先生な、社会科の先生やねん、異世界とかよう知らへんねん───

LA軍@多数書籍化(呪具師200万部!)

先生な、社会科の先生やねん、異世界とかよう知らへんねん───


 コァコァコァ……。

 コカカカカカカカカ……。


 ギャーギャー……。


 

 鬱蒼とした森林。

 林内に響くのは鳥類だか、ほ乳類だか知らないが、やたらとけたたましい・・・・・・声を上げる得体のしれない動物のもの。

 中には虫なんかの鳴き声も混じっていそうだ。


「ふう……」


 ジワリと浮いた汗は、鬱陶うっとうしく肌にまとわりついた。


 蒸し暑い気温は人間にとって不快極まりなく、

 時折シャワーの様に降り注ぐ雨によって、何もかもが湿っている。



「せんせー!」

 グイッと拭った汗は酷くショッパイ。それは今日で何度目になるか分からないほどの仕草だ。


 ──まったくやってられん!


「せんせー!!」

 不意に頭上から声が降ってくる。──いや、不意というには語弊ごへいがある。結構前から呼びつけられているのだ。


「もう! せんせーってば!」

 ドスンと! 降ってきた重量に思わず倒れ込みそうになる。

 こちとら40越えだ! そういうことされるとね! 腰イッちゃうのよ!? …こう、──ペキンとね!


「きーてるのー!? せんせーってばぁ!」


 あーうるさい……見りゃ分かるでしょ! おりゃ仕事中だっつの!?


 甘い…少女特有の香りに、一瞬意識がクラクラとするが──いかんいかん! かぶりをふりつつ、背中にのしかかる重量をペイっと放り出す。

「あだ! ……もー! なにすんのよ!」


 さっきからキーキーと煩いのは、見るからに子供。

 ボロをまとった子供だ。


 ボテち~ん……と、俺の耕している畑に尻から放り出されて抗議の声を上げている。

 小さいのは子供ゆえ当然なのだが、……これまた結構な美少女だ。


 格好がボロボロなので、乞食と見まごうばかりだが──磨けば光る玉石には違いない。


 年の頃は10代前半。……だと思う。

 思うというのは、この子──耳とか尖ってるし、長いもん。

 いわゆるエルフという奴だろうか。


 そんなもん、この世界に来て初めて見たよ。

 ……日本にはコミケくらいにしかいない人種である。


「エルシルさんや…先生見ての通り仕事中でっす! あと腰とか止めて……! マジで──」 

 グチグチと嫌味交じりに行ってみるが少女は気にしたそぶりもない。

 ロクに手入れをしてない、痛み切った金髪を軽快に揺らしながら、ニコニコプンプンと怒ったり拗ねたりの表情で忙しい。

 百面相のごとき顔は、日に焼けているが元は色白で将来は美人になるだろう。ぷっくりと膨れた柔らかそうな唇に、すっきりとした鼻立ち。両の目は森の緑とまごうほどに綺麗な碧眼だ。


 ポンポンと頭を適当に撫でてやると、嬉しそうに跳ね回る。

 あー子供ってなんでジッとしてられないんだろう。


「じゅーぎょーぉお! じゅぎょーの時間だよ! 早く速くはやくー! みんな待ってるよ!」


 ……ち、クソガキめ。


 ガキは嫌いだ。

 俺をこんな世界に連れて来やがったのも、ガキどもだし……!


 とは言えね。アタシゃこれでも大人なんです。セルナンです。

 感情と表情はちゃんと使い分けられますよー。


「はいはい。すぐ行くから先にいってなさい。先生、片付けしてからいくから」

 うん! まってるね~♪

 と、ピョコピョコと駆けていく。


 ──手伝えや……。


「ち……先に行けって言ったけどさ……手伝えよな……誰のメシ作ってると思ってるんだよ──」

 愚痴愚痴ブチブチブチブチブチ!


「先生、手伝う?」

 愚痴ブチブチブチブチブチ……!


「先生!?」

 ブチブチブチ……ファ〇ク!!


