第2話 嫌がらせと自己中

 あのJKのせいで、緊張して服が汗でびしょ濡れだ。頭から首筋へと汗がツーと垂れていく。少しこそばゆい。


 よくよく思い出したら、あいつたいして可愛くなかったな。あいつなんか襲って捕まらずに済んだわ。もっと真剣に相手を選ばなきゃな。


 汗でびしょ濡れのシャツに風を通し、袖で額の汗を拭った。


 それにしても暑い。まだ6月下旬か7月の頭のはずなのに、セミがジーンジーンと鳴いている。


 信号待ちの自動車から出る排気ガスが、狭い歩道に熱気をムンムンと漂わせていた。


 何度も額の汗を左右交互の袖で拭っていると、地面にできた陽炎の先に、黒いスーツを着たサラリーマン風の男が歩いているのが見えた。


 この5時過ぎという時間にこの格好。ということは、公務員か。へっ国の犬じゃねーか。公僕公僕って我々市民の奴隷に成り下がっている奴には、舌打ちしてやるのが一番だな。


 俺は歩くスピードを速めた。全身から汗が吹き出してくる。


 どんどん距離が縮まり、よく見えるようになってきた。その男は、少し下を向きながら早歩きで歩いている。男は少し顔を上げ俺の存在に気づいたのか、車道側に寄った。


 その瞬間、顔が見えた。端正な顔立ちに、それを隠すかのように髪の毛一本一本が同じ方向に分けられた清潔感のあるヘアスタイル。まさしく、俺のような人間には関わりを持ちようもないよな、イケメンだった。


 俺は、瞬時にまた俯く。その男をちら見しながら、俺は淡々と足を運んでいった。


 すれ違う瞬間、俺は体を車道側に寄せ、ワザとその男と肩をぶつけた。


「あっすっすいません」


 男がこっちを向いて言った。


 そして、俺はカラカラに乾いた口の中にあるなけなしの唾を一心に舌に乗せ、その音を放った。


「チッ」


 俺は振り向かずにそのまま早歩きで進んでいく。頭の中で男がショックしている光景が思い浮かび、思わず口元がほころぶ。


 いや~スカッとしたな。お