第5話 ハングリー・エイプス もう1人のフィル・ジョーンズ
刑務所・・・いや、脱獄は成功したはずだ。
苦しい・・ああ。
どれだけ時間が経った?
おれは生きている。のか?
・・・
そいつは定かじゃない。
胸が苦しく息が止まった。
大量の汗が全身から逃げ、おれはコテンと倒れた。
恐らく、それが今のおれで、おれの成れの果てだ。
この眠りから目覚めても記憶は消えている。
死とは常に隣り合わせ。
椅子に腰掛け待っている。
三日や一週間では、質の高い記憶は品薄状態になる。
どこに繋がるか一生判らない、この穴倉は暗すぎた。
苦情はどこに言えばいい?
政府のやつらか?ありゃ違げー。
混沌とした闇の中、おれは水たまりのような場所で何度か意識が飛んだり跳ねたり。
同日同時刻、あの世へ旅立とうとしていた若者がいた。
真面目な大学生だったんだ。
ベッドサイドを囲む肩を落とす二つの影。
車の窃盗なんてするはずもない。
両親はそう自負していた。
男らしくないまねはしない。
破廉恥な行いは決してしない。
ましてや、警察が関わるようなことなど。
だが、警察は調べれば調べるほど、ホリデーさんお宅のお子様、あなたのご子息のイアンが怪しいとどんどん責め立てて来る。
イアンはもう、二度と証言出来ない。
そう知りながら、警察は容疑を固めていた。
被疑者死亡、容疑は重窃盗。
事実は両親には伏せてある。
警察車両に追われ、事故を起こし、今は重傷であるとニュースは伝える。
事故の模様はあっさりしていて、それ以上の情報はどこにも見当たらない。
真実なんてどうでもいい。
死人に口なし。
名誉や誇りなんて金の力でいくらでもねじ伏せられる。
金だ。
とても血塗られている。
だが新米警官エリスは彼の臓器提供カードを見つけてしまう。
病院に連絡が行く。
家族には、彼の遺族として情報が伝わる。
容疑は消えないが心臓だけは今にも踊り出すんじゃないかってくらい無傷。
ところで記憶する臓器と心臓は言われている。
情報は偏っているだとか言うやつもいて、その情報が正しいかどうかそいつは分からない。
だがそれが確かなことであれば、生前のイアンをたくさん知っているのは彼本人の臓器に他ならない。
三週間後、トーキョーではエグザイル(漂流者)がハングリー・エイプス「腹ぺこ猿の惑星」というパフォーマンスを70人規模の団体で上演中。
いつでも暴徒と化すことが可能な無能な(ある意味有能な)集団だ。
それを束ねるヘッドはとんでもなく危ねえやつと来ている。
「悪いことは言わない。あんたも逃げな。やばいぜ。お嬢さん。この都会(まち)はよぉ」
それに加えこいつら全員を食おうと死神が勢力を拡げている。
言葉に出して言うほど品のある話じゃねぇ。
こいつらの抗争を見た後じゃきっとこの世は地獄に違いねぇ。
「悪いことは言わねえー。逃げるなら手伝うぜ?もちろんただじゃねぇが、今なら安くしとくぜ」
言葉は一方通行らしい。
「あんた、4人まで100万円、その価値はあるぜ?」
あの眼光はノーだ。
「生憎だったね」
とは言葉にしていなかったが、しばらくして、
「あたしには必要ないよ」
次にはしっかり聞こえていた。
左腕のピストルのタトゥー。
これがあたしの名前の代わりって言わんばかり。
男は感じた。
「構わねぇさ。金はあるのか?」
「さっきからうるさいね。あんた、名前聞かせな」
「おれの名前かぁ・・そいつは難しい質問だなぁ」
女は鼻で笑った。
「なぜ?笑う」
「そういうことを言うやつを他に何人か知っているからよ」
「おれが初めてじゃないってことか」
用心棒のピストルとフィル・ジョーンズは、この日、初めてお互いの顔を見た。
「あんた、腕は立つみたいだな?」
以前何回か出会っていて、本当は気付かず、すれ違っていただけかもしれない。
お互いはお互いの影を追いかけていた。
だが決して交わることはない宿命をピストルは感じていた。
だが、今、ここで目にするこの男は、全くそういう感じじゃなかった。
「あたしはここの用心棒よ」
ここ、つまりハングリーエイプスの・・か。
「なら、おれは風来坊、反りは合いそうにないな」
「生憎ね。いえ、生憎、今は用心棒は休業中、仲間を探している。話に乗らない?」
詳細は聞けなかった。
「あははっそう来たか。面白ぇ。フィル・ジョーンズだ。よろしく」
「ピストルよ」
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