「先生ぇぇぇ!!」

 ブチブ……ぬお!?


「ど、ドワスンか!? いつの間に!?」

「ブチブチ、ファ〇ク──クソガキめー……くらいから、いたヨ?」


 シィット! ほとんど聞かれとるやないかい!?

 この上は亡き者に……。


「気にしないでよ。先生が裏表の激しいクソ野郎・・・・だってみんな知ってるから──」


 ホワッツ!?


「ジロジロと女の子見てるのもみんな知ってるよー? ……エルシルはチッパイ過ぎて興味ないこともね」


 ……マジですか!?

 俺の性癖バレバレやん!?


「まー気にしなくていいよ? 外の盗賊どもに比べたら百倍マシだし」

 そんなのと比較しないでくれ……。


 ジーザス……と天を仰ぐ俺に向かって「はい」と言って動物の革製の水筒を差し出してくるのは、背の低い少年──ドワスンだ。

 少年にしてはガッシリとした体つきで、見れば──今しがたまで俺が使っていた農機具を一纏ひとまとめにして担いでくれていた。


「あ、あー……ありがとう」

 ナデナデと撫でてやると、恥ずかしそうにうつむく。

 ボサボサの黒髪に黒目の少年は、実に純朴そうだ。

 口がさない・・・・・わりに素直ないい子。ん? 素直がゆえに口がさない・・・・・のかな。


 これで、ひげが生えていて、角突き兜に斧でも担いでいたらヴァイキングだとか、ドワーフって感じがぴったりの印象。


 実際、目の前のこの子はドワーフなんだとか?

 ゲームはスーファミ以来ほとんどやっていないので、昔の知識程度しかないけど、

 ステレオタイプなドワーフのイメージから外れたところはない。

 それを言えば、エルフのエルシルもそうだ。


 イメージから違うのはどちらも子供だという事──。

 ふむ……子供ガキは嫌いだ。


「じゃー先にキョーシツで待ってるね! みんな、じゅぎょー待ってるよ!」


 ──へーへー……行きますよ。行けばいいんでしょ。


 グビリグビリと渡された水筒に口を付ける。

 生ぬるいのではと警戒していたが、意外にも冷えている。


 冷蔵庫もない世界。

 冷却魔法なんてのもあるらしいが、そんな高等な手段を使って水を冷やすような真似をするとも思えないので、この水はきっと素焼きの瓶か何かで冷やしていたのだろう。

 気の利く子だ。


 塩分も同時に失っているので、水だけ飲んでもすぐに汗として排出されてしまうだろうが……この蒸し暑い中ではありがたかった。


 さて……行くかね。

 授業の時間らしいからな……。


 ──はー……なーんで俺、異世界に来てまで先生やってるんだろう?


 かつて、自分が初めてことだという事は、スポーンと頭の中からはじき出されているのだが……それはまた別の話。



 あーめんどくさい、

 ガキは嫌いだー! などとブチブチ言いながら歩く彼は、異世界歴はまだ数か月目のペーペーである。


「ブチブチブチ……!」


「誰としゃべってるんですか?」

 汗だくのツユダク状態の半蔵が少年少女を追っていけば、巨大な木とそこに立てかけられた粗末な屋根のあるスペースに目が行く。

 雑木を編んだだけのスノコのようなものが床代わりで壁はない。それでも、木と粗末な屋根が作り出す木陰は実に涼しそうだった。

 その入り口らしきところには、10代後半くらいの背の低い大人びた雰囲気の少女が立ち、怪訝けげんな目で半蔵を見ていた。


「ホビラン? ……なんでもないですよ」

 ホビランと呼ばれた少女はクリっと首を傾げつつも、半蔵の奇行はいつものことかと特に突っ込むでもなく、

「?? えっと、みんな待ってますよ」


 へーへー……授業でござんすね。


「んー……分かった、教科書持ってきて」

 はい。

 と、既に準備していたのか、ヨレヨレの革製の手提げ鞄を差し出してきた。


 ……なんか秘書みたいですね。ホビランさん?


