第3話 LEP-命の元素

 操船室を出て後部通路を進み、下層へと降りるエレベータホールで最下層まで降りる。するとそこはワンの使用する、LEP関連の倉庫兼研究施設となっている。目的の部屋へと到着したワンは、到着前から続くシオルの質問攻めに困った顔をしていた。

 「そもそも、第一次調査での第三惑星の調査結果をもとにしてここへ来ることになったって言うのに、おかしいじゃないですか。どうしてワンと他の皆さんはそれ以外の惑星に関する情報まで知っているんですか。」

 「え、いや、だからそれは、辺縁星系に行く時は当たり前のことで……。」

 ワンは、真横で吠え続けるシオルにそんなおざなりな返事をしながら、室内の灯りをひとつひとつ点けて歩いていった。

 ワンたちのいるこの室内は意外に広い。その広い室内の一画を、およそ数兆個といわれる数のLEPが入った巨大な槽が占めている。ワンたちがいる側から仕切り越しに中が見え、槽の向こう側の壁を通して外の宙域も見えている。パッと見は巨大な窓と言われても気づかないかもしれない。

 中にいるLEPを確認するには特殊な方法でないと不可能だといわれている。LEP学者のワンは、その特殊な方法と言われている装置のスイッチを入れていく。すると、槽に向けられていたいくつかの照明に光が灯った。

 巨大な槽の中に色鮮やかに何色もの小さな光の球が浮かんだ。明確に赤や青や緑の色をしたものや、それよりも薄いパステル調の光。グラデーションがかかっているかように色彩の波が槽の中を右へ左へと移動しているのが見える。

 その光の動きを見ながらワンは、LEP達の状態に問題がないことを確認した。


 「当たり前ってなんですか!それじゃあ私がその当たり前をできてないってことなんですか?事前にそうと伝えるべきでしょう。なぜそれを怠ったんですか。説明してください!」

 シオルは、その光り輝く美しい槽の中を見ることもせず、ワンににじり寄った。

 あまりの剣幕に槽の中から心配するような気配を感じる。仕方なさそうにワンはシオルに顔を向けると、説明を求められたのだからと、考えながら口を開いた。

 「シオルさんはこのチームに、物理法則のアドバイザーと化学分析のエキスパートとして参加されています。あと、私の補佐というか、部下という名目で。……間違ってないですよね?」

 「なによそれ……。ええ、そうよ。私の専門は物理と化学よ!だからそれ以外のことに口を出すなって言いたいの?」

 「いいえ、そうまで言っているわけではありません。……腹に溜めずに思ったことを言い合う。それこそが互いに理解を深めていく手段なのですから、それについては問題ありません。」

 ワンはそう言ってから、その言い回しになんだか違和感を感じた。自分が怪しい宗教関係の人か、自己啓発を進めるセミナーの人になったような気がする。その違和感のせいで首を傾げてしまった。

 シオルはその態度を別の解釈で受け取ると、更に強く吠えはじめた。

 「それは問題ないけど専門じゃないならもう少し大人しくしろってこと?でなければ何?その、私が間違ってるみたいな態度は?なんで首を傾けてこっちを見るのよ。おかしいのはそっちでしょう。」

 「あ、いえ。ちょっと言ってって、なんだか宗教家か自己啓発セミナーの人みたいだなって思って、なんか自分に合わないなあと思って。」

 「はぁ?今度は宗教やってる人を馬鹿にすんの?冗談じゃないわよ、何様よあなたは。」

 「いえ、そのとおりで。互いに理解を深めていく手段ですからって言っちゃう私は、何様なんだろうなあって、そう思って首を傾げてたんですよ。」

 何様よと食いつかれて、何様なんだろうかと自問する……。ワンは、そんなおかしな問答をはじめようとしている。何かを察しろとでも言っているんだろうか?

 シオルはそこで自分の言葉を止め、ワンをじっと見ることにした。今聞いた内容を反芻するように頭の中で繰り返し、ワンの真意を探ろうと考えはじめる。

 その様子を見て、ワンが言った。

 「ただまあ、シオルさんは辺縁への航海は今回が初めてだし。ちょっとくらい先輩面をしても問題はないのかなって思ってます。」

 そう言いながら屈託のない笑顔を見せるワン。その笑顔にシオルは、さっきまでの感情の奔流がサーっと流れ去っていくのを感じていた。怒りが霧散させられていく……なんだか変な感じだなと思った。


 あらためて見ると、やっぱりおかしな人だと思う。LEPの研究に携わる者については、これまでに聞いた話では「胡散臭い宗教の教祖様みたい」だと言っていた人が多かった。けれど目の前のLEP研究者は、だいたいいつもこうして子供みたいな顔で笑っている。

 胡散臭いとは、シオルも正直そう思っている。そもそもLEPというものについて、物理も化学もその実証が追いついていない。こうして槽の中に見える光のグラデーションに心を動かされはするが、その正体はつかめないままなのだ。

 LEP研究をする人たちの多くは、銀河中心から遠く離れた辺縁と呼ばれる星系の出自が多いと聞いている。彼らには特異な偏りが多く、それ故にLEPと対話ができると言われてきた。LEPは生命素子と呼ばれるくらいなので生命の素みたいなものらしい。でも素粒子のように、力の伝達をするわけでもなく、物質を形成するわけでもなく、質量となるわけでもない。重力に影響することはあるらしいのだが、それ以外になんの働きも見られない。計測することが何一つできないのだ。


 そんなことを考えながら、シオルはあらためてもう一度、左手にある巨大な槽の中を見た。そこに煌めく光の波を見て、ちょっと思いついたことをワンに尋ねてみることにする。

 「ちょっと聞いてもいいかしら?」

 シオルはそう言いながら、計測装置に触れているワンへと向き直る。

 「LEPって、結論からいうと何なの?」

 シオルには、もう既に先ほどまでの強い怒りの感情は薄れている。目前に繰り広げられる光のショーを眺めながら、素朴な疑問として出てきた質問だ。

 「いきなり結論を求めますか、あはは。……シオルさんのこと、段々とですが、理解していけそうな気がします。」

 ワンは計器を見ながら笑うと、そう答えた。そうして少したってから続きを話しはじめる。


 「LEPはLENを形成する最も重要な要素です。LENは光子を吸収することでより多くのエネルギーを生みだせます。またシリコンと同化したLENは他の合金と相性も良く、この船の中核部分にもLENに同化したシリコン合金が使われています。それと、マザーはLENを核としてこの船を動かしています。推進力となるエネルギーは言うまでもありません。」

 それはLENを応用した結果であって、結論じゃあない。シオルはそう考えて、質問をはぐらかされていると感じた。ふたたび沸々とした怒りが沸き起こり、ワンを睨みつける。

 「LENは私達の体を構成する主な元素です。……って、なんでそんなに怖い目で見るんですか?」

 「なんだかあなたには、いつも話をはぐらかされてるなあ、と思って。」

 「はぐらかしてなんかいないですよ。LEPについての結論を説明していただけです。」

 一歩踏み込んでシオルは、ワンの瞳を覗きこむ。

 「それは結論じゃあなくて結果。LEPをLENにした後の、利用方法を話しているだけでしょう。私が聞いているのはLEPが何なのかってこと。あなたはLEPを研究しているのでしょう。だったらあなたなりの見解でいいから、このLEPっていうのが何なのかを説明してちょうだい。」



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Ψυχή(プシュケー)―黎明 40-41 Galactic Years. Visitors. 背水乃仁 @Memen

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