第2話 第三惑星

今やこれまでの航海と変わりなく静まりかえった宇宙空間に浮かぶその船は、名をO-UNI.Xという。

全体を見ると楕円状の輪を二つ交差させたような形状で、少し遠目から見れば細長い楕円球の中に光り輝く十字が浮いて見える。外側のリング状をしている楕円型の部分は内側が空洞となっていて、その中は各部につながる通路だ。その先端にあたる部分に船のエンジンとその補助機器が積み込まれ、楕円の中心、浮かぶ光の十字の最上層となるあたりに、ワンたちのいる操船室がある。


「あの六番目の惑星が原因で、恒星を周回する度に五番目の周りにある小惑星帯がこう引っ張られて、そして通り過ぎると今度は恒星側にこんなふうになって、それでここらの小惑星帯から一斉に飛んできちゃうのかな?」


操船士のエフトから、ワンは先ほど巻き込まれた事象の原因と思われるものを教えてもらっていた。その隣の席では、操船を交代したライトがエフトの直感的な説明を聞きながら苦笑いを浮かべている。


「ライトさん、パラレルで別れた側の世界を確認したいのですが、今できますか?」


後部座席からシオルが、端末を叩きながらそう聞いてきた。ライトは首をそちらに向けると、睨むような目で見るシオルに返事を返す。


「直前に放り込んだ調査端末からの情報でよければ。……直接はまだ勘弁してほしい。あっち側はまだ、お祭りの真っ最中らしい波形が出ている」

「う……ん、それで構いません、今のところは。でも決まりだと、後で平行世界も確認に行くんでしょう?」


ライトはその問いに、肩をすくめてる。


 「どうなんだろうな。船長が戻ったら確認しとく」

 「行かない可能性もあるんですか?」


シオルはこのチームに参加してまだ日が浅い。なので辺縁探査のさまざまな裏事情などもわからない事ばかりのようだ。そうした時にいちいち口に出して聞いてくる面倒なところがある。ライトはそう考えた。

ここでその答えを言葉にしてしまえば、シオルの性格だと誰かが悪者になり、後々禍根となる可能性も出てくる。……しかし、ごまかしてみたところで、結局は同じことだ。

そこまで考えたライトは、まだ隣の席でエフトからの説明に耳を傾けているワンを巻き込むことにした。


 「ワンはどう思う?」


ワンと呼ばれるこの男は、調和が何よりも大事だと公言してはばからない。そうした性格のためチーム内で揉め事が起こりそうな時にはとても重宝されている。声をかけるだけで、都合よく巻き込まれてくれるいい性格なのだ。





「パラレルで分岐型の平行世界宙域を作成してしまった場合の対処は、マニュアルだと両方の同質同時並行調査だとあります。できあがってしまった平行世界宙域は後から消すこともできませんので……。」


そうして、ライトに巻き込まれたワンは、シオルの持論をとうとうと述べられることになった。ライトから話を振られ、いつものことだと思って軽く「なかったことでいいんじゃない。」と答えてしまったワン。

その言葉を聞いたシオルは、噛みつきそうな目で、頭一つ高いワンの顔を睨みつけて持論を語り続けていく。


「そうは言うけどさ、今回のプランは、『行って』、『置いて』、『眺める』なわけで、ここまで来るには来たけど、まだ到着とは言えな、……くもないよね。だから今はまだ何もはじめてないわけで……。なので調査報告をまとめる時にでも、船長の日誌と航行記録にさっきあったことを書いておけば問題にはならないと思う……よ。」


シオルの突き刺すような目線に、少し引いた感じでワンはそう答える。するとシオルは更にキツイ目つきになってますます吠えはじめた。


「だから!そういうことじゃないでしょう!平行宙域ができちゃって生まれちゃったんだから、産ませた責任があるでしょ!その責任をとるために直接行って顔くらい見なきゃって話なんです!」


反論をすれば噛みつかれる。それも噛みついたら食いちぎらんとする獣のように、だ。シオルの反撃にそんな恐怖を感じて、ワンは冷や汗をかいていた。

巻き込んだ当のライトは、我関せずといった顔で前方に注意を向け、エフトに至っては最初から素知らぬ顔のまま、船は安穏と宙域を進んでいく。


その時、操船席に座るライトが手元のモニターで、周辺探索結果の情報を見て首を傾げた。重複確認をしようと右隣りに座るエフトに指で合図する。するとエフトが、操船レバーの間に表示されたデータと目前の小型モニターを見て素っ頓狂な声をあげた。


「……なんだ、これ?」


いつも冷静なライトの、その珍しい声に驚き、後部席前で睨みあっていたワンとシオルの二人も前方に目を向ける。ちょうどタイミングよくライトが前方の大型スクリーン一画に、手元モニターの映像を映した。大きな画面で確認しようとしているのだろうか。