 差し出すその手はほっそりとしており、全体的に線が細い印象を受ける。

 しかし、体は肉感的で出るとこは出て引っ込むところは引っ込んでいた。

 ちょっと前までここまでナイスバディではなかったはずだが……。


 目のやり場に困る。

 服も単なるボロなので、色々見えそうでよろしくない。


 やや褐色の肌に、トロンとした垂れ目。鼻は高くはないが綺麗な形で、フワフワの髪はピンクかっている。

 ──髪も肌も、ホビット族の特徴だという。


 種族的にはかなり高身長らしいが、それでもこれ以上伸びることは無いとか。

 背が低いのが良いのか悪いのかは知らないが、彼女はこれでまだ年若い。見た目の10代後半のようなイメージとはかけ離れており、

 その実、物凄く犯罪チックな年齢で、見た目がアレなのは短命が故の成長の速さなのだとか。


 実際の年齢は聞くまい……。


 いずれにしても、身体同様に精神の成熟も早いらしいので、半蔵が感じた印象は決して間違ってはいない。


「ん。ありがとう。……(しゃぁねえ、面倒臭いけど)行くか!」

「何か言いました?」

「何も? さーさー、生徒は席に着きなさいよ」

 頭をグリグリ撫でながら、その柔らかい体をツンツン押しながら半蔵もホビランと連れ立って中に入る。


 入り口には、大きな葉っぱに下手くそな字で「きょうしつ」と書かれていた。もちろん日本語だ。


 そう、ここは教室。

 壁無し、電気無し、空調なし──素敵なフォレストビュー! 虫とかいっぱい入ってきます! いえー……ぃ。


「きりーつ!」

 薄暗い教室にはエルシル、ドワフンを始め幼児から10代前後半くらいの子供たちがぎっしり。

 多分30人くらいいるだろう。

 狭い屋根の下の事、こうも密集していると暑苦しいのだが……それはそこ。壁がないお陰で風通しだけはやたらと良い。


「きよーつけー!」


 よく通る声は、エルシルのものらしい。──そういや、今日の日直だったかな。

 そんなことをぼんやり考えながら、くたびれた中年のオッサンは教室のちょっとした高い位置──教壇に上がる。

 どんよりした顔で入ってくる半蔵に、誰一人ドン引きすることなく、なぜかワクワクした顔で彼を迎え入れる。

 ホビランは、色々チラチラ見えるボロを颯爽さっそうひるがえし、子供たちの後列に並び立つ。


 ぎっしりと入った子供たちの姿は多種多様。

 エルフもいればドワーフもいる。

 人間もいればホビットもいる。

 なんか羽の生えた子や、鱗やら猫耳とか──まー色々だ。


 共通しているのは子供のみ。

 大人はいない……例外は半蔵だけである。


 ホビランはちょっと色気が出て来たので、大人の分類に入りそうだが……年齢的には色々アウトである。


「れーい!」


 ペコォと、皆が皆半蔵に頭を下げる。それを受けて反射的に半蔵もペコリ。

 うん……返礼しちゃうのは日本人のさがですな。


 そして、別命なく皆が顔をあげて、ニンマリ──なんかしらんが満面の笑みを浮かべている奴もいる始末。

 エルシルも豊かな金髪をユサユサと揺らしながら、ニィィ──と、八重歯の光る可愛らしい笑みを浮かべた。


「ちゃくせーき!」


 そして、皆が皆ペタンと床に座る。

