第3話 悪いあの人
俺は横断歩道を渡ると、そのまま真っ直ぐ進み、住宅が立ち並ぶ路地に入った。人通りや車も少なく、近くには用水路が引かれてある。
ふと、空を見上げた。まだ6時くらいなので、空は変わらず青白く、雲が少しかかっているくらいだ。ただ、太陽の位置がだいぶ下がってきて、暑さが和らいできた。
また前を向き直すと、突然、どこからともつかない遠くの方から、低く、鈍い音楽が鳴り響いた。どこかで聞いた音楽。音源を確かめるように振り向き、再び空を見上げると、昔の記憶が掘り起こされた。
「6時のチャイムか・・・」
正式な名前は知らないが、俺はそう呼んでいる。よくよく見ると、ここらへんも小学校の登下校の帰り道に雰囲気が似ている。
俺は、チャイムの音が終わるまでその場に立ち尽くし、その懐かしい音色に無意識の内に聞き入っていた。あの日々が蘇っていく。
チャイムの音が終わると、俺は前を向き直ってまた歩きだした。
あの頃は良かった。周りの目なんて気にせず、毎日誰かと一緒にいた。何かわからないけど、とにかくあのチャイムが鳴るまでいろんなことをやった。本当に、今、この瞬間を生きてた。
俺は右に曲がり、もっと細い路地に入った。こっちの方が、僅かだが近道になる。足元を見て歩いていると、手頃な小石が目に映った。
懐かしいな・・・。そういえば、小学校の頃、友達とよく石ころ蹴って帰ったっけ。
右足で、小石をトーキックするように蹴った。小石は、徐々にカーブを描きながら、民家の弊の隅に転がっていった。
そういえば、何であの頃の俺、あんなに気軽に誰とでも仲良く話せたんだろ・・・。
俺は、石ころをつま先で取り出した。その瞬間、思いっきり右足を振り上げ、小石を蹴り上げた。
小石はさっきの比ではないくらいに遠くまで転がっていった。そして、路地を抜けられるところにある排水溝に吸い寄せられるように落ちていった。
「チッ」
俺は大きく舌打ちを打った。排水溝のところまで駆け寄り、中を覗くが、暗闇で何も見えない。辺りを見回し、小石を探すが見あたらなかった。
諦めた俺は路地を抜け、左に曲がった。
そうだ、俺が今、こんなことになったのは、やっぱりあのババアのせいだ。受験に失敗してしまった時に、「あんたには期待しとったけど、もういいわ」とか言いやがって。その言葉を言われた日から、俺は鬱になった。あの糞ジジイもそうだ。自分は関係ないみたいなフリして逃げやがって。そもそもあいつ等が俺を生まなきゃ良かったんだ。ロクに育てられもしねーくせに。一時の快感に身を任せやがったから、俺みたいなやつが出来ちまった。マジで死んでくれ。今すぐ死ね。
俺の心が、少し重くなった。なんだか、みぞおちに何か黒くて重いものが落ちたような気分。
俺はその気分を払おうと、徐々に早歩きになっていった。
俺の住むアパートは、この先の坂を上って右に曲がったところにある。もう少しだ。
俺は体の重い何かを払拭するように大股で坂を駆け上がり、右に曲がると、二階建てのアパートの階段を上った。ここまでくると、心はまだ重いが、弾んでくるような気がしてくる。
俺は二階にやっとの思いで着くと、一番奥の扉まで行き、鍵を開けた。
ドアを開ける瞬間、ふと思い出し、右下にある小皿を見た。その小皿には何も残っていなかった。どうやら、ワンちゃんはきちんと完食してくれたようだ。
ワンちゃんが食べてくれたことに満足したまま、顔をほころばせながらそのままドアをゆっくりあけた。ドアはギーという音を立てて、最後はガチャンと静かに閉まった。
「うお~ほほっほ~帰ってきたぜ!俺の楽園わっしょいわっしょい!」
俺は中に入るとそう叫び、靴を脱ぎ捨てて廊下を滑るように渡った。
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