第6話 ああ施錠
ここの丸顔の大家さんは、一言もあたしに相談しなかった。
クシュン
多分、それって欠陥よね。
ほら、アレルギーがこんなに。
秘密にしておきたかったのかしら。
でも、それは無理。
鍵が掛かっていないのよ。
一見ね。ほら、開けっ放しに見えるわよね?
でもこの部屋はセキュリティが凄い。
そう、確かに凄い。
多くの友人を招き入れたけど、とりわけあたしは友人のマキを案内したことを思い出す。
いくらすっかり名も知れた芸能人が王子のように見ず知らずの女性宅に現れ、
「世界が悪い方に傾いている」
と、豪語する。
たとえそうしたところで、どこのどの世界がこのアパートの一室を狙うというの?
勝手にその男性で妄想するけど刑事ドラマの刑事や鑑識たちにさえ踏み込まれでもしたら?オマケにこそ泥なんかと鉢合わせでもしてね。
定員オーバーで全員バッチリ底が抜け落ちるの。
うふふ特別にピンセットで摘まんであげる。
今時珍しくもないでしょ。
「ああ、それで」
目を澄ませる。納得顔、だからね?
自然のセキュリティが凄いとも云えるのは。
目まぐるしい思いが頭を駆けめぐる。
実家の表札の木下(アンダーウッド財団)からあたしの名前が消え、十三年。
いつでも帰っておいでと言われてもね。
家を建て直すとき、言われたわ。
あっさり戦力外通告を受けた連戦連打の豪腕を打ち負かすホームラン王が例えば、それがあたしで、表札に載せてもらえなかったことを根に持って恨んで帰れなかった訳ではないわ。
ただ、納得しているのよ。
これまでの功罪のこと。
十三年間、とにかく施錠された空間で良き妻となることばかりを考えて夫の帰りを待っていた。
これが功。
でも子宝には恵まれなかった。
今時古いっちゅーの。その考え!
それは罪じゃない。
部屋が散らかっても片付けられなかった。
理由があってのことだけどこれは罪よ。
即爆破。
もういいの。
忘れちゃだめだけど。
忘れることは大罪。
それより、どこの馬の骨とも知れない男が見ず知らずの女性宅って気にならない?
え、さっきはそう言わなかった?
そう?妄想していたからよ。
ちなみに女性宅ってあたしの部屋よ。
残念な顔しないで。
あのね、ホームラン王は別に今はどうでもいいわ。
その友人たちは気が気ではなかったのよ。とりわけ友人のマキは殊更あたしを心配していたわ。
「だって男の子よ。男性といってもだから無警戒で部屋に入れたりしたりしたの?」
って聞くから、
そうよ。入れたりしたりしたのよ。だから、したりしたわ。・・・つまり、
それであたしは身籠もった。
完全な異星人、目も鼻も完全な後付け、これには驚いた。
その星に馴れるためのインターン制が導入されているなんて政府関係者しか知らない話。
仮に信じる?あくまで仮だけど。
だから彼は言ったの。
「世界は悪い方に傾いている」
いえ、だからじゃない。結果よ。これは。
一見、鍵が掛かっていなそうな開けっ放しの部屋で起きる超絶な読み愛。
一歩でも足を踏み入れたら、セキュリティ起動、侵入者も逃亡者も容赦はしない。
滞在者と招待客はもちろん別よ。
ちょっと経緯が長くなったけどどう?
あたしと付き合わない?このホームラン王がまた、イケるのよ。
え?銃撃戦が始まってるって大丈夫。
撃ってるのはマキよ。
バカの一つ覚えで「あたしを救う」って毎度お馴染みなの。
あたしも迎撃しないと。
「危ないじゃない。マキのバーカ」
あたしを寝取った男の子がまだこの部屋にいると思ってるの。
外出中だっつーの。
そんで、元旦那と手を組んであたしに腹いせ、どうかしてるわ。
ちなみに男の子って言ってるけど彼曰くあたしより年上だっての。
数千年もね。
いくつ上かはヒマワリの種ほど正確に答えなかったけど、あたしは既に年の差なんて気にしてないのよ。
あなたこそマイディスティニーそう、運命の人。
「帰って来たのね。あなた」
彼は無口。まだあたしに馴れていない。
「あ、後大丈夫。短い付き合いだったけどあたし、泣かないわ」
さよならと唇が動く。
パンッ
短い銃声。
その日、拘束されていたあたしは解放された。
案外容易く、屈辱的でいつものあたしは無敵。そのあたしの今日の反論は小文字のアルファベット、iの頭の点ほど小さかった。
澄み渡る秋の空、マキがレンチで冷蔵庫の修理をしている。
生憎、悪い方の世界は安定していないらしいけど、久しぶりに履いた16センチの黒いヒールにぐらつきながら今の世の中こんなものでもありがたいわ。
16センチ、蹴っ飛ばし。
とかく当てにならないものね。
あははは・・・ははは・・
木下ハニー29歳 早熟自己中、浮気癖あり。
異星人の監禁男にメロメロになるも熱が冷めて反撃に乗り出す。
あたしは木下ハニー。
みんなハニーって呼ぶわ。
よろしくね。
①から⑧までのストーリー コバヤシオサム @osamu-kob
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