①から⑧までのストーリー

韻稚気者(インチキモノ)

第1話のこのことんまがやってきた。

拳銃から発射された一発の弾丸は、コンクリートの壁に打ち当たるまでクルクル回転を重ね決して止まらなかった。

間に何人もの男女が入り込んで入り乱れていたとしてもそれは変わらなかった。

真っ赤な血が壁や床、天井まで飛び散っている。

「随分口径の大きな弾を弾きやがった」

と、刑事はぼやく。

鑑識は場違いなスイーツの老舗の話をする。

「ほら、あの、角っこに・・」

容疑者は死んでいた。

調べは進んでいた。

そこにあるひとつの物語が見える。

命乞いをする上等の背広の男、でっぷりとした腹を抱えて銃器を見た途端、一目散に逃げだした。

追いかける容疑者は容赦なく、それでいてゆっくり銃を構えて一発一発丹念に時間をかけた。

女は男に、

「フィル?」

「どこの回し者だ」

男は首を傾げ、

「待ってよ。あたしよ」

男は女に、

「フィル?・・・そんな奴は知らない。人違いだ」

「良かった。顔も覚えてないのよね」

それで女は容赦なく・・容疑者に、そしてまた新しい死体へ変わった。


事件現場は八歳の子の家のエントランス、とはいえ八歳の子が家を構えているはずもない。

所有者は別にいる。

家に招き入れてくれたのが彼女、エミリー。まだ小さいながらもしっかりしている。

大人の質問にも怖がる様子も見せない。

「問題は誰がこの彼女を殺ったか?だわ」

相棒のシンシアは多少不貞腐れた所もあるがなかなかいい味出している。

「誰よ?ヒーロー」

ブツブツ言いながら歩き回る。

刑事としてだが。つまり、女性としてはまだまだ見られたもんじゃない。

「この子の家は」

「あたしのよ」

エミリーはおれとシンシアの間に割って入った。

「そうね。エミリー。だけどこのオジさん、子供が苦手なのよ」

「ああ、つまり」

「平気よ」

このおチビさんは大人の顔色を読むのが上手いと来ている。

「じゃ、聞くよ。キミ・・」

「あたしの名前はエミリー、七月で九歳よ」

「・・エミリー、キミの家ではよくこんな大きなホームパーティーをするのかね?」

スイートルームの壁に掛けられた来月のカレンダーに丸印が付けられている。

あの死んだ男はこの・・エミリーの父親だということがすぐに判明したが、母親の姿が見られない。

複数の死体が転がる家は刑事二人には空気が重たく感じた。

「ホームパーティー・・ええ」

隣のメイドが慌てて答えた。

「旦那様がご不在の時はよく奥様が・・」


小さな針の穴をスルスル糸が通り抜ける、縫合されたドレスは一枚物よりも体のラインを美しく捉える。

「奥様は若い頃モデルをされていたそうよ」

相棒のシンシアの聞き込みの甲斐あって素性が少しばかり知れた。

「後はご本人のご登場を待つばかりさ」

「きっと容疑者よ」

「よせよ。娘さんが聞いてたらどうする」

「エミリーよ」

あの子の代わりにシンシアはおれに釘を刺す。

「名前を忘れた訳じゃない。どうも照れるんだよ」

辺りを見回すともうシンシアの姿はそこにはなかった。

家族もいないのに、妙な気分だ。

モダンな彫刻。

ふわふわなソファー。


遺体は運び出され、数日の間、遺体があった場所にアスファルトに描くようなチョークのラインが残る。

頭部の位置、仰向けかうつ伏せか?

捻ってないか?他の損傷はないか?

遺体の状況を指し示す調書が作成される。

熟練の刑事でさえ欺く事件はそうそう転がっていない。

こいつもきっとそうさ。

孤児になったエントランスの少女はパパが死んだことを知らない。

母親はずっと姿を見せない。屋根裏や地下室も調べたが監禁の線は薄れた。


コンクリートに雨水が染み込む。

激しく擦り付けた皮膚、赤い大小の点が疎らに残る。

「フィル、助けて」

別の場所に母親がいた。

「コートニー良く聞くんだ。フィルは来ない。おれには判る」

男は息を荒げ、荒げた分の息を吸い込む。

「あいつは今の自分で満足している」


相棒のシンシアはこう聞く。

どうして男との会話から容疑者の・・その男の名前を当てられたの?

フィル・・・・フィル・・

いや、違う。そうじゃない。ここにいるのは刑事だ。

宵の口、急激に雨脚が酷くなる。

誰なんだ?そいつは、

エミリーは眠い目をしている。

三回目の訪問、少し遅い時間。

「おあいにく様」

バンまで急ぐシンシア。

「それでは失礼しました」

ドアを閉める。

本当にこの家に所縁はないだろうか?

