Ⅱ ラジコンカー

「――フゥ~…飲んだ飲んだぁ~!」


「今日はありがとね~サービスするからまたよろしく~」


 その夜、遅くまで酒を飲み歩いた鷺野達三人は、最後のシメに行ったキャバクラを出て、ようやく今夜のパーティーをお開きにしようとしていた。


「ねえ、ほんとに今夜ダメなのお? うちらのマンションで飲み直そうよお。夜景もスゴく綺麗だよ?」


 お見送りに出て来たキャバ嬢達を気分よく酔っぱらった鷺野が口説く。


「ごめんねえ。今夜はイヴだしぃ忙しいんだぁ。仕事終わった後もいろいろ付き合いとかあるしぃ~」


 だが、若くてカワイイ外見に反し、百戦錬磨のベテランである彼女達にはていよく断られてしまう。


「ちぇ~しょうがない、それじゃ、そこらでナンパでもして帰るかあ」


「三人か……なかなか難しいミッションだが、金の力を持ってすればなんとかなるか」


「あ。駅前行った方が女の子いっぱいいそうだよ?」


 それ以上しつこくつきまとっても怖いお兄さん達が出てくるだけなので、あっさり諦める鷺野に玉篠と八尾も賛同し、三人はキャバクラのある裏通りから表の大通りの方へと歩き出した。


「いや~ここら辺もイルミネーション綺麗だねえ~」


 歩道を駅の方へと向かいながら、大通りの街路樹を彩る照明に鷺野が感嘆の声を上げる。


 道の左右、ずっと遠くまで等間隔に植えられた何十という街路樹には、蒼白いLED電球が枝に積もる雪のように飾り付けられ、まるで雪深い森の中を歩いているように感じる。


「だな。野郎三人じゃ花のないのも甚だしいが、なかなかにいいイヴの夜だった」


「な~に。イヴの夜はまだまだこれからだよ!」


 酒の熱を帯びた瞳で光の回廊を愛でる鷺野に、玉篠も感慨に浸ってキザなことを漏らすと八尾が浮かれた声で反論する。


 楽しいイヴの夜の酒宴に、三人は先刻の不気味な出来事のことなどすっかり忘れさってしまっていた。


「さあ! いっちょがんばってナンパするぞっ…」


 だが、一歩前へ出た八尾が二人の方を振り向き、そう言いながら意気揚々と拳を挙げた時のことだった。


 キキーッ! 


 …と耳障りなタイヤの軋む音がしたかと思うと、突然、巨大な赤い物体が二人の目の前を横切り、そこにいたはずの八尾の姿がその赤い影ととももに掻き消される。


「……ハッ! や、八尾っ!?」


 一拍置いた後、その影を追った二人の目に映ったものは、歩道脇のビルに突っ込んだ赤いスポーツカーと、凹んだその車体の先端と砕けた壁の間に押し潰された八尾の肉体だった。


「八尾っ! だいじょぶか!? しっかりしろ!?」


 一瞬にして酔いも冷め、二人は慌ててビルにめり込んだ八尾のもとへと駆け寄る。


「……だ、ダメだ……これじゃ、生きてる方が不思議だ……」


 だが、ペシャンコになった八尾は四肢もダラリとありえない方向へ曲がって垂れ下がり、大量の血を口から流したその顔は、瞳孔を開いたまま力なく項垂れている。


 玉篠が思わず呟いた通り、一目でそれがすでに骸であると、誰にでも容易にわかるであろう。


「くそうっ…!」


 なんの前触れもなく、唐突に目の前で仲間の命を奪われ、言いようのない怒りが込み上げてきた鷺野は砕け散ったフロントガラスの奥を睨みつける。


「なっ……!?」


「……おい、どうなってんだ?」


 同じく玉篠も覗き込むが、そこにはどういうわけか運転手が乗っていなかった。


 横や後の座席にも誰一人乗ってはいない。周りを見渡してみても、追突の衝撃で外に投げ出されたのではないようだ。


「ホッホー! メリ~クリスマ~ス! リクエストどおりにラジコンカーのプレゼントだ」


 不可解な状況を前に、狐に抓まれたような面持ちで二人が呆然と佇んでいると、そんなどこかで聞いたような笑い声が頭上より響いてくる。


「プレゼント、どうやらよろこんでくれたようじゃのぉ……死んでしまうほどに。ホッホー!」


 見上げると、そのビルの屋上の縁には黒いサンタの格好をした長い髭の老人が、両手にラジコンのコントローラーを抱えて座っていた。


「…………!?」


 とても現実のものとは思えないその光景に、鷺野と玉篠は小刻みに震える眼を大きく見開いて固まってしまう。


「さあて、今度はどっちの悪い子にプレゼントをあげようかのう? ホッホー!」


 二人が石のように動けぬまま見上げていると、黒い服を着たサンタクロースはそう言って闇に溶け込むようにして消えてしまう。


 それと入れ替わるようにして、周辺にはただならぬ衝突音を聞きつけた通行人達がちらほらと集まり始める。


「……黒いサンタだ……あのハガキにあったブラック・サンタがほんとに来たんだ……」


 ヒソヒソと野次馬達が周囲で囁く中、鷺野はようやく口が利けるようになると、今は誰もいない屋上をじっと見つめたまま、まるで譫言うわごとのように呟く。


「まさか……まさか、こんなことが現実に……だが、これがほんとに現実だとしたら、今度は俺達のどちらかが八尾みたいに……」


 俄かには信じられないことであるが、実際に目の前で起きた事実には逆らえず、いつも理知的な玉篠も半信半疑ながら、その現実を受け入れると次に起こるであろう悲劇を予測する。


「……う、うわあぁぁ~っ…!」


 鷺野もそこへ思い至り、突然、大きな悲鳴を上げると野次馬達を押し退け、一目散にその場から逃げ出す。


「お、おい待てっ! 俺だけ置いてくなっ!」


 それを見て、遅れをとった玉篠も文句をつけながら慌ててその後を追う。


 そうして二人は深夜の街に狂人のような雄叫びを響かせながら、蒼白い光の雪の積もった森の道を全速力で駆け抜けた――。

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