 机や椅子なんて上等なものはないので、車座になっているだけだ。


「ん。……おはよう」

「「「「「お・は・よー・ご・ざ・い・ま・す!」」」」」


 別に朝ではないので、おはようの時間でもないのだが……日本語には「ございます」を付ける丁寧なあいさつは基本的におはようしかないのだ。


 さて、


 授業である。

 ホビランから渡された鞄から取り出したのは「新中学2年生社会科(教員用)」と記載されたもの。


 そうだ、日本でなら誰しも習うであろうアレである。

 社会科──地歴公民のごちゃ混ぜのアレです。


 高校生になれば細分化されるそれも、中学生までではまだ「社会」という一括ひとくくりにまとめられている。


 詳細はといえば、

 地理──……日本の地形や、世界の特徴的な地形風土などを学ぶもの。


 次に、

 歴史──……日本史から世界史のさわり、古代から近代現代までを習うものである。

 偉人もいっぱい出たりして、章の最後に乗っている偉人の顔はもれなく落書きされる運命にある。

 なぜか半蔵の持つ教員用の教科書にも落書きが施されている始末。断じて言うが……書いたのは半蔵じゃありません!

 きっと、生徒にやられたと思うのですよ……まさか、栃木の偉人である田中正造がロックスター風にされるとは……ク、無念。

 田中正造は大好きな偉人なので、とても悔しかったとだけ言っておく。


 さらに、

 公民──……政治の仕組みや、その変遷へんせんや特徴などを、さらーっと教えるものだ。

 三権分立、モンテスキュー──とか、覚えのある人もいるだろう。普通選挙に、男女差別。大統領制に、金本位制等々。

 ……好きかと言われれば「うーん」という科目であるのだが、重要かどうかで言われれば、かなり重要であると言える。


 うん、

 ……なんで俺、異世界来て「社会科」教えてるんだろう。



「あー……じゃぁ今日は、」




 ※  ※




 コァコァコァ……。

 コカカカカカカカカカカ……。


 ギャーギャー……。


 けたたましい鳥獣の鳴き声に我に返る。

 ジッと視線を感じれば、約30人分の60個以上の目が半蔵を見ていた。


 目の前のエルシルなんか、興奮して鼻を大きくしてフンフンを息をしている。

 ……授業ってそんな楽しいかなーと、思いつつ──自身の職業的には、現在…非常に恵まれた生徒に囲まれていることを思い出した。


 そういえば、この教室とは違い……「日本」の教室での環境は最悪だったな、と。


(……もう過ぎたことか)

 軽く頭を振ると、


「……せんせー?」

 最前列を陣取っているエルシルがようやく、心配気に声を掛けてきた。

 それを安堵させようと軽く閉じて居た目を開き、慣れない笑顔を浮かべて見せる。


「何でもないよ──」

 もう忘れよう。


 …………。


 それよりも、今だ──。


 何の因果か、

「では、一時間目を始める。ベトナム戦争は先日やったからな、続きの中越戦争から行こうか──」


 はーーーーい! × 30以上


 ──俺はここでも先生をやっている……。


 湿った教員用の教科書を開くと、

 しっとりと濡れたソレは、インクがにじんで読みとれない箇所も多い。

 

