岩戸隠れの名探偵
小高まあな
岩戸隠れの名探偵
僕は名探偵だ。
どんな難事件もたちどころに解決する。最短は一時間で、多くは二時間で、最長でもワンクールで。
「犯人は、あなたですね」
指を突きつける。泣き崩れる犯人。涙ながらの告白。
動機は借金、痴情の縺れ、脅し脅され。いつものようにワンパターン。
「さすが! いつもながら鮮やかな解決ですな、名探偵殿!」
最近ではめっきり仕事をしなくなった警部が言う。
ここは何故か断崖絶壁。風が冷たい。
僕はいつもどおりの少しニヒルな笑顔を浮かべる。事件解決後、なにか気の利いた一言をびしっと決めるのが名探偵の醍醐味だ。
でも、今日の僕はひと味違う。少しニヒルな笑顔はそのままに、
「もうやなんだけどこんな生活。ひきこもりになる!!」
それだけ告げて、事務所に逃げ帰った。
「ええっ、めーたんてーどのぉー!」
警部のだみ声が背中に突き刺さる。それでも僕は振り返らない。
丁度来たタクシーに飛び乗って、東京の事務所へ逃げ帰った。
僕は名探偵だ。
どんな難事件でもたちどころに解決してみせる。
しかし、名探偵が名探偵になるには、前提として事件の存在が必要なのだ。
一人殺されるならまだいい。本当はよくないけれども、もう今更一人ぐらいならいい。
でも、一族全員皆殺し、狭い村での数え歌になぞらえた連続殺人なんてもういやなんだ!
温泉に向かえば湯煙殺人、招待状をもらえば孤島での殺人ショー、スキーに行けばロッジに閉じこめられ、山奥では吊り橋が落とされ、猟奇殺人。
最近では、スーパーに買い物に行っただけで、スーパーの冷凍室から死体が発見されるという状態。
警部なんかは、
「いやぁ、名探偵殿は本当に名探偵ですなぁ。歩く死神といいますか」
なんてさらりと言い放つ。死神と呼ばれる僕の気持ちなんて、考えたこともないのだろう。
もういやだ。僕は事務所に閉じこもる。依頼人は全部追い返してやる! 名探偵なんてこりごりなんだ!
「ならば私と手を組みましょう」
ひきこもる僕を外に連れ出そうと、警部は、手を変え品を変え、電話、手紙、訪問、電報、なだめて脅して泣き落としてを繰り返していた。検挙率がめっきり落ちたからって、身勝手な。
そんな警部が新たに送ってきた刺客は、警部の妹だった。彼女は微笑みながら、先の台詞を言った。
長身、長い黒髪を後ろで一つにしばっただけで化粧っけもない。それでも美人なことがわかる顔立ち。
「血の繋がり、あるんですか? 本当に?」
思わず尋ねる。そこが気になる。職業病ってやつ?
「警部の嫁の妹です」
「なっとく」
警部のところは美女と野獣夫婦だ。美女ほどだめな男にひっかかるのだ、可哀想に。
「それで手を組むとは?」
「私、救命救急士なんです」
彼女が優雅に微笑んだ。
曰く、救命救急士の彼女は行く先々でけが人や病人にであうらしい。そして救命措置、一時は意識不明になったりするもの命は助かる。しかし、そこから大きな事件に巻き込まれるらしい。
「命を救うのはやぶさかではないのですが、こうも毎度毎度殺人未遂事件やら陰謀やらにまきこまれるのはちょっと。この前は救急車がハイジャックされましたし」
「それはそれは。因果な商売ですね、お互い」
「ええ。それであなたと私が一緒に行動すればきっと、二人の目の前に現れる人は私が助けられますし、事件はあなたが解決できるでしょう?」
と、彼女は優雅に微笑んだ。なんて頭のいい女性だ! 人死には見ずに、犯人は逮捕される。なんだかんだで僕、探偵の仕事は嫌いじゃないし。ブラボー!
「その提案乗った!!」
僕は彼女の両手をつかんだ。
彼女はちょっとだけ頬を染めた。きゅんってした。
そして今、
「犯人は、あなたですね」
僕は震える声で、それでも毅然と彼女を指さした。
確かに彼女は救命救急で人の命を救った。でも、その後搬送された病院で被害者たちは亡くなった。彼女が殺したのだ。
「ばれちゃった」
彼女は優雅に微笑んだ。
僕は泣きそうになるのを耐えた。
考えてみたらわかりきったことだった。
なんの前フリも無く、突然あらわれたレギュラーメンバーの親族。
わけあり美女。探偵と行動をともにする、それすなわちアリバイ作り。
探偵に芽生えたほのかな恋心が実ることは絶対にない。おのれヴァン・ダイン。僕の恋心も不必要なラブロマンスだと言うのか!
嘆いても無駄だ。彼女が現れた段階で、薄々僕だって思っていたのだから。
誰がどう考えても、キャスティングの段階で彼女が犯人なのだ。
「すまなかった、名探偵殿」
いつもよりおとなしい警部がそう言って、彼女をパトカーに押し込む。
僕はいつも通りの少しニヒルな笑みを浮かべ、
「もぉやだぁ、ほんとにやだぁ、なにもしんじられなぁい」
事務所に向かって逃げ帰った。
もう絶対絶対、事務所から外に出たりしないっ!
岩戸隠れの名探偵 小高まあな @kmaana
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