Ⅳ Gプラ
「――ハァ……ハァ…」
鷺野はひたすらに走った……行くあてもなく、どこをどう走っているかもわからぬまま、とにかく後を追いかけて来る得体の知れぬ恐怖から逃れようともがくかのように……。
「…ハァ……ハァ……俺は大丈夫だ……俺は…やつらとは違う……」
心臓が破れるくらいにまで走り続け、何やら高い鉄塔のような影がそびえ立つ広場まで来てついに足を止めた鷺野は、上がった息を整えるのも忘れ、その事実を確かめるかのようにして呟く。
「…ハァ……ハァ……俺が頼んだのは〝Gプラ〟だ……八尾や玉篠を殺したように……人を殺せるようなデカさのプラモあるわけがない……」
そう……鷺野がハガキに書き込んだのは他の二人と異なり、現実には存在しない架空のロボットのプラモデルである。ラジコンカーや鉄道模型のように人間を押し潰せるような実物はこの世に存在しないのだ。
「……は、ハハ……や、やったぞ……ざまあみろ……ハハ……ハハハハ…」
そのことに気づくとなんだから急におかしくなってきて、鷺野は独り狂気じみた笑みを浮かべる。
顔を上げれば広場に立つ時計の針は、いつの間にやら午前2時を指している。
サンタがプレゼントを配るのはクリスマス・イヴの夜……朝を迎えれば、もうプレゼントは渡せないはずだ。
夜明けまであと4時間弱……。
それまでしのげば、どうにか助かることができるかもしれない。
「…は、ハハ……俺は死なないぞ……俺はヤツに勝ったんだ!」
助かる道が見え始めると、それまで心を覆い尽くしていた恐怖もだんだと薄まり、鷺野は彼本来の楽天的な明るさを取り戻す。
「もう逃げる必要すらない。夜が明けるまでの時間、Gプラのジの字も見えないこの場所でただじっと待っていさえすれば……え!?」
だが、時計の向こう側にそびえ立つ、黒い鉄塔のようなシルエットへとなにげに焦点を合わせた瞬間、絞られた彼の瞳はその反動のようにして逆に見開かれる。
なぜならば、それまでは街灯が逆光になって影にしか見えなかったのであるが、てっきり鉄塔か何かだと思い込んでいたそれは、某国民的ロボットアニメの巨大なオブジェだったのだ!
「ど、どう……して……?」
またしてものありえないその事態に今しがたの明るい気持ちもどこへやら、唖然と立ち竦んでしまう鷺野ではあったが、それでも周囲を見回してその理由を懸命に探ろうとする。
すると、広場の縁に建つビルの壁面には、某国民的ロボットアニメ関連製品を販売するメーカーのロゴマークが……そこは、ファンの間ではよく知られたそのメーカーの商業施設であり、巨大オブジェはそのシンボルとして、作中設定の1/1サイズで作られたものだったのだ。
知らず知らずの内に、彼はそんな一番要注意の場所へと逃げて来てしまっていたのである。
「こんなの……こんなのありかよ……」
と、彼が泣きそうな顔で嘆いたその時、ゴォっ…と不意にハリケーンのような突風が吹き抜け、二本の細い脚だけで立つ1/1の巨大モデルは耐え切れずに前方へ傾き始める。
「ご、ごめんなさい! もう悪いことしませんから! どうか、どうか許して…うぐぅっ!」
ゆっくりと自分の方へ迫り来るロボットの巨影に、慌てて謝罪の言葉を述べる鷺野であるが時すでに遅し。
次の瞬間にはもう、ロボットの手に握られたピンクの蛍光色に輝くビームの剣先が、彼の胴を真っ直ぐ綺麗に貫いていた。
無論、本物の
「ホッホー! メリ~クリスマ~ス!」
地面にめり込んだ剣に支えられ、串刺しになったまま立ち尽くす鷺野の前に、再びあの陽気で不気味な笑い声とともに黒いサンタクロースが現れる。
「…ごはぁっ! ……ゆ、ゆる……して……」
自分の身に起きたことをわかっていないのか? 大量の血を口から吐き出し、焦点の定まらない眼でなおも許しを請いながら、鷺野は黒サンタの見守る中事切れる。
「ホッホー! これに懲りたらもう悪いことはしないようにの……って、死んではどの道、悪いことはできんんか。ホッホー!」
そうして光の消え失せた鷺野の瞳を覗き込み、ブラック・サンタは好好爺のような笑顔でそう諭すと、一人ボケツッコミを入れて再び躁病的に笑い声を上げる。
「さあて、次はどんな
そして、興味をなくしたおもちゃのように鷺野の骸をそのまま放置すると、もう一度愉しいげに笑い声を上げながら、イヴの夜の暗闇の中へ消えていった。
(
聖者《サンタ》がマジにやってくる… 平中なごん @HiranakaNagon
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