 だが、社会科教師になって十数年……もう、そらんじても言えるほどに繰り返したものだ。

 毎年、社会科の内容は変われども、根本的なところはそう大きく変わらない。


 研究授業も真面目に出たし、個人的に指導計画もしっかり作り込んでいる。

 何より……社会は好きだ。

 実に面白いし、教えるとわずかでも手ごたえを感じる。


 日本ではあまり興味を持たれない科目かもしれないが……子供たちを社会人足らしめるためには絶対に必要だ。

 数学、英語が重視されがちだが、国語も、理科も、社会も大事、──その他の科目だって日本の教育プログラムに無駄はほとんどない。


 だから、さ──。


 みんな聞いておくれ。


「中越戦争というのがあってだね──……」


 地球の歴史。

 それも国外の戦争のお話し──中学の社会の教科書にも、2、3行しか書かれていないソレ……。


 でも、

 この子たちは興味深そうに聞いている。


 森林の中で出会った、約30人の子供たち──大人は日本人の社会科教師、半蔵だけ……。


 これは、異世界で社会科を教える先生の物語と、

 異世界に少年少女にとっての『異世界』のお話。そして、的確かつ冷静かつ辛辣しんらつな突っ込みが入るブラックなユーモア溢れる異世界ファンタジーである。


 クソガキ? …知らんよ。星の反対側で文字通り中二病全開ではしゃいでいるだろうさ。


 そんなことより日々の授業だ。


 さてと、君たち──。

「中越戦争というものがあってだね……。


 大国 VS 小国──って……こう、男心に燃えないかい? え? 女の子? じゃー、ロマンとだけ言っておく。

 これはね。

 先生がいた世界の、ちょっと昔のお話しだよ。

 先生のいた国から少ーし離れた国の出来事さ。


 さて、

 ちょっぴり昔のことだけど──。

 あるところに、大国の中国と、少し小さい国のベトナムという国がありました。

 当時、ベトナムは世界最強(自称)を誇るアメリカ合衆国を、なんとまぁ、カウンター勝ちで打ち負かし、結構、調子に乗ってました。


 そんな時、戦争終わったばかりで混乱中のベトナムでしたが、今度はお隣の国でなにやら妙な動きが活発化。


 お隣はカンボジアという国があって、そこでは、すったもんだの末に「クメールルージュ(赤い旗?)」とかいうアイタタタ厨二病臭いな名前の組織が牛耳ぎゅうじる──ちょっとアレな国が誕生してしまいました。

 「赤い旗」のカンボジアは、徹底的な社会主義を掲げて──。



ド「はい、せんせー!」

半「何かなドワスン君」

ド「社会主義って、先日習った共産主義と同じですか?」

半「細かく分類すると、違うんだけど……だいたい同じで良いよ」

ド「……適当すぎません?」

半「説明するとややこしいから、興味があれば、放課後先生のとこに来なさい? 他の興味ある者も一緒に来なさい、補講にします」

ド「はーい!」



 ──で、だ。徹底的な社会主義を掲げたおかげで階級だとか、階層のようなものをとっぱらっちゃて、みんな平等にしようとしました。

 しかし、古い階級を大事にする人もいるし、

 新しい国ができるまでは偉い人や、「先生」みたいな人もいっぱいいました。


 でも、新しい国の偉い人たちは、その人たちがとっても邪魔だったので、コロコロしちゃいました。


 びっくりしたのは、カンボジアの市民たち。コロコロされちゃ敵わんと、お隣のベトナムに逃げ込みました。

 しかし、ビックリしたのはベトナムも一緒です。ただでさえ戦争が終わったばかりで大変なのに、沢山の人が急に来ちゃ困るよー! とばかりに、カンボジアに抗議しましたが、聞いてくれません。


 仕方なく、戦争に勝って自信満々なベトナムは、経験豊富な沢山の軍隊であっという間に、カンボジアを制圧してしまいました。

 さぁこれで安心! もー問題ないと、ベトナムは考えていましたが……なんとここで、ベトナムのもう一つの隣国──大きな国の中国さんが怒りだしました。


 弟分のカンボジアに手を出して、けしからん!


 と、そこの親分である中国を怒らしちゃいました。

 西の方に位置するカンボジアに軍隊を出しているベトナム。

 それに対して、中国は北と東に位置しています──。



半「さぁ、どういう状況か分かるかな? ……はい、ホビランちゃん」

ホ「えっと、バックから攻められた?」

半「そうバックから責められてヒーヒー……ごほん、そう。軍隊が留守の背後を突かれたわけだね」

ホ「なんか、スケベな顔してません?」

半「シテマセンヨー」

ホ「??? ベトナムは絶体絶命ですね!」

半「そうだね、……ってなんで目をときめかせてるの?」

ホ「だって、大逆転があるんですよね!?」

半「う……んー……そういうのはネタバレといってだね」

ホ「あ、そうなんですね、ごめんなさい、てへ」

半「コホン(……可愛いなチクせぅ!)」



 ──ホビランのいうとおり、

 ベトナムの軍隊はカンボジアにいて、

 なんか知らんけど、突然怒り出した中国に対処できません。


 こらまずいかな? と思案している間に……なんとまぁ。


 ついに、ベトナムの国境を破って襲い掛かってきたのです、

 ──中国軍の大軍勢が!


数で勝る中国軍!

