Ⅰ サンタさんからのお手紙
夕陽を浴びてオレンジ色に輝く、瀟洒なタワーマンションの一部屋に、大きなステレオのスピーカーからはジャズの名曲「聖者が街にやって来る」が陽気に流れている。
その自然とわくわくするようなリズムに包まれたフローリング床のリビングの中央では、座卓に向かい合って座る二人の若い男がノートパソコンをカチャカチャ弄って各々の仕事に励んでいる。いずれもこざっぱりとした、ラフなセーター姿の爽やかな青年である。
「たっだいま~! みなさん、本日の収益で~す! 今日も500万円の入金ありました~!」
そこへ、外から戻って来たもう一人の同じような歳恰好をした短髪の青年が、なんだか妙に軽いノリで貯金通帳を掲げながらそんな報告を二人に伝える。
「まあ、まずまずの成果だな。欲を言えば一日平均800万くらい欲しいところだが、これで愉しく年が越せそうだ」
二人の内の一人、細いメガネをかけたどこかインテリの香りがする方の人物が、パソコンの画面を見つめたまま、それでも満足そうに答える。
「その前に今夜はイブだろう? ってことで、今日の仕事はこのぐらいにして、パ~lっと街に繰り出そうぜ?」
対してもう一方の少々茶色がかった髪をした、なにやらベンチャー企業の社長にでもいそうなタイプの青年は、顔を上げるとにこやかに笑みを浮かべ、あとの二人を促すようにそう言った。
高級なタワーマンションに設けられたオシャレな職場で、ブラック企業のように残業もなく、順調に収益を伸ばす楽しそうな職場……一見、なんとも羨ましそうなライフスタイルであるが、その実、とても羨ましがれるようなものではない。
なぜならば、彼らは〝架空請求詐欺〟の犯人グループなのだから。
「ああ、そういや、こんなハガキがポストに入ってたよ? しかも往復ハガキ」
戻って来た短髪の青年――
「往復ハガキ? 架空請求メールへの返信か? もう、電話しろって書いてあるのに、ちゃんと文章読めよな」
その言葉に、茶髪をした彼らのリーダー格――
「いや、それならデタラメな住所書いてるからここに届くはずないだろう……んん? なんだこれは!?」
それに、やはり微塵も悪びれることなく、平然と自分達が嘘吐きであることを根拠に反論するメガネの青年――
「ん? ……ええっ!?」
同じくハガキを覗き込んだ鷺野も思わず目を丸くして唖然とする。
なんと、差出人の部分には〝サンタクロース〟と書かれていたのだ。
「ね? なかなかウケるっしょ? 僕も見た瞬間、ポカーンとしちゃったよ」
二人の反応を見て、それを運んで来た八尾は自慢するように笑顔を浮かべて言った。
「なんだ、ただの悪戯か……わざわざこんなもの送りつけるとはご苦労なことだ」
そのどう見てもありえない人物名に、玉篠は当然、そう判断を下す。
「にしても、ずいぶんと楽しい悪戯じゃないか。なになに……あなたの名前と、欲しいプレゼントを書いてください……か。まさに〝サンタさんへの手紙〟ってわけだ」
そのハガキの往信部分にはそんな文言がプリントされており、鷺野はまだ純真無垢だったこどもの頃に、サンタクロースに宛てて書いたプレゼントのリクエストを思い起こした。
「八尾、おまえ、こどもの頃、サンタさんにどんなもんお願いした?」
なんだか興をそそられた鷺野は、ハガキを玉篠から奪うとペンを取り出し、そんな質問を八尾にぶつける。
「あ、僕はだんぜんラジコンカー! 小さい頃から車好きだったからね」
「八尾はラジコンカー……と。じゃ、玉篠は?」
ノリよく手を挙げて答える八尾の名前とリクエストをハガキに書き込むと、次に玉篠へも同じことを鷺野は問う。
「フン。実にくだらん遊びだ……そうだな。確か鉄道の模型をよくねだっていた。あの電動で走るヤツだ」
小馬鹿にすうように鼻で笑い、まるで興味なさそうな態度を玉篠は見せながらも、やはりつられるように幼い頃を思い出し、天井を見上げながらそう答える。
「じゃ、玉篠は鉄道模型をください……と」
「そういうおまえはどうなんだ?」
ふざけて、こどものような言葉使いで聞いたリクエストを再び書き入れる鷺野に、今度は逆に玉篠の方が尋ねた。
「俺か? 俺はそうだなあ……やっぱり某国民的ロッボットアニメのプラモデルかな? 鷺野繁人、
訊かれた鷺野は少し考えてからそう返事をすると、その当時ハマっていた世界的ヒットを続けるプラモデルの名を二人のリクエストの後に記した。
……と、その時。
プルルルルル…!
けたたましく部屋の固定電話が鳴った。普段、彼らの
「お! 本日最後の客様からの電話だ。さあて、丁寧な対応を心がけて、しっかり巻き上げなくちゃ……もしもし、こちら○○税務署です」
普段の経験からそう判断した鷺野は、すぐさま受話器を取り上げると、架空請求のために偽っている税務署職員になりすます。
「ホッホー! やあ、サンタのおじさんだよ。お返事ありがとう。君達のリクエスト、ちゃんと受け取ったからね」
だが、電話の向こうから聞こえて来たものは彼の想像とはまったく別のものであった。
「……!?」
受話器を耳に当てた鷺野はそのやけに陽気な老人の声に何が起きたのかわからず、その場で呆然と立ったまま凝り固まる。
「な……!?」
「え……!?」
だが、固まったのは鷺野ばかりではない。同じく玉篠と八尾も、目を真ん丸くして唖然と動きをとめているのだ。
どういうわけか電話が外部スピーカーモードに切り替わっており、その声は二人にも聞こえていたのだ。
「今夜、プレゼントを渡しに行くからちゃんと良い子にして待っててね……いや、君達は悪い子だから今さら良い子にしてももう遅いか。というわけで、お馴染みの赤いサンタさんに代って、この私、ブラック・サンタがプレゼントを持って行くよ! さあ悪ガキども、楽しみにして待ってな…ホッホー!」
電話の声は一方的にそんなことを言うと、ガチャリと唐突に切れてしまう。しかも、それまで躁病並みに陽気だった老人の声は最後に不気味なしわがれ声へと変わっていた。
「……な、なんだよ、これ?」
プー…プー…というだけになった電話の前で、いまだ受話器を耳に当てたまま、血の気の失せた顔の鷺野は呟く。
「……お、おい! さっきのハガキ、どこ行った!?」
「……え? あれ!? 今までここにあったと思うんだけど……あれ? えっ? どこ行ったんだろ?」
ようやく気を取り戻した玉篠がハガキのことを思い出して八尾に尋ねるが、八尾がいくら辺りを見回しても、そこにあったはずのハガキは煙のように掻き消えてどこにも見当たらない。
「……わ、悪い冗談だ。ハガキだって何かのトリックに決まってる! なんて手の込んだ悪戯だ!」
目の前で起こった怪奇現象に玉篠は震える声をなんとか絞り出し、無理矢理、自分に言い聞かすようにしてそう叫ぶ。
「そ、そうだよね……うん。イリュージョン並みに手に込んだただの悪戯だ……」
玉篠の言葉に八尾も本心ではそう思っていないながら、表面的にはそう頷いて納得した振りをしてみせる。
「……さ、さあ、こんなくだらない悪戯になんかいつまでも付き合ってないで、早くイブの夜を楽しみに行こうぜ?」
一瞬間をおいて、鷺野も受話器を置くと強引に気を取り直し、わざと明るい声で改めて二人をそう促した――。
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