第3話可憐なフリシラ
「?」
言葉が通じていないらしい。
耳も僕の声が届いていないらしい。
兄貴の大声にもキョトンとしている。
そもそもお前は誰なんだ?
僕のパパは問い詰める。
だけど顔を近づけるとコロコロ笑う。
パパもお手上げ。
兄貴も構いたがっているけど天の邪鬼な性格でつい、突き放すような態度を取ってしまう。
10年経った。
少女が片時も離さず大事に所持していたパスポートから少女はフリシラといい、無反応な対応ももう誰にもしなくなった。
フリシラにも友達は数人いる。
僕の友達も僕も全然気にしていないけど、パパの態度から彼女とは血の繋がりのないことはすぐに分かる。
でも全くの他人って訳じゃない。
いつもほんの少し気掛かりだ。
学生だったフリシラも卒業し、町に勤め出す。
進学はせず、親同然の僕のパパに報いようと必死に働いた。
兄貴と僕は進学した。
エリート志向の強い兄貴に引き上げられる形で大学生になり、町の要職に有り就くことができた。
兄貴には感謝している。
しかし、いつもフリシラはマイペース。というより、常に優雅だ。
贅沢はしていないけど、気品があって、それでいて控えめ、ウィットに富んだジョーク、僕はひょっとしたら彼女に惚れてしまったのかも知れない。
取調室にいた。
「わたくしは何もしておりません」
フリシラは容疑者扱いされていた。
「そもそもお前は誰なんだ?」
刑事は尋問。
「フリシラよ」
パスポートを見せる。
「これの一体、偽造パスポートだよ。どこからこれを?」
そばにあった書類の端くれを奪い取り、ペンをよこせと目で訴える。
刑事には読めない文字で世界のどの言語とも結びつかない言葉を話し始めた。
3分くらいやって、
「な~んて冗談よ。本気にしないで」
「それじゃ、早い所、本当の話をしてくれ。たかが移民局への報告(君の問題)に時間を割いてられないんだ」
両親はあたしを捨てた。気まぐれなホームレスに育てられた。そしてどういう訳か、友達が七歳の誕生日会に招いてくれるはずだったけど、あたしは間違えて別の屋敷に入ってしまったことを話した。
「エミリーどうしてるかな?もう、大人よね」
「待て、友達の名前をフルネームで」
「エミリー・ヘインズ、ジョンとコートニーの家よ。何か問題ある?」
「君の育ての親の住所からするとヘインズ家はこの辺りになるが、現在、ヘインズ家は没している。父親が殺され、母親がひどい目に遭った事件だ。エミリーは友人たちの助けもあり、元気でやっている」
フリシラは黙っている。
「それじゃこのパスポートは?」
「知らないわよ。どこかの観光客が落としたものよ。偽造だなんて」と言いかけて、
「ええ、路上生活中に拾ったものよ。今は御守り代わり。あたしには名前がなかった」
「その話が本当かどうかこれからジックリ話を聞かなきゃいけないな」
すると、刑事は聴取を中断し外に出るように促す。
何か問題が起きたとでも言ったのだろうか?
「ところで、これからあたしを何処へ連れて行くつもり?」
取調室を離れ、手錠を付けたまま警察車両へ、既に車は走り出している。
「あんた、一人なの?他に刑事は?なら、あたし、悪いことしないからさ。この手錠も・・さ」
ガチャ
手錠は簡単に外れた。
「何?!」
「すまない。本来護送は二人組で車に乗せる所を人手が足りなくてね。私一人だった。こちらの手落ちだよ」
「何を言ってるの?」
「何を、これからそれを話そうって所だよ。君は私の隙を突いて逃亡する。君の罪に逃亡罪が追加される」
信号に捕まる車両。
「それで」
「私は暴れる君を抑えきれず致命傷の一撃を君に喰らわすんだ。な、とても簡単だろ?これなら君にも理解出来るはずだぞ」
「何言ってるの!あんた、あんた、刑事じゃないの」
「フリシラ、いい名前だよ」
ジリジリ詰め寄る刑事。「さあ、降りろよ」
人気もない郊外。
「私にも問題がなければ良かったんだ」
銃口を向けられビクついているフリシラ。
「君は問題そのもの、そして問題の種さ」
「死ねって言うのね。あたしに」
「ああ、その通りだ。今になって何故現れたんだ?ア!あのまま、野垂れ死んでくれたら良かったんだよ!」
「あなたは誰よ?」
「君にはなかった名前を付けるべきやつさ」
「覚悟はしているわ」
「それじゃあばよ」
「ええ、そのつもりよ?サヨナラお馬鹿さん」
パンパンと二発の銃弾が銃口から発射された。
「エミリーありがとう」
「あたしの方こそ、子供の頃の約束が今頃になって、でも彼はあなたの・・」
「そうかも知れないわ。でもあたしだと思ってエミリーあなたを殺そうとしたのよ。ざまあみろよ。だけど・・」
「だけど?」
「いえ、何も」
あの日、ヘインズ家にあたしが招かれていたら、きっとあたしは、エミリーの父親に今よりもっと早く地獄を見ていただろう。
だけどエミリーへの信頼は変わらない。
「エミリー、その拳銃をあたしに」
「?」
「自首するわ」
「それは違う。これは、結果よ。正当防衛だわ。こいつの罪を暴けばいい。任せて」
「どういうこと?」
「あたし、裏社会に顔が利くの」
二時間後、コリーというカフェで話そうと如何にもという場所に導かれる。
裏社会のドン、髭を蓄えたフィル・ジョーンズが登場。
「やあ、エミリーあちらがフリシラかい?すまないね」
シルクハットを取ってお辞儀をする。
すっかり頭は寂しくなっているが彼は今、自分があることに感謝している。
ちょっとお茶目に葉巻をくわえ、旧来のボスを気取る。
こんな姿をするのは仲間がいるときだけとエミリーはあたしに教えてくれる。
「やつは、ヤバイやつでした。ボス」
部下が長々報告する。
そこにコートニーが現れ、
「ママ」
エミリーが抱きつく。
「もう、止しなさい。お友達の前でしょ」
なんて良い所なの。ここは。
フリシラは涙が止まらなかった。
「ねぇフィル、ママにはもう告白したの?」
シッ
「まだだ。これから」
フィルの後ろ姿、庭に出る二人は、永遠の幸せを誓った。
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