Ψυχή :: 黎明 - 40th Galactic Year. The Visitors.

静香 仁

来訪者たち

第1話 流星祭り

ビーッ、ビーッと、けたたましいアラームの音が鳴り響く。四方のモニターはどうしたわけか一切の外を映そうとしない。先ほどからずっとアラームの音と、操船士二人の怒声だけが船内に響いていた。


「うるさいわね、わかったから少しは静かにしなさいよ!」


声と共にタタタンと軽快な音が鳴る。運行管理用の端末に指示を打ち込んだ音のようだ。声の主は女。この船に乗り既に十回目の航海を経験している。銀河船の操船士として既にベテランと呼んでもいいメインパイロット、エフトの声だ。


「エフト、左側からまだあと三個来る。それが過ぎたら次は正面に八個。その後に続けてあと五個だ」

「ちょちょちょ!ちょっと多くない?!なんでこんなに!?」

「三個のうちの最初の!来るぞ!」

「んもーっ!この!」


それほど広くはない操船室の前の方にうっすらと明かりが灯っている。その淡い光の中でふたつの影がせわしなく動いていた。サブパイロットのライトは、口調は冷静なのだが怒りが半端ない。想定外の事態に一番腹を立てているのがありありと伝わってくる。


「エフト!遅い!次のがくる!!」

「うっさいな!ライトの指示が遅いのが原因でしょ!」


エフトとライトで言葉が交わされている間も、船内は右へ左への遠心力で恐ろしいGが発生しつづけている。その強いGは今にも後方に座る乗組員二人を押しつぶさんとしていた。

エフトがタタタタンと端末に打ち込み、その影響で体が左右に揺れる。船を動かすたびにその逆側へと力が働く。恐ろしいことにこれでも船内のスタビライザは正常稼働している。それで制御できないほどの複雑な動きと加速、減速をこの船は繰り返しつづけていた。


「ラブ!!船長ぉ!もうそろそろきびしいよぉ!」


エフトの泣き声が船内に響き、船は上方へと急加速。強いGが操船室の床に向けてのしかかる。後方の席に座る二名の男女から、グフっと小さく悲鳴のようなものが漏れる。


「ライトぉ!あとどれくらい来そうなのぉ!」

「計測に出でいる数値では、残りあと四千から五千といったところだ」

「そんなん無理!無理無理無理!」


その時、この強いGの中に立ち上がる者がいた。


「ライト、エフト!こうなったらマニュアル無視で乗り切るよ!マザーの許可を得て

位相空間を展開準備!それが準備でき次第、船の前方五〇〇の位置に展開!」


そう言って立ち上がったのは、この船の船長を務めるラブ。燃えるような赤い髪の女だ。


「ちょ、ちょっとまって!船長!この船で、こんな激しく動いたままそんなことをしたら、エンジンの生み出す時間波と、位相空間の展開装置から発生する空間が!」

「うっさい!そんなのわかってて言ってんのよ!」

「わかってるなら!どうなるかも想像できてるんでしょう!この星域にパラレル世界の発現は、リソース不足です!今ある環境に与える影響が膨大すぎて……」


と、叫ぶように交わされる言葉のやりとりの中、ライトの冷静な声が響く。たった今船長の決定に文句を言ったのは後部座席でうめくシオルだ。


「船長、マザーからの許可が出ました。位相空間用のLENドライブ、百二十を超えます。」

「よし!エフト!やっちまいな!」

「ちょっとだからまだ話がおわって……」

「あいよ!二百超えたら起動にセット!チェックお願い、ライト!」

「オッケーだ。百五十、百六十……。位相観測開始します。百八十、百九十、アンカーセット」

「シオル!ワン!シートにしっかり体を密着させときな!」


ラブの声と同時に船内の四方に広がるモニターが外を映し出す。そこには無数の隕石と共に、白く輝く光跡があたりを照らし出していた。


「エフト!なんでこのタイミングでモニターなんかつけた!」

ライトが強い口調でそう問い質す。すると

「だってぇ、はじめてでしょ?LENドライブの解放って。そしたら実際にこの目で見とかないとって思ってぇ……」


モニター越しではあれど、確かに目で見るのと数値から想像するのでは大きな違いがある。しかし相変わらず右へ左へ上へ下へと船を器用に動かしながら、よくもそんな余裕があったものだ。そう考えたライトは深くため息をつく。


