Ψυχή(プシュケー)―黎明史篇 O-UNI.X 40-41 Galactic Years. Visitors.

来訪者たち

第1話 流星祭り

 ビーッビーッっと、壊れたように鳴り続けるアラームが船体の危機を知らせつづけている。操船席の右側で船を操るエフトが、口を尖らせて吐き捨てるようにつぶやいた。

 「うるさいわね、わかったから少しは静かにしなさいよ!」

 そう言うとエフトは、操船レバーを大きく左に傾ける。後部座席に座る乗員はまた強いGに襲われ、体がシートに押し付けられていく。

 「エフト、左側からまだあと三個来る。それが過ぎたら次は正面に八個。その後に続けてあと五個だ。」

 左側の操船席で船体レーダーを確かめながら、もう一人の操船士ライトの声が響いた。

 後部座席に座るワンが顔をしかめ、冗談じゃあないとつぶやく。強いGに押さえつけられながら息をするのも苦しそうだ。それを見てワンの隣に座るシオルがクスリと笑う。右往左往するように操船レバーが左右に倒され、押され、引かれ、また倒されつづけていく。

 いい加減にしろ!と言いたげな表情で、操船席のすぐ後ろに座っている船長のラブが、このGの中に立ち上がった。


 この船は、銀河辺縁の調査及び開拓を目的として、銀河の中心にほど近い星系から飛んで来たばかりだ。今回の計画はこの銀河辺縁に生まれようとしている新しい星系への、生命素の運搬とその経過調査を予定している。

 操船室と呼ばれるこの部屋はそこそこに広い。ラブ船長が座る席からわずか前方、左側に主操船士のエフトが、右側に副操船士のライトが座っている。後部座席は船長の座る席の後ろ側、数歩先。少し高くなっていく傾斜の上に左右に分かれて据えられている。船長の席から見て左側の一画がワン、それと反対側に設けられた一画がシオルの席だ。


 その後部座席にシートベルトで縛り付けられたまま、強いGに指一つ動かせずにいるLEP学者のワンは、ここへ来た理由を必死に反芻していた。そうでもしていないと、あまりにも強いGに心が折れてしまいそうになる。


――今回は、これから生まれる星に行って「お届け物でーす」という感じで船に積んできたLEP、生命元素を置いてくればいい。あとは眺めて過ごすだけ。簡単で単純な仕事だ。受領証明代わりに惑星に巣くう悪鬼のごとき生命と戦わなくて済む。できあがったものを持ち帰る際の殺戮のごとき下種仕事もない。行って、置いて、眺める。それだけだ。それが済めば後は家に帰れる。それでまたしばらくは平穏にのんびりと暮らしていける。


 事前の説明では間違いなくワンが思い浮かべるような仕事のはずだった。しかし超空間航行から通常空間に戻ったとたん、想定外の出迎えを受けてしまっている。乗船している全員の、これまでの幾多の経験に照らし合わせても、これほどの異常事態は数えるほどもない。

 矢継ぎ早に飛び交う小惑星を中心とした流星群の襲来。十重二十重から飛来する流星の数々に、既に逃げ場のない宙域となり果ててしまっているこの場所は、まさに修羅場と呼べた。

 上下左右のいずれかに逃げようと船体を寄せれば、今度はその方向から小惑星サイズの星が落ちてくる。星が落ちてゆく先はこの星系の恒星。まだ生まれたての星系のため重力場が不安定ということだろうか。

 事前の説明にはなかったこの修羅場に、ワンはそう考えることで理屈を通し、精神の安定を図ろうとしつづけていた。


 「ライト、エフト!こうなったらマニュアル無視で乗り切るよ!マザーの許可を得て位相空間を展開準備!それが準備でき次第、船の前方五〇〇の位置に展開!」

 操船席の背もたれを掴みながら、立ったままの船長ラブの厳しい声が飛んだ。

 「了解!」と操船席の二人が応える。

 それを聞いて後部座席に押し付けられているシオルが、まん丸な目を更に見開いて驚いた。彼女は物理と化学の専門家だ。席に押し付けられたままシオルは叫ぶように言った。

 「船長!この船で、動いたままでそんなことをしたら、エンジンの生み出す時間波と、位相空間の展開装置から発生する空間が、干渉しあいます!それだと新たな時空間を、発生させてしまう可能性が、あります!未確認の状態で、この星域にパラレル世界の発現は、リソース不足です!先に一旦……」

 「そんなのわかってる!けどマニュアル通りやってたら全部吹っ飛ぶよ!他に手はないんだから!積んできた命、それと貴重なこの船!ここで失ったら取り返しがつかないでしょう!」

 船長の返す怒声にシオルはまだ何か言いたげだ。しかし船が失われてしまうのは確かに困る。そう考えてシオルは渋々と黙った。


 パラレル世界とは、この時点を軸に時間軸と空間位相の異なる、平行世界と呼ぶ宇宙域が生まれてしまう現象だ。時空間の異なる平行世界の宇宙域が作成されてしまえば、その両方を対象に調査をしなければならなくなる。それが銀河辺縁探索の決まりだ。

 しかし積んできた生命の素、LEPは惑星一つ分しかない。


――それはワンの担当だから私は別にかまわない。けれどこの船の船体やエンジンに何かが起これば、それは私がどうにかしなければいけなくなる……。


 シオルがそんなことを考えていると、次の瞬間エフトが操船レバーの隣にある白いボタンを思いっきり叩いた。エフトとライトの眼前にある前方三六〇度スクリーンに白い輝きが広がってゆく。

 それを最後に、船めがけて飛び交っていた小惑星の群れはスクリーンから消え去っていた……。


 「なんとかやり過ごしたわね。」

 そう言って息を吐く船長と操船席の二人。船内のGも元に戻り、シオルは左側の外天窓から外を確認しながら、しきりに席前の端末を操作している。彼女の受け持つ船体の異常を確かめているようだ。

 シオルの隣の席で、ワンが体を固定していたベルトをおたおたと外すと、席を立って前方の三人に話しかけに行った。

 「何だったんですか?今のは。どうしてあんなに星が降ってきてたんですか?」

 危機を脱した安心感からかワンの表情は笑顔だった。尋ねられた船長のラブはかなり疲れた顔をしている。横目でちらっとワンを見ると、面倒そうにその質問に答えた。

 「ワン、お疲れ。詳しいことは前の二人に聞いて。」

 そう言ってラブはワンの横を通り抜けると、操船室の後方へと向かった。昇りのスロープの間に扉のついた箇所があり、その先は船の下層へと通じる中央通路がある。その扉の前につくとラブは、ワンと他のメンバーにふり返って言った。

 「下に行ってエンジンと装備が壊れてないか見てくるわ。あとマザーの様子も見てくる。ワン、ここ、よろしくね。」



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