第3話 女神の苦労
無事終わりましたね。人間さんは私が頭を下げるだけで狼狽してくれるので、交渉が非常にやり易いです。こんな頭で良ければ幾らでも下げましょうとも。女神の頭は割と軽いのです。
神の間から神界オフィスに戻り、一息つきます。部長神のアーゼはデスクでぼけっとしていて、相変わらずやる気がなさそうです。私は苦労してきたというのに、全く。
「ふう、なんとか上手くいきましたね」
「あ、カチョー。ドキドキ☆使途送り込み大作戦は上々のようっすね」
「ええ。一瞬ヒヤっとしましたけれども」
彼、式葉 康が対価として給金の話を持ち出した時は焦りました。言質を盾にするために『やります』という言葉を軸として『私からの仕事を遂行する』神威契約を結ばせたのが間違いでした。
神威契約とは"神からの依頼を放棄した者には神罰を、依頼した神が騙せば神格の剥奪を行う"もの。
そのため私が対価として給金を求められて承諾し、履行できなかった場合には"騙った"とされて神格を失ってしまいます。
ですのでもし彼が「代わりに加護を与える」という代替案に頷かなかったら、既に一度提示された対価の変更をしている私に履行能力が無いとされ、先の結末が待っていました。いやあ、無事に済んでよかったです。
「送った使途大丈夫っすか? いきなり死んだりしてないっすか?」
「私を祀った祠の前へ転移させました。魔物払いの効果がありますし、問題は無いとは思いますが……念のため、最初だけ見守ってあげますか」
アーゼは楽しそうに早く早くと急かします。娯楽の少ない天界では、人の子を観察するのが最も人気なのです。それくらいしかないとも言いますが。ちょっとした休憩のつもりが、気付くと80年見続けていた、なんてこともあるので注意ですよ。
私の身長くらいある丸鏡に『神の眼』を使って映させます。さてさて。康様は…と。みつけました。転移場所に不備はありませんし、クリアファイルにはお手製の取扱説明書も付けておきましたし。きちんと一人目を呼べば魔物にやられることもないはずです。
お、召喚をしますね。あの薄いファイルは……あの人ですか。なんなんですか、あの人。どうしてあんなのがちっさな概念世界なんかにいるんですか? 異常ですよ、もう。思い出しただけで震えてきます。
「カチョー? 顔色悪いっすよ? 何かあったんすかー?」
「いえ、彼が今から呼び出す人物が少し、その、ヤバめな人でしてね?」
「カチョーがヤバイって言うって、相当じゃないっすか」
「はい、それはもう。一度転移をこっぴどく断られたので、腹いせで薬草採取の最中に強制転移させてやろうとゲートを作ったんですけど…」
「カチョー性格悪いっすね」
「だまらっしゃい。それでですね、ゲートを作る神力ごと奇跡術式を凍てつかされ、砕かれました。それで『次妙な真似したら殺す』って」
「うわぁ……」
「だってまさかたった一人の人間が作った、それも成長も見込めない『閉じた世界』の住人が、片手間に神殺しできるなんて思わないじゃないですか」
『閉じた世界』というのは、本来成立するはずの無い世界が何かの拍子に成立したものの、成り立ちの大本から独立しておらず、力の供給を受け続けなければ消失へと向かうという残酷なものです。
言わば永遠の胎児であり、地平など世界そのものが途中でぶっつり千切れてしまっているものも少なくありません。
そんなロクに生存もできないような世界にいた『ちょっと強そうな人』が、曲がりなりにも複数の世界を管理している私を瞬殺できるなんて、予想できるわけがないでしょう。
「はぁ。あ、無事召喚できたようです。本っ当に彼の呼び出しにしか応じないんですね」
「なにナーバスになってんすか、しわが増えるっすよ」
「増えませんよ、女神ですから」
アーゼは相変わらず口が悪いですね。頬杖をつきながら康様達の様子を見守ります。…が、なんでしょうか。雰囲気が不穏ですね?
『初めまして、セルフィ=エクィン。俺が君の仇だ』
は? いや、仇って、えぇ? 概念世界とのつながりはほぼ無いはずですし、意味が分かりません。その前に、お二人に戦われると困ります。主に康様の命的な意味で。
「…カチョー、仇とか言っちゃってますけど、いいんすか?」
「良いわけないでしょう!? でもきっと大丈夫です、会いに行った時ちゃんと"主"と彼女も言っていましたし、そんな手荒な事は――」
ゴッッと鈍い音がして、康様が吹き飛びました。
「康様ーーーーーー!?」
「えっらい飛び方したっすねぇ……」
「ちょっと、何暢気なこと言ってるんですか! 早く止めないと!」
『お前の怒りは、存外なかったのだな』
何煽ってんですかあの人ー!?
「まずいですって! 何でわざわざイラつかせるようなこと言うんですか! その人神とか殺せるんですよ! 謝って! 大事にならないうちに謝って!」
「なーんか、意地張ってる男の子の目っすね」
「どうしてそんな冷静なんですか!?」
「カチョーならなんとかできるっすよ」
「あっ、わかった! 人事なんですね!? 自分の担当じゃないからって!」
そんな馬鹿なやり取りをしているうちに、康様へおおよそ人外の連撃が殺到していました。
「うわあああああ死んじゃう! 康様死んじゃうううううううう!!!」
「落ち付くっすよカチョー。あ、すげー3回も縦回転した」
「うるせえぇぇええええええ!! 『頑強』加護最大! 最大! 足りねぇよボケ! 神術は反動が凄いからダメ、えーと、あ、魔力障壁! 神力を魔力に変換、高密度障壁展開! ちょ、秒も持たないって何それふざけんなよ! くっそ、100枚展開! んあぁぁあなんで1枚と100枚が同じ速度で割れるんですか!」
「カチョー、やかましいっす」
「やってられっかちくしょーーーー!!」
その後私は1秒当たり30000枚の高密度魔力障壁を張り、再生魔法と治療魔法を康様にかけながら、威力減衰結界に沈静魔法と麻痺魔法をあの女へ一心不乱に向け続けました。
ようやく康様が抱きかかえられて事態が終息を迎えたとき、私はもう息も絶え絶えでした。あ、ちなみに私の一人称は「わたくし」のお淑やかな女神フルールレンティアです。そこはお間違えなきよう。
「お疲れっす、カチョー」
「……私、帰ります」
「うっす」
今日はもう、胃薬飲んで寝ましょう。
次の日、思いっ切り魔法で介入したことが私の世界エリアリーダーにバレ、始末書含めこってり絞られました。つい言い訳をしてしまいそうになりましたけど、そんなことすると15年くらいお小言をいただくのでグッと堪えます。よくやりました、私。
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