「うわ!今右の羽のとこ、隕石当たった!」

「楽しそうに言わないでください!船を構成しているLEPは、物理的な力では破壊されません!」

「あれ?ワン、気絶してないの?」

「今、起こされたところです。みんな騒ぎ出しちゃって、うるさくって」

「あぁ、みんな、ねぇ……」

「はい。流星祭りがどうのって、このことですか?」


その間、船の前に広がった光跡は次第に輝きを増し、今やもう前方を覆い隠すほどの広がりを見せていた。


「すごいな。この白い光の壁があっちへの扉になるんだなぁ……」


船長のラブが、エフトのすぐ後ろまで来て、そうつぶやいた。


「文字通り、扉です。LENはすごいですから、物理空間の三軸を越えますから」


ワンがそう言いながら、ラブのすぐ後ろまで歩いて来る。


「でもこれで、ここの空間は位相の異なるもう一つの空間と双子状態になったわけよね!どうすんの!これ!」


最後にシオルが、そう叫ぶように言いながら操船席の近くまで歩いてきた。


「ちょ!そんな!?カーブとかってありえないでしょ!なんで!?」


三人が立って操船席まで来たちょうどそのタイミングで、エフトの絶叫が響きワンとシオルが船の天井へと落下する。ラブはどういうわけか、両足を床にビシッと固定して微動だにしていない。


「セーフ!へへ、やったね!」


笑ってエフトがそう言うと、ドサッ、ドカッと大きな音が二回響いた。エフトの急な下方移動により天井に落下したワンとシオルが今度は落ちてきた音だ。


「いったぁい!」

「勘弁してください、エフトさん……」

「しょうがないでしょ!隕石の奴が急に曲がってきたんだもん!」


そもそもが、まだ安定していないのに自席を離れて歩いてきた二人が悪い。しかし、同じように歩いてきた船長のラブは、髪が逆立った程度で微動だにしていない。


「なんで船長は?……」

「この人は特別です。私達と同じだと思ったらいけません」


シオルのぼやきに、ワンがそう答えながら腰をさする。


「馬鹿言ってんじゃないよ。ちゃんと目を開けてみてりゃ、次にエフトがどうするかわかるんだから」

「船長、すまないがそれはない。俺には未だにこいつが何をどうするのかまでは予測がつかない」

「ひっどぉい、ライト!僕たちもう長いこと一緒にいるんだから、そういう言い方はないんじゃない、の!」


そう叫んだエフトが端末を叩きながら操船レバーを左に傾ける、その勢いにワンとシオルが船内を右側に飛んでいく。


「そうかぁ?割とわかりやすいと思うけどなぁ」


ラブが平気な顔で操船席の背もたれに左手で捕まりながらそう言う。


「いいえ、エフトの思考は逐一変化しています。いつも必ず、前に経験した時とは違う方法を選ぶ。わかっているのはそれだけです。」


ライトが真面目な顔で、操船用の3Dモニターにふれながら答える。そうしている間も、まだ飛来してくる隕石群を避けるためなのか、エフトはレバーを右へ左へと動かしつづけていく。


「どっちにしろ早い所落ち着かせないと、後ろの二人、もちませんよ」


落ち着いた声でライトが言うと、ラブも同意だと言わんばかりに深く頷いた。


「けど!これまだまだ飛んできているよ!このあとどうすんのさ!!」


エフトが絶叫のようにそう言う。それにラブが落ち着いて答えた。


「飛び込め、あの白い光の扉に!」

「えー?!あれってそうなの?てっきりあれで飛んでくる連中をまとめてドカーンてするんだと思ってた」

「いいから早く加速して!飛び込め!ワンもシオルもそろそろ悲鳴すら出なくなってきてんだから!」

「りょうかーい!いっきまーーーっす!」


そうして船は、目前に展開された真っ白な光の扉へと一気に飛び込んで行った。


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