第2話根負け

倒れた酒瓶の隣に眠る錠剤の脱け殻、主は今動けない。

時計の針だけが膨大な時間を泳ぎ切る。

無神経な向かい部屋の洗濯機の音がそこの主に向かってハローって呼んでいる。

「いい加減にして」

また、シャツに着替えて通りを破れた靴に染みる音を立て歩き出す。

長い髪の女は痩せこけた体を男の元へ引っ張り出し、今日も命を繋ぎ止める。


不健康、不条理、破滅主義、精神科は酒場と決めている。

バーのカウンターで0.5ミリであの世に行けるお酒をたらふく流し込み、やっと口角が持ち上がる。

「オヤジ、同じの」

「あいよ」

次第に無口になる両者。

男はやって来る。

蕩けるような笑みを浮かべて、鼻をむずむずしながら、

「仕事はどうした?」

女をはべらかしたい欲求の男は大抵クソッタレ。

あたしを天使だというやつもいるけどあたしはあんたの女じゃないんだ。顔を洗って出直してきやがれ!

「これからよ」

と、睨みつける。

女は怒りを着火点に生きてきた。

ピストルの図柄、左上腕の側面のタトゥー。

強かな呑みっぷりの女にいつしか常連のクズは酒場のピストルと呼ぶようになった。

「実は、な」

オヤジに仕事の話を持ちかけられた。

「用心棒、誰から誰を守る?笑わせるな」

「いるんだよ。時々な」

神妙そうな他人行儀な間を嫌い、口を開く。

「新しいこと?古いこと?」

「ま、新古品ってとこだな」

「顔馴染みの悪党じゃないってことね?」

「ま、そういうこった」

「あたしに頼むくらいなら、ビニーを」

「腕が立つのはビニーだが信用に欠ける。どの道、こちらに牙を剥くのは分かってる」

「ビニー・ワイズナー・・見返りもないなんて安く見られたもんね」

カウンターテーブルにコジャレたカクテル。

「こいつは店からのおごりだ。楽しんでくれ」

「へぇ~そんな趣味・・頂くよ」

一気に飲み干す。

チェリーも丸呑み。

「おいおい台無しだな」

「どっちが」


夜が深く濃くなる。

長い足を組み、どれだけ待っても変化なし。

水槽の魚にでもなった気分。

「今日は終わりだ」

雨粒が看板を濡らし、あたしは出て行く。

店の方から声がする。

5メートル先であたしが振り返る。

あれはオヤジの声じゃない。

店の灯りがまだ消えていない。

そこから歩道に建ってる信号機まで歩くと今度は銃声が聞こえる。

今の何?

慌てて戻る。

「ラストオーダーにはまだ間に合うだろ」

男は言った。

「まさか」

「そのまさかだ。使いが忠告を忘れたか?」

ドアが開かない。

オヤジは肩を撃たれて息が荒い。

出血も多い。

ガッチリとした巨体がぐらり傾く。

柱の影で撃った男の顔は見えない。

しかし、男の声は、する。

一体どこから!?

もう一発。

店の窓を出しっぱなしのパスタ屋の椅子で叩き割る。

あっちもあたしに気づいている。

あたしが飛び込むとオヤジは数秒のたうった後、静かになる。

「てめえ何処から・・」

「用は済んだ。死にたいか?・・おっと弾切れだ」

向けられた銃口に瞬き1つしないあの野郎の反応にあたしは圧倒された。

「・・うっ」

突然、息を吹き返したオヤジに気を取られ、やつが消えたことに気づかなかった。

オヤジは立ち上がろうと身動きする。

踏ん張るも・・

「そのまま、寝てろ。オヤジ」

「やつの顔を見たな。あれが死神だ。病院に行ってももう、助からない。止めとけ」

「そういう訳には」

オヤジはそのまま、事切れた・・ってなる訳ない。(そうさせない!)

あたしは圧倒されていたけど、

「そういう訳には行かないよ」

ひょいとオヤジを持ち上げる。

「ピストル、お前どういう体質なんだ?」

このみなぎるパワーは怒りだ。 

アドレナリンという物質の作用だ。

「お前どういう・・?」

翌朝病院のベッドでオヤジは目が覚める。

「さあね。そこの看護師に感謝しな」

必死になるとああいう奇跡も起こすらしい。

甲斐甲斐しく動き回る看護師たち。

見舞いもそこそこにして。

「あたしは帰って寝るよ」

徹夜明けで朝帰り、また、あの夢を確実に見る。

雨のように降り頻る銃弾を全身に浴びる夢、すべての銃弾の衝撃に絶えず途切れず意識があった。

あたしは悲鳴を上げることも出来ず、起き上がる。

夢と現実はセットよ。いつも背中合わせ。

あの中にあたし一人だけ、酒と錠剤で痛みを和らげ、堕落の日々を送る。

あたしは酒場の用心棒、ピストル。

町を荒らす死神の寝首は必ずあたしが掻っ切ってやる。








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