第4話 和解のち商人カーテナ

「うぐぐ……」

「おや、ようやく起きましたか」


 顔中ひりひりしてるし、目が半分くらいしか開かない。それでも二つの山稜と見下ろすセルフィの顔は見えた。何故か分からないが、膝枕をして貰っているようだ。そこら辺に打ち捨てられても文句は言えないんだけどな。


「全く、弱いのに無茶するからですよ?」

「……」

「私のこと受け止めようとして、結局受け止めきれてないじゃないですか。バカですね、もう」


 棘のある口調とは裏腹に表情はとても柔らかく、頭を撫でる手付きは優しい。え、なんでこんな急にデレてんの? 逆に怖いんだけど。俺が動揺しているのが伝わったようで苦笑される。


「いいんですよ、充分です。あなたが責任を取ろうとした事は伝わりましたし、そうでなくとも一発殴って許すつもりだったのは確かですから」

「そんな」

「内心、もっと嫌なヤツなんじゃないかと思ってたんです。私の事をおもちゃにしてへらへら嘲笑うような、『お前の顔は見ものだったぞ』とかのたまったりするような」


 違う、と言い切れなかった。俺が彼女を『アルディナート』で使うおもちゃにしたのは、何一つ間違っていないからだ。生きてるなんて知りませんでした、なんて言葉で済ませて良いわけが無い。


「ああもう、いいんですってば。だからそんな顔しないでください」

「だけど、俺は」

「事実、私は辛い人生を送ってきました。ですが、あなたは私の人生を受け止めてくれるのでしょう?」


 当然だ。彼女の歩んできた茨の道は、俺がここまで敷いたものなのだから。そのことを受け入れるくらいの責任感はある。見た目若くなっても、中身は40歳だからな。人前では大人として恥のない言動は心がけているつもりだ。


「だからいいんです。許してあげます。だから、あなたも自分を許してあげてください」

「あ……」


 さすがレベル1000の感知力だ、伊達じゃないね。俺が目を背けていた"許されたい気持ち"までばっちりお見通しじゃないか。もう全部バレてるんだろうな。


「今後は罪悪感から来る自傷行為を控えてくださいね、そんな事されても困っちゃいますから」


 俺を駆り立てていたものが、彼女の許しを得て消え去る。張り詰めていたものが急に無くなって安心したせいだろうか。情けないが、泣けてきてしまった。


「ご、ごめん……ごめんなさい、俺…」

「はいはい」

「ごめん、なさい、うああ……」


 なんで俺が泣いてるんだとか、泣きたいのはセルフィの方なんじゃないのかとか考えながらも感情が止められず、しばらく彼女の胸で泣き続けてしまった。身体が若くなって、感情が過敏になっているということにしておこう。



 * * * * * * * * *



「落ち着きましたか?」

「ごめん、泣きたいのはセルフィの方だろうに」

「ふふ、そこから間違っているのです。確かにある時までずっと一人で泣き続けていました。今はもう前を向けているんです。十分泣いたんですよ、私は」

「…そっか」

「まあ、あなたに言葉を贈るとしたら、そうですね……」


 逃げずに皆のことを思ってくれて、ありがとうございます。


 そう微笑んだ彼女に、またしてもうるっと来てしまった。健気すぎやろこの子。


「ああもうこれくらいで泣かないでくださいよ、めんどくさいですね」

「ごめ、ふぐぅぅぅ……」

「ぷふ。泣き顔ぶさいくですねあなた」

「うるせえよおおぉ…」

「ぷふふ」

「うぅ、ふ、ふへへへ」


 なんだかあほらしくなって思わず笑ってしまった。

 本日2回目の落ち着きの後、改めて自己紹介とこの世界での目的を確認し合った。


「では主、その<ポップポイント>と<邪神ダンジョン>を潰して回ればいいんですね」

「そうだけど、その"主"って言うのなんとかならない?」

「なーにを仰いますか。私の人生を好きにできるあなたーが? 主でなくてなんだというのでしょーか」

「勘弁してくれ……」

「しばらくイジって気が済んだらやめますよ」


 もうどうとでもしてくれ。


「この森を西に行くとひらけた細長い空間がありますね。きっと街に続く道です、行きましょう」

「わかった、行こう。しっかしどうやって見つけたんだ? 魔法っぽいことはしてなかったけど」

「聴力強化の内魔術スキル…こちらでは魔法でしたか。それを使いました。1km半径くらいのことなら大体分かりますよ」


 火球や雷撃といった外へ放出する魔術を外魔術、聴力強化ように内部で留める魔術を内魔術分類するそうだ。セルフィ曰く、音を拾える人だけなら割と多く居るらしい。聞こえた上で音源がどの程度の距離にあるのか、そもそも音源は何なのかを判別できるとなると、数えられるほどしか知らないとも言っていた。彼女も当然のようにできる。