主力はカンボジアで、背後ががら空きのベトナム。


こ、れ、は、ヤバイ……。


「ニーハオ!」とばかりに突如侵攻した中国軍。

予想通り、正規軍のほとんどがお留守です。これはしめた・・・もの。

 裏取りじゃーとばかりに、大暴れ。


やっほほ~い、楽勝~とばかりに、当初は快進撃にぐ快進撃。

 当然です。

 だって、ベトナムの主力の軍隊はカンボジアにいるんだから──……。


 しかし、中国軍は知りませんでした。

 本当に恐ろしい敵がそこにいたことを……。


 ろくに調査せずに、ベトナムに攻めいったのが運のツキ──中国軍の前に立ちはだかるのは……なんと、民兵たちぃぃ!?



エ「はい、せんせいー」

半「はい、エルシル──何かな?」

エ「民兵ーって何? 兵隊と違うのー?」

半「ベトナム戦争の話で紹介した「南ベトナム解放戦線」のことは覚えてるかな?」

エ「えっと、……無茶苦茶強いアメリカ軍をスゴイ怖がらせて苦しめた、……普段は農業とかしてる人たち?」

半「そうだね。全員が農業してたかは別だけど、普通の軍隊とは違って、村や町の人たちが自主的に戦ったりしている人たちだね。もちろん色々事情はあるけど、だいたいはそんな感じ」

エ「ふーん……森の盗賊達と似た連中?」

半「うーん……そうだね、たしかに似ているけど……目的は略奪や誘拐、強姦じゃなく、国…郷土を守りたいっていうのが、大分違うんじゃないかな」

エ「森の盗賊は……悪党だもん! 民兵と違うね」

半「そうだね……くくりは難しいけど、騎士団が軍隊、村の自警団が民兵──そんな感じの理解で良いよ」

エ「はーい!」



 ──その民兵なんだけどね。

 ベトナム戦争が終わって、平和になった村で元の暮らしを謳歌おうかしていたんだ。


 だけど、彼らをただの民兵とあなどるなかれ…


 エルシルがいったように、あの大国アメリカを叫喚きょうかんせしめ、最後まで決定的な勝利を譲らなかったツワモノたち。

 ──それが南ベトナム解放戦線の民兵たち。


 彼らも長い長い期間をアメリカ等との戦いについやし、

 ようやく戦争が終わり平和を享受きょうじゅする──ただの普通の村人や市民に戻っていたベトナムの民兵。

 いや、この時点では、もう一般の人だった。


 しかし、ひとたび武器をとれば豹変ひょうへん


 ベトナム戦争当時、中国とソ連から流れた武器弾薬をタッーーーープリ! と持ってる民兵。


 おまけに、アメリカが遺棄していった武器弾薬に加え、

 逃げ帰ったアメリカが持って帰れなかった──……、


 「戦車」! に、

 「大砲」?? に……、

 「ヘリコプター」!? を、持っていたという。


 (どんな民兵だよ…………!?)


 それだけじゃないよ。

 なんたって一番は──実戦経験豊富で、地元だと言うこと……。


 経験も、

 地の利も、

 そして士気も、


 ──中国が侵攻した先にいたのは、無抵抗の農家の人々ではなく……世界最強の民兵だった。




 結果…………フルボッコですよ。

 フルボッコ。



 舐めてかかった中国軍は、軽装備で実戦経験のない兵ばかり、

 しかも、行き過ぎた共産主義のせいで、平等を勘違いしたのか、階級制度が崩壊……。

 そのうえ、極端な組織づくりであったため(軍隊にまで意味不明の平等という主義を持ち込んでいた)、

 そりゃ敵いませんよ……実際に、ひとたび攻撃を受けると指揮をるものがいなくて大パニック。


 たかが民兵、

 されど民兵、

 強いぞ民兵、


 もう、ね。めちゃくちゃ損害を受けて撤退……。

 というか、潰走かいそうだったそうだよ。


 そりゃぁね。

 軍隊がいないはずの場所に、


 正体不明の機甲部隊やら、

 どこからきたのか航空兵力やら、

 バンバン降り注ぐ巨大な大砲やら、


 そこら中に罠やら、

 神出鬼没の精兵やら、

 潤沢じゅんたくにばら撒かれる銃弾やら、


 昼夜問はず──ジャングルでも崖でも田んぼでも、どこからでも襲ってくる敵に右往左往。


 はっきり言って無理ゲーです!