エフトもその画面に目を移すと悔しそうな声をあげた。


「なんだよぅ、せっかくここまで来たっていうのに。これじゃあ来た意味ないじゃん!」


操船席の前方、三六〇度の角度いっぱいに据えられた大型スクリーン。そこに、目的地であるこの星系の第三惑星が表示されていた。それはさながら炭火のように、大地は黒く変色しところどころに赤い炎があがり、まるで爬虫類の舌のようにのたうつ様が見えている。


「……大気、ほとんどなし。原因はさっきの流星の群れがやったどんちゃん祭りだろうな。それと、事前調査にあった水が、……蒸発しちまってる。……こいつは流石に駄目だろう」


冷静なライトの説明を聞きながら、他の三人は口をポカンと開けてスクリーンを眺めている。それぞれが三者三様に、目前の星の状態に困惑しているようだ。

するとそこに、後方の扉が開く音が聞こえ、カツカツカツと足音を響かせながら船長のラブが戻ってきた。室内に入ると開口一番にこう告げた。


「予定変更するしかないね。下でマザーにも聞いてきたけど、よほどの時間をかけないとあの状態は元に戻らないそうよ。なのでこのまま直進して、恒星の向こう側にある第四惑星を目指すことにするわ」


ラブはそう言うと自分の席へと座った。


「第四って言うと、確かあの?」

「えー、水が豊富だって聞いたけど、これの半分くらいしかサイズないんでしょ。それだと長いこともたないっしょ」


ライトとエフトが船の操船レバーを押しながら、船長の言葉どおり船を加速させていく。輝く十字の船は、星の海原を第四惑星目指して急加速で進みはじめていった。


スクリーンをポカンと見ていたシオルは、船長の言葉に急いで自席に戻ると、端末に触れる。

ワンはその場で記憶を探るように目を閉じ、呪文のように第四惑星の情報を口にしはじめた。


「……星系、第四……。質量およそ0.1、表面積およそ0.25、大気およそ0.75、重力およそ3.7。特徴、水の惑星……。」

「さっすが学者さんだ。すっかり諳んじて覚えてんだね。」


船長のラブが機嫌よさそうにそうワンに言った。

実際は予定と違いすぎてイライラしているのだが、ラブはイライラすればするほど機嫌がよく見えるようになる。なので今は要注意の状態だ。

けれど参加してからの日が浅いシオルはそれを知らない。

なので、言った。


「船長、第四惑星では今回の目的となる成果が見込めません。この場合マニュアルでは、一旦戻って……」

「ワン!」


突然、シオルの言葉を遮るように船長が大声をあげた。まるで犬の鳴き声みたいに名を呼ばれ、ワンの細い目が開く。


「第四だ。積み荷の調整と以後の計画修正を船長として提案させてもらう。……あとは好きにしな。このチーム、あんたが指揮官だろ」


船長からそう告げられ、ワンは照れたように返事をした。


「指揮官だなんてそんな……。でも、まあ、確かに第四で正解かもしれません。船長、指揮権を引き継ぎます。到着までの航行管理は引き続きよろしくお願いします。それとシオルさん、できれば一緒に来ていただいて、LEPの様子と保管庫の確認をお願いします」


そう答えると、ワンは席に座るシオルの腕を掴み強引に後部通路へと歩いて出ていった。


「エフト、船の状態を報告して」

「了解。船体名O-UNI.X。外部損傷なし。LEPおよびLENに異常なし。宙域からのエネルギー補充100。保有エネルギー380」

「ライト、第四までどれくらいかかりそう?」

「到着まではだいたい八〇といったところかな。疲れたんならひと眠りくらいはできるぞ」

「……そっか、そんなもんか。じゃあそれを下に行った二人にも共有してあげて。私はこのまま少し休むわ」


そう言うとラブは、自席のシートを倒して寝転がった。後部通路をほんの少し行けば自室があるのにここで休むのか、とライトが微笑んで呆れている。なんだかんだで船長としての自覚が根付いた証拠なのかもしれない。

ほんの数秒でスースーと、意外におとなしい寝息が聞こえてくる。その音を耳にして、ライトとエフトは互いにクスリと微笑みあうと、小声で話しをはじめた。


「流石にこたえたかな、到着前に指揮を明け渡すなんて、ラブちゃんには珍しいね」


 エフトがライトに向かってそう囁く。


「そりゃそうだろう。今回が最後だし、初めてじゃないか?ここまでひどいのは」

「そうかなぁ。何回か前の、目的地の星が吹っ飛んでた時よりはまだ良くない?」

「あの時はその場で帰るしかなかったからな。でも今度は未調査に近い星で作業だぞ」

「そっかぁ。そう言われると確かにそうだねぇ」


エフトはそう言いながら、もう一度目的地の情報を眺めた。目の前のモニターには、これから向かう第四惑星の事前調査結果が表示されている。そこに記載されている情報は、通常の調査時と比べるとほとんどないに等しい……。


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