Ⅲ 鉄道模型

「――ハァ…ハァ……電車を使うぞ! とにかくヤツに捕まらないよう遠くへ逃げよう!」


「ちょ、ちょっと待て! …ハァ…ハァ……電車は危険だ!」


 どうにか駅前にたどり着き、そう言って構内へ駆け込もうとする鷺野の腕を玉篠が乱暴に掴んで止める。


「…ハァ……ハァ……さっき、あのサンタの言ってたこと憶えてるか? 八尾はリクエストしたプレゼントの〝ラジコンカー〟で殺された。つまり、俺達もあのハガキに書き込んだもので殺るつもりだろう……俺は〝鉄道模型〟だったからな。おまえだって巻きぞい食うかもしれないぞ?」


 上がった息に途切れ途切れになりながらも、玉篠は冷静に状況を判断して鷺野にそう忠告する。


「…ハァ……ハァ……俺は〝Gプラ〟か……そ、そうだな。自分の頼んだものだけで殺されるとは限らない。ここはタクシーにするか……タクシーっ!」


 その考えに鷺野も肩で息をしながら苦しそうに頷くと、早々、手を高く上げて駅前に屯するタクシーを呼び止めた。


「と、とにかくどこか遠くへ行ってくれ!」


「あ、いや、線路沿いは避けてくれ。それから、おもちゃ屋があるようなところもダメだ! そうだ! 高速に乗ってくれ! 金はいくらでも払う!」


 ドアが開くのを待つのももどかしく、急いで乗り込んだ鷺野と玉篠は曖昧な行き先を口早に伝える。


「はあ……それじゃ、とりあえず首都高へ乗りますね」


 そんな訳のわからない注文ではあったが、運転手は淡々とした口調でそう答えると対照的に落ち着いた様子でタクシーを発進させる。


「……すまない、もっと急いでくれ!」


「とにかく、早く遠くへ!」


 さすがイヴの夜に走っている車は少なく、タクシーは通常の速度でスムーズに進んで行くが、イライラと後部座席で貧乏ゆすりをする二人は運転手を急かす。


「はい……」


 それに運転手はちょっと不服ぎみに返事をすると、法定速度ギリギリにタクシーを走らせた。


「……ん? なんだ? やけに信号長くないか?」


 だが、しばらく行くと、それまで順調に進んでいたタクシーは長い赤信号に捕まってしまう。


「どうやら大物とカチあったみたいですね。ほら、あれですよ」


 首を伸ばし、前方を渋い顔で覗っていた運転手が顎で指し示しながら二人に教える。


「……なっ!?」


 身をかがめ、フロントガラスからその顎の先に視線を向けると、それは巨大なトレーラーの背に乗せて新幹線の新車両を運ぶ一団だった。


 工場で作られた新幹線は鉄路で運ばれることももちろんあるが、こうして通行量の少ない深夜、一般道を使って運ばれることもあるのだ。


 とはいえ、それに遭遇するのはものすごく稀なことであるが……。


 黄色い注意喚起のライトが点灯する中、その場を動けないタクシーの前をゆっくりと新型新幹線の巨体が通り過ぎて行く。


「……ば、バカな……こんなの反則だろ?」


 そのどう見ても仕組まれたとしか思えないレアケースに、巨体をじっと見つめる玉篠は真っ青い顔でツッコミを入れる。


「おい、これってヤバイパターンだろ? も、もうここでいい! 釣りはいらないからここで下ろしてくれ?」


 鷺野も顔面蒼白に近未来的デザインの車両を見つめていたが、慌てて財布から一万円を取り出すと、それを運転手に差し出してドアを開けるよう催促する。


「ええ? いいんですか? もう少し待てば、動けるようになりますよ?」


「いい! いいから早くしてくれ!」


 怪訝な顔で法外な報酬を躊躇う運転手に、玉篠も血相を変えて大声で急かす。


「まあ、そうおっしゃられるんなら……ああ、でもお釣りは…」


 小首を傾げながらも言う通りドアを開け、律儀にも釣銭を渡そうとする運転手であるが、二人は待つこともなく外へと飛び出している。


「そ、そうやすやすと殺されてたまるか! ともかくあれから早く離れるぞ!」


 飛び出すや新幹線に背を向け、そう叫びながら走り出そうとする玉篠だったが……。


「あっ! 危ない!」


 不意にそんな声が聞こえたかと思うと巨大な車両がグラリ…と横に傾き、そのままトレーラーの荷台からゴロンと転げ落ちたのである!


「ば、バカな…」


 当然、固定されているはずなのに転げ落ちた新幹線の新型車両は、その巨体に似合わずさらにゴロンと一回転すると、唖然とそれを見つめる玉篠の上に覆いかぶさる。


「うわぁっ! ……た、玉篠ぉっ!?」


 衝撃に尻餅を搗き、思わず目を瞑った鷺野が再びその瞳を開くと、目の前には壁のように立ちはだかる真っ白い新型車両の巨体と、その下から溢れ出す真っ赤な玉篠の鮮血がスライド映像の如く黄色い点滅等の中に映し出されていた。


「や、八尾だけじゃなく、玉篠まで……」


「ホッホー! メリ~クリスマ~ス! やはり鉄道といえば新幹線が一番人気かと思ってのお。それともSLの方がよかったかのう? ホッホー!」


 立て続けに二人の仲間を失い、尻餅を搗いたまま呆然自失となる鷺野の耳に、またも聞き憶えのある不愉快な笑い声が聞こえてくる。


 無意識にその声の方へ目を向けると、横倒しになった新幹線の上にはまたしてもあのブラック・サンタが場違いに腰かけていた。


 その手には新幹線の模型を持ち、今起きたことを再現するかのようにクルクル捏ね回して弄んでいる。


「さあて、残るはおまえさんだけだのう。確かリクエストは〝Gプラ〟じゃったな。どんなやつがお望みかのう?」


 まるで金縛りにでもかかったかのように指一本動かせず、じっとそちらを見つ続けてしまう鷺野に黒いサンタはそう問いかける。


「……い、イヤだ……お、俺はまだ死にたくない……た、た、助けてくれええぇぇ~っ!」


 詰まった喉から震える声を搾り出し、石のように固まった体を無理矢理に起こした鷺野は、再び黒サンタが闇に消えるよりも早く、踵を返すと転がるようにして走り出した――。

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