Phase03 交渉

 汚れた路地を二、三分歩いて、表通りに出ると、街の様子はがらりと変わる。綺麗なビルが整列し、広い道路には宝石のように磨き上げられた車が行き交っている。卵型のボディーにはタイヤがなく、地面すれすれを滑るように走り抜ける。この街の表の顔だ。明るくて、汚れ一つない。歩いている人たちも、皆が幸福そうにしている。


「どこに連れて行くつもりなの?」

「とりあえず、そこのホテルに入る。部屋は取ってある」


 部屋に着くと、柔らかな絨毯じゅうたんの敷かれた床を恐る恐る踏みしめながら、麗蘭がきょろきょろと周囲を見回した。

「こんなに綺麗な部屋で辱められるのなら、むしろ光栄に思うべきかしらね」

 麗蘭が皮肉っぽく呟いたので、俺は鼻先で笑った。

「辱めるつもりはないさ。ここでは着替えをするだけだ。いや、腹が減ったから食事もしよう。君も何か食べるといい。遠慮せず言ってくれ」


 ルームサービスのメニューを壁に表示させると、麗蘭はおびえた目をして首を傾げた。

「どういうつもり?」

「怖がらなくていい。危害を加えるつもりはない。少しだけ仕事を手伝ってほしいんだ。それが済んだら自由にしてやる」

「そんな言葉を信じられるわけ……」

「詳しい話をする前に、一つだけ確認したい。君には祖国を売る覚悟はあるか?」


「港華のこと?」

「手伝ってもらうのは簡単な仕事だ。それなりの報酬も出す。だが、その仕事の結果として、君は国を売ることになる。故国を裏切れないと言うのなら、別の誰かを探す」

「私は国に売られた人間よ。戻れたとしても、あの国に私の居場所はない。恥さらしと罵られるだけ。そんな国に未練なんて……」

「それなら問題ないな。まずは服を着替えてくれ。話は食事をしながらしよう」


 俺はクローゼットを開いた。女性用のドレスがぎっしり吊られている。

「どれでも、好きなのに着替えるといい」

 麗蘭は明るい色合いの服を選び、俺の視線も気にせず着替えを始めた。

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