胡蝶ヶ夢

……妾の言葉を聞いて動きを止め、瞳が閉じられて一刻。


ゆっくりと開かれた。

落ち着いた面持ちで妾を見つめる。

ややあって。


「……姫」


この姿でもそう呼べる者は一人しかいない。


「……そなたも来たか」


もう会えぬと思っていた。

無意識に父たらんとする者を求めていたようだ。


「運命の悪戯でしょうか。姫の身体を食べたあとにすぐ食われなかったのは」


食われる? ……そういうことか。


「食われるのがわかっていて? 」


……妾は馬鹿だ。


「そなたは馬鹿だ」


涙が溢れる。


「馬鹿ですよ。貴女のためなら何だって出来る。……ですが、命拾い出来たと思ってしまった瞬間、姫に逢いたくなったんです」


涙を指で拭われた。

どうせ死ぬならと誰も愛せなかった自分が悔しい。


「子種が……子種が出来たのじゃ。一緒に育ててくれまいか」


人間になれたことでしあわせを手に入れられた。

少しくらい欲張っても良かろう。

彼との入れ替えを願い、叶ったのだから。


「はい。ずっとお傍におります、姫」


人間は何としあわせな生き物だろう。


「……しかし、その男は妻子がおってな」


思案顔をした後、


「彼の記憶からどうにかしましょう」


言葉を選ぶことに長けた男だ。

だが、それが少し不安になる。

頭のいい男は好きだが、人間とは不思議なもの。

完璧を求めながら不完全に寄り添い、完璧に不安を覚えてしまう。

だから、彼にも不器用な面があったことに安心を覚えた。


……やっと手に入れた求めた夢。

無くさぬよう、零さぬよう、大切に生きよう。



━━羽を捨てた蝶の夢。

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