 とばかりに、這う這うの体ほうほうのていで逃げかえることになり──、


 後年の復讐を誓って軍の改革をすすめたそうな。




 めでたしめでたし……。





 ──以上が中越戦争初期の概要だ」


 半蔵は、教科書をそっと閉じる。

 ほとんどページはめくっていない。これは、教えるときのポーズのようなものだ。


「ん。いい時間だね。どうだ? 質問はあるかな?」


 子供たちは目をキラキラさせて聞き入っている。

 ……社会の授業というよりも、幼稚園児が紙芝居を聞いている時の反応に近い。


「「「はい、はい、はい」」」「はーい」「はーい!」


 おおう……ノリ良いわこの子ら。


「一時間目はもう終わりだ! 一個だけ質問に答えるぞー」

「はいはいはいはいはーい!!」

 エルフのエルシル……テンションたけぇぇ!


「……はい、エルシル君」

「はい、はい! あ、はい」

「……どうぞ」

「んと、ね。えっとね」


 ……質問考えてなかったんかい!?


「あ! ベトナムはどうなりましたかー!」


 …………。


「んむ。先生がいた頃までには、かなり裕福な国になって、アメリカとも仲直り、中国とは今も時々睨み合いをしているけど、概ね──うまくやっているみたいだよ。まぁ、平和そのものだね」

「やったー! じゃー……」

 おいおい、一個って言うたやろ──。


「──なんで戦争したの?」


 …………。



 ──深いなぁーーー…………。



「先生にもはっきりとしたことは言えないなー……ちゃんとした理由はもちろんあるんだけど、」

 そう、

 カンボジアを当時援助していたのが中国だったり、

 アメリカ、ソ連などの大国の冷戦構造が生んだ代理戦争の様相だったり、

 第三国どうしの小競り合いであったり──、


 理由は一つではない……。

 ないが──、


 人がなぜ戦うのか……。


 そこまでエルシルが考えていたのはかはなはだ疑問だが、

 ……結局は、戦争をした理由はそこに行きつくのだ。



 なぜ戦うのか──。



「せんせー?」


 ……先生もな、なんでも知ってるわけじゃないんだよ──。

 だけど、先生は答えねばならない。

 先生としての答えを……。













「きっと……」











 コァコァコァ……。

 コカカカカカカカカカカ……。


 ギャーギャー……。




 大森林と言われる、見渡す限りの森林地帯。

 一度、奥地に入った者は生きて戻れぬ、と──。


 森の妖精にたぶらかされて、人でなくなるとも───……


 かつて、

 世界を割る大戦争が起こったのはそう遠い昔のことではない。


 巨大な飛空船が舞い、

 地を割り、海を干す大魔法が飛び交った戦争が起こった。


 人と魔族の戦争だ。


 それは、人口の大半を殺傷せしめ、文明を退化させ、人も魔族も大いに疲弊ひへいした──。


 そして、

 人の英雄も、

 魔族の豪傑も、


 伴に倒れ、戦いは決着がつかずに終わった。

 人も魔族もすさみにすさんだ世界……。


 文明の黄昏の世界──。





 そんな残り香の漂う荒廃した世界の片隅で……、





 アハハハハッハハハハ!

 キャーキャッキャ!!

 ウフフフフフフ!!


 ワーイ!


 ハッハッハッハッハ!



 とても、静かで豊かで明るい声の響く土地があるなど、誰に知れようか──。







 巨大な木のうえ、大半が崩落した古い飛行船が苔むす中で、

 

 今日も、明日も、






 中年教師の声と、

 子供たちの笑い声が響いていた──。








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