第2話 「きっとあなたはそんな私を笑うでしょう」


 もう夏も終わりに近づいていた。夜になると半袖が肌寒くて、そろそろ長袖が必要かな、なんてクローゼットを思い返す。

 以前、勢いで染めた緑色の髪は予想以上に自分に馴染んでいてびっくりした。

 親はもちろん先生や生徒会長にも怒られたけど、私にとってそんな事は取るに足らない些細なことだ。

 姉にコンビニへの遣いを頼まれて、私はコンビニに向かっていた。部屋着と外出用の服との中間みたいな機能性だけを重視した服を着て、いつもポニーテールにしている髪も夜だし、と下ろしたままだ。

 今頃、あの人は何をやってるだろう。ふと思い出して空を見上げた。満月だ。


「あれ、荻野目?」


 キキーッ、とブレーキを効かせて私の横で自転車が止まる。生徒会長だった。家が近いなんて知らなかったし、今の自分の格好を思い出して、私は返事をするのを忘れて卒倒しそうになる。


「荻野目?」


 もう一度呼び掛けられ、私はやっと我に戻る。


「せ、生徒会長……。奇遇ですね」

「そうだな。荻野目はどこ行くんだ?」

「コンビニ! です!」

「おー、一緒だ」


 優しい顔で笑って、生徒会長は自転車を前に押し出した。

 え、まさか、一緒に行こうとかそういう……?


 半分パニックになっていると、数歩前に出た生徒会長が後ろを振り返る。


「どうした?」


 やっぱり、そのまさかか……!!

 恥ずかしながら合点した私はすぐに生徒会長に駆け寄った。


「ど、どうもしてないです!」


 私より1つ上の学年の生徒会長は、 私より身長も少し高かった。スラリとした手足も、その横顔も、学校の外だからなのかいつも以上に意識してしまう。


「そういえば荻野目、この前またやってくれたらしいな」

「へ?」

「へ? じゃない。校庭にあんなデカい落書きしやがって」


 手のかかる妹を叱るみたいな口調だった。


「まぁ、荻野目も発散する場所が必要だと思うからアレだけど、あんまり教師陣を困らせるなよ」


 どこまでも優しい生徒会長に私の中でさらに気持ちが募っていく。


「といっても、生徒会長って立場を除けば荻野目のアレは面白いから好きだけど」


 可笑しそうに笑う。

 ほら、そんな風に言われたら、また風紀を乱さなきゃいけないじゃないですか。

 また、その顔が見たいばっかりに私は不良に成り下がる。

 きっと、生徒会長はそんな私をまた笑うんだと思う。だけどそれすらも私には嬉しくて、他の全てが見えなくなってしまうんだから、困ったものだな、と思う。


 コンビニに着いて、私はさっさと姉に頼まれていた雑誌を買った。生徒会長は何やら支払いをしていて、何も買っていないようだった。

 先に事を済ませた私は、コンビニの外で生徒会長を待つ。止められた自転車の横でこうして待っていると決して叶うはずのないこの想いすらも叶ったように錯覚する。


「悪いな、お待たせ」


 駄目だ、妄想が……止まらない。


「荻野目?」


 あ、現実だった。


「……あ、ああ、終わったんですね」


 私たちは公園を後にして、来た道を戻った。

 その道すがら、私は生徒会長に一つだけ聞いてみたくなった。今ならいけるかもしれない。


 正直、調子に乗っていた。


「ねぇ、会長は好きな人とかいるんですか?」

「いきなりだな。……好きな人、ねえ。今は特にいないかな」


 無理して笑ったのが私にも分かった。傷ついたようなその表情に私は察する。

 好きな人が、という事だ。そしてそれは間違えなく、私ではない。



 生徒会長の横顔が月明かりに照らされて、その長い黒髪が夜風に靡いた。


「会長、失恋したんですか?」


 私は意地悪く口にした。


「なっ……! …………はぁ、よく分かるな本当」

「乙女ですね」

「荻野目、しばくぞ」


 軽口を叩く生徒会長に私は「はいはい」と適当に相槌を打った。

 そして、会長に見えないように苦く笑う。


 ――私の恋は叶わない。うつもりもない。だけど、せめて特別にはなりたいのだ。少しでも記憶に残りたい。だから、私はこれからも風紀を乱す。

 まぁ、風紀委員なんだけど。

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