シンシアは考え事をするこの顔を見慣れている。

そして夜は更けていく。


事実は良くあることだが隠蔽される。

だが大抵は数字の改ざんで終わる。

或いは事件事故に繋がる大きな改ざん。

無くなったものを取り繕うあの傲慢な態度は・・

シンシアが買い物で車から離れていた。

待たされると余計な思考が働く。

「奥さんの名前確か・・」

「止めろ。独身を謳歌しているんだぞ」

「違います。エミリーの母親の名前ですよ」

どこかに書き留めたんだけど、と、言いながら乱雑に押し込まれたバッグを引っくり返す。

「コートニーだ」

「どうしてその名前を」

鳩が豆鉄砲食らったみたいな顔をしている。

「事件の資料くらい見る」

「エミリーは答えなかったのに、変よ」

「何が言いたい?」

「あなたは名前を知っている。ただ知っているだけじゃなく以前から交遊があったのでは?」

その質問に対して一切動揺はしていない。

「エミリーはあなたを知っていた。でもあなたが他人の顔をするから、」

「すべて間違っている」

「そうじゃない」

相棒のシンシアと激しい口論をした。

深夜夜半、月は見えなかった。


記憶はなかった。

何故無いのか?その記憶が消えていた。

殺された男の名前はジョン・ヘインズ、彼を殺した女はビニー・ワイズナー。

写真をホワイトボードに留め置いた。

だが、彼女を殺したやつは誰だ?フィルじゃない。むしろ・・

偽名だ。

半年前に重罪で投獄された男の名前はフィル・ジョーンズ。

獄中の男に何も出来やしない。

そいつの名前を借りただけ、そいつは間抜けだった。

教会の牧師に付き添われ、警察に自分の罪を尋ねにやって来た。

だが一番の間抜けは誰か?

コートニーにビニー・ワイズナーを撃たせ、目撃者のエミリーに喋らせないように仕向けたやつのことか。

それともフィルの名を語り、旦那のいるコートニー・ヘインズに言い寄った刑事の・・

自虐が過ぎる。

こんなことで記憶は甦りはしないが、コートニーと接触のあった人物をとことん洗い出した。

ビニー・ワイズナーは何者なのか、どちらかのフィルを知っているが顔は覚えていない。

エミリーは物陰に隠れて大人たちの会話を聞いている。

「ビニー・ワイズナーは何も知らないコートニーに招かれた客、獄中のフィルが寄越した殺し屋よ」

シンシアはいつものジーンズルックから七分丈の白いパンツに変えている。

「許せねーおれの名を語るやつがいる。片っ端から殺せって」

「引き金を引いたんだな」

「あなたは記憶がなかったのよ。・・どうしてそう言い切れる?」

「いいだろう。敵の仕掛けた罠にまんまとハマってやるよ」

「特定は完了よ」

シンシアのハッチバックが動き出す。

「こから5ブロックよ」

黒幕は虎視眈々とこちらの状況を把握していた。

「さあ、おれの体から剥いだ皮を返してくれ」

「あたしの皮もあんたの旦那が剥いだのよ。返してちょうだい」

群がる数人の男女、コートニーの体にはやはり移植された痕跡が微かに残っている。

手術台の上に寝かされ、激しいライトに瞬きする。口にはタオルを巻かれ、大声を出そうものなら、呼吸の度に喉の奥にまでタオルが食い込んでいく。

「キミのオペは生体でなければ意味がない」

それは非常に残酷な宣告だった。

どこにあたしの生きる術があるのよ。

悲痛な思いは刑事にも届いた。

刑事は気づく。この屋敷は、聞き込みに二人で以前向かった場所、所有者はビニー・ワイズナーだった。

「シンシア・・シンシア・ボイト止まれ」

シンシアは息をつく。

「何をしたんだ?一体」

銃口はシンシアに向けられた。

「あたしは無実よ。頼まれたの、彼女に」

「あなた、キミのためなら何でもするって約束したじゃない」

30%の皮膚が剥がされ、変わり果てたコートニーがいる。

「だから失った皮膚はあなたから貰うわ」

「違うッ」

彼女を銃撃するも、ただの一つも当たらない。

「そうよね。そんな約束一度もしてないもの。直感であなたにだったら殺されてもいいって思えたの」

「シンシア、すぐに彼女を本当の病院へ連れていけ。いや、救急車だ!それと弾を抜いていてくれてありがとう」

「そうよ。そうでもしないと彼女の場所掴めなかったの」

「後の片付けは任せろ」

皮膚を提供したあんたらにはジョン・ヘインズから毎回多額の支払いがされていた。

合法か違法かは知らないがあんたらはそれで満足していたはずだ。何故今になって・・?


「フィル・ジョーンズだ。やつからは逃げられない」


(追記)


「フィル・ジョーンズだ。やつからは誰も逃げられない」

黒幕、容姿端麗なモデルの黒幕は争いを拒み、微動だにせず、逮捕された。

獄中で再逮捕寸前、やつは追及を逃れるため脱獄を図った。

だが運は尽きた。

こういった手合いの話はいろいろ臆測で語るやつが多い。

実は死んだと見せかけて生きているだとか、そっくりな誰かに入れ替わったとか、偽名を使うほどに似ている誰かと・・

だがひとつ言えることはやつは死んでいる。

心臓麻痺で呆気なかった。

寿命という魔法だ。

警察内部でも話は持ちきりだ。上司から辞職を強く促されるほどに、始めは冗談だと笑ったさ。

でもなかなか上も本気だった。


刑事に名前はいらない。

だが刑事でなくなった今、必要なものは既に判っている。


終わり。(つづく)










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