか?」
ついにライトまでワンをからかいだした。それでもワンは真面目に答えようとする。
「私だけじゃなく、ラブさんも、エフトさんも、ライトさんも、シオルさんも。私達はみんなLEPの集合体であるLENが、長い年月をかけてLEPの輪廻を重ね成長した状態で融合したSINとなったものを中核としています。初等教育で習いませんでしたか?SIN。わかりやすく発音するとスィンです」
「はいはい、ご高説ごもっともです。ところでワンちゃん、食事はもう済んだ?」
ワンがまだ何かを言いたげなところにエフトの声が割って入る。続いてライトが、いつもの冷静な口調で皆に伝えた。
「第四惑星を確認。距離、五千五百。到着まであと7から8。船の巡航速度と惑星の公転速度とをリンク。恒星の移動による慣性運動にもリンクします」
「いよいよ到着ですね」
ワンが落ち着かない様子でそう言うと、ラブとシオルも前方に広がるモニターへと目を移し、まだ暗い星々の瞬きを不安げに眺めた。そこにやがて、目的地となる第四惑星が映るはず。そんな期待にも似た思いも、皆の胸に同時に浮かんでいる。
◇
――長い航海だったと正直そう思う。これまでに十一回の、似たような辺縁の探査をしてきて、今回が一番遠くまで来たんじゃないだろうか?
目的の星が前方モニターに捉えられはじめた頃、操船席の左側に座るライトは一人そう思った。中央の星系を旅立って、船内時間で優に半年が過ぎている。船内の時間は乗員それぞれのライフ・リズムというもので決められている、いわゆる生活リズム時間だ。
通常は船の船長が都合よく決めるものらしいので、他の船で旅をしてきた乗員と話をすると、とんでもない船も見受けられる。不眠不休で今回と同じだけの距離を飛んできて、それで一日分などという話を聞けば可哀そうに思う。
よければうちの船にこないかと声をかけたこともある。LENを応用した最新式の船だ。操船に関するこのほぼ全てを、操船席二つで賄えるし、駆動系や設備系のトラブル対処には船自体が自動で対応してくれる。マザーと呼ばれる知性を持った船。まだ他のどこも使っていない。
その話を聞くと興味を持って身を乗り出す相手も、しかしLEP絡みの仕事が主だと話すと、全員が断ってくる。
――そりゃそうだ。いくらオウニの弟子が乗っているからって言ったって、相手はLEPだ。いつ船ごとブラックホールに投げ込まれるか分かったもんじゃない。そう考えちまうよな……。
わりと有名な話のため、LEPにちょっかいをかけるととんでもない事にあう、は世間一般の共通認識となっている。LEP学の創始者と呼ばれワンの師匠でもあるオウニ、彼がその話を伝え広めたとも聞く。それももうずいぶんと昔の話でもある。
◇
「そろそろ惑星の引力圏に入るよ。慣性リンクを恒星から惑星に切り替えるね」
ライトの席の右側からエフトの声がそう聞こえてきた。
「了解。減速航行に移行。……っておい、なんかおかしいぞ?」
ライトの手元にあるモニターに、グリーンのシグナルが点灯して浮かんでいる。普段は惑星まで到着してから確認するものだが、引力圏に入っただけで点くなんてこれまでに一度もない。
「ワン!来てくれ。確認してほしいことがある」
そう後部座席に呼びかける。すぐにワンが来た。
「これ、ここで点いていいものか?」
そう言ってライトが、目の前に浮かぶ緑のシグナルを指さす。ワンはそのシグナルを見て、真顔になって言った。
「『緊急を要する重要な課題項目』に該当しますね。スクランブルです。船は惑星の衛星軌道より内側には侵入禁止です。ラブ船長!」
ワンは航行に必要な指示だけだして船長の席へ向かう。隣にいるエフトが驚いた顔でライトを見ているのに気がついた。
「ああ、そっちには表示出ないんだっけ」
そう言うとライトは、エフトの席のモニターと自席のモニターをリンクさせる。
「なんなの?スクランブルって聞こえたけど?」
「これ見てみな。グリーン・シグナルだ」
「え?いつも点いてるやつでしょ。グリーンなら問題ないじゃん?」
「こいつは着いた惑星上にLEPが必要量放出されたかどうかを量るためのシグナルだ」
「え⁉」
「……つまり、そういうことだ」
操船席で二人、息を呑んで黙り込む。後方をちらっと見ると、ワンはどうやらラブを連れて船のマザーに相談しに行ったようだ。右手後方の後部座席でシオルが横になって眠っているのが見えた。
「ねえねえ、ライト。ひとつ聞いてもいい?」
「どうぞ」
「LEPの放出量を量るって、何を量ってんの?」
「はぁ?」
「だってLEP自体は、電磁波では測定できなくって、でも重力には反応して、だけど質量がない……だっけ?とにかく計測できないものだって言ってたじゃん」
「ああ、ワンがな。って、お前よく覚えてるな。それってワンと組んで最初の時に聞いた奴だろう」
「へへ。っと、衛星軌道まであと0.5。ここに停めとけばいいって言ってたよね?」
「ああ。軌道内は侵入不可ってことだからちょうどいいだろう」
「停止。……完了!」
「推力下方修正。……カモフラージュチェック」
「チェックOK。大丈夫みたい、これで下からは絶対に見えないね」
「スクランブルって言ってたからな。念のため、上空からの索敵もカモフラージュしておこう」
「ほい。……OK。全方向確認。……OK」
「クロスチェック……OK。全方向確認。……問題なし」
ひととおりの操作を終え、エフトは席の外へと這い出し、背筋を伸ばすように伸びをしはじめる。その横で一息ついたライトが、先ほどの続きを話しはじめた。
「LEPの計測は、だから初回にはできなかったろう。二回目にこの船を手に入れて、それでできるようになったんだ」
「何?なんの話?」
伸びながらエフトが、ライトの話に怪訝な顔でそう聞き返す。
「……興味がなくなったか。ならいい……」
呆れ顔でそう答えたライトは、席についたまま到着した惑星を見つめていた。
操船席から大型スクリーンの足元方向を見れば、そこに深緑色をした惑星が映っている。色濃い深い海に覆われた惑星だ。O-UNI.Xが自動的にさまざまな情報をその星から集めはじめているのだろうか、ライトの手元にあるモニターには数多くの数値と記号、それにアルファと呼ばれる文字が記されていった。
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