 アルディナートで感知力の高さは行動速度に関係する程度の認識だったから、実際は判別力のようなものだと聞いて驚いた。俺もできるようになりたいという話をしてみた。


「まずは身体を鍛えるとこからです。そんなんじゃ剣も振れませんよ」

「あっはい」

「私を受け止められるくらいには、強くなってくださいね」


 その台詞と笑顔のコンボはズルいと思う。おじさん頑張っちゃうじゃないか。20歳だけど。と、雑談をしているセルフィの目付きが突然険しくなった。


「女性の悲鳴が聞こえました。その周囲にも足音が10程。恐らく人間です」

「まさか、襲われてるってことか!?」

「……そのようです。チッ、下種が」


 心底から汚物を吐き捨てるように言う。女性、下種、と来れば何が起きようとしているかは容易に想像できる。彼女に俺を置いて助けに行くように言ったが、ほっぽらかして魔物に襲われたらどうするんだと断られてしまった。


「主は雑魚じゃないですか。だっこしてあげるので一緒に行きましょう」

「いやそれは男としてのプライドがですね…?」

「本当にめんどくさいですねあなた。しょうがない、何かあったら叫ぶんですよ。私以外に殺されるなんて許しませんからね」


 ため息を吐きながらも、なんだかんだ合わせてくれるセルフィちゃんである。そんな彼女にもう一つお願いをすることにした。


「セルフィ、襲っている男達を生け捕りにできないかな?」


 あんまり殺すのはなー、くらいの簡単な気持ちで提案したのだが、出会った直後のような威圧が飛んでくる。思えばエルフ達を殺したのはこういう奴等だ。やばい、地雷踏んだ。


「いいですか、主。相手の命に情けを掛けられるのは強者の特権です。私は強者ですから、主がそうしろと言えばできます」


 怒りながらも淡々と諭すように。何も知らない子供に、物を教えるような口調で。俺の考えていたことよりも優しい理由で、鋭利な言葉を突き刺してくる。


「勘違いをしないでください。主は弱者です。相手の命など考えず、自分の事だけを考えてください。躊躇わず殺せる覚悟を持ってください。でないと簡単に死にます。今すぐとは言いません、ですが必ず避けられない時は来ます」


 それまでにはどうか、と言い残してセルフィは見知らぬ女性を目指して駆け出す。木々の合間を縫って行く彼女に俺は何も言えず、立ち尽くすだけだった。



 * * * * * * * * *



「きゃあっ! 何するの、離して!」

「悪く思うなよ嬢ちゃん。これも仕事なんでなぁ」


 護衛として雇った7人の男達が私を拘束したのは、隣街で取引先との交渉を終えた帰り道のことだった。最近あまり使われなくなった迂回路の、それも街と街の丁度半ばほどで人通りが少ない場所。残っている護衛の女達3人も、ニヤニヤしながら眺めていて助けようともしない。行きには何の問題も無く仕事を果たしてくれたため、完全に油断していた。


「へへ、結構良いカラダしてるじゃあねぇか。こりゃあ楽しめそうだな」

「殺しさえすれば好きにしてイイってコトだったよな? もう辛抱たまンねぇぜ」

「何故こんなことを! やめて、やめてください!」

「怖がってる顔も可愛いなぁ?」

「ひっ」


 べろぉ、と頬を汚い舌で舐められる。気持ち悪いし臭い! 振りほどいて逃げ出したいが商人の私じゃ力で勝てない。そもそも恐怖で力が入らない。つい先刻まで他愛ない談笑をしていた相手が豹変するというのは、理解を拒むほどおぞましかったのだ。


「こうして見るとやっぱでけぇな」

「揉みしだきてぇな」

「バッカ、揉むなら直だろ」

「じゃあ脱がせっか」


 父から誕生日に貰った服のボタンが、一つ一つ外されていく。私を守ってくれている壁が少しずつ削られるように感じた。恐怖に思わず目をつむる。


「ひとーつ、ふたぁーつ」

「いや! やだ、やだ! 助けて! 誰か!」

「くく、わざわざ森の深いところまで待ったんだ。誰も来やしねぇさ」

「来るんですよね、それが」

「うへへ、へ……?」


 3つ目のボタンに手を掛けていた男がゴキャ、と耳の塞ぎたくなるような音を立てて吹き飛んだ。私が怖々目を開くと、そこには漆のように黒く、それでいて金塊のように輝く髪を揺蕩たゆたわせる女性が佇んでいた。その幻想的とさえ言える美しさと力強さに見とれてしまった。


「なんだてめぇ、どこから来やがった…?」

「いや、それよりいつから居たんだ?」

「女共は見てなかったのか!?」

「あ、そこで伸びてます」


 指差す方には私を羽交い絞めにしている2人を除き、飛んでった男を含めた8人が倒れ伏している。何が起こっているのか全く分からない。ボタンを弄っていた男は派手な音を立てたが、残りの7人は全くの無音のうちに仕留められていた。まるで御伽噺に出てくる死神のよう。


「覚悟しろよクズ共。跡形も無くなるまでぶっ殺してやる。と言いたいところなんですが、主から殺すなって言われちゃったんですよね」


 はーやれやれ、困っちゃうわと頬に手を当てる女性。すると、左腕を拘束していた男がかくんと崩れ落ちた。えっ? 反対側の男も私を掴むことすら忘れて、くず折れた男と女性へ視線を往復させている。


「全く、獲物を前に舌なめずりをするのは三流ですよ?」


 さてどうしましょうかね、こいつ等。と考えた素振りを見せる。あの、まだ一人残ってるんですけどいいのかな…?


「お、オレが残ってるのに舌なめずりしてるのはお前じゃねぇか」


 あっ、この人言っちゃった! 少し思ったけど失礼だと思って言わなかったのに! でもこの状況で言えるその勇気だけはスゴいと思います、ええホント。


「……」

「「……」」


 男はめぎゃっと今日一番にエグい音を鳴らし、それはもう綺麗なアーチを描いて遠のいていった。いつの間にか女性の手には、銃身が足の長さほどもある銃が握られている。銀色のボディをいくつもの青白く光るラインが装飾しているそれは……魔導銃、かな? 詳しくは知らないけれど。


「く、口は災いの元と言う事も覚えておきなさい」


 ブーメランが返ってくるとは思っていなかったようで、ほんのりと頬を染めている。そこだけ見れば美人の可愛らしい一面なのに、照れ隠しが物騒すぎる。用がなくなったとばかりに、魔導銃が砂となってサラサラと風に流れていく。ああ、あんなに高そうなものが! なんて、危機が過ぎると考える余裕まで出てくる。


「すみません、でかい子供に教育していたら遅れました。怪我はありませんか?」

「へっ? あ、いえ! 全然大丈夫です、はい」

「そうですか、なら安心しました」

「危ないところを助けていただき、ありがとうございます」


 精度や燃費の問題から不人気な武器だったかな? とか意識を取られていたら謝られてしまった。慌ててお礼を返す。間近で見ると顔立ちの端整さが際立つように感じた。吊り上がっていた目尻は柔らかくなっており、それだけでもう危険は無いと確信させられてしまう。


「あの、本当になんとお礼を言ったら良いのか」

「気にしないでください、打算もあって近付きましたので」

「私はカーテナ=カーバンシーと申します。できることでしたらなんなりと」

「セルフィです。最寄の街へ行きたいのですが、身分証も無い身でして」

「丁度街へと戻る道中なのです、どうかご一緒ください」


 彼女は戦闘慣れしていたし、恐らく冒険者だ。冒険者は街を行き来することが多く、定住する必要がある身分証を持つ者は少ない。冒険者ギルドの"タグ"も身分証明になるのは相当な功績者からで、殆どは職業証明にしかならない。だから今回の経緯を説明すれば街へスムーズに入れるし、もし定住することになった時の審査も『人助けした事実』によって多少軽くなる。実質護衛になって貰う形だし、帰ったらきちんとお金も支払おう。入り口で税も取られるしね。


「遠慮なく同伴させていただきます。連れが一人いますが、お願いしても?」

「勿論です」

「もうすぐ来るはずで……あれ?」


 細長く形の綺麗な眉を寄せて、首を軽くかしげるセルフィさん。おでこに手を当て、大きなため息を吐く。何かあったのかな。


「連れが迷子のようですので、引っ張ってきます。少し待っていてください」

「分かりました、その間に彼らを縛っておきます」

「あ、それはやっておきましたよ」

「早っ!? あ、すみません」

「ふふ、大丈夫ですよ。では少々失礼します」


 ふっと微笑むとかろうじて見える速度で走り去っていった。一体何者なんだろう…? いけない、今のうちに元護衛を馬車に積んでおかないと。そう思ったけど既に積まれた後でした。さすがセルフィさん仕事が見えない、速すぎて。「主」って言ってたし雇い主がいるんだろうけど、お給料の査定で苦労してそう。


「ただいま戻りました」

「お、俺の男としてのプライドが……」

「ぼっ立って考えてるからです。すぐでなくても良いと言ったのに」

「だけどさ、ねぇ?」

「変に真面目すぎるんですよ、少しくらい後回しにすれば良いじゃないですか」

「しない」

「はあ、好きにしてください」


 セルフィさんはあんまりパッとしない男性を抱えて戻ってきた。なんだか苦悩しているようでうんうん唸っている。髪や肌は清潔にしているようだけど服装も野暮ったいし、あんまりお金は持ってなさそう。


 ……え、これが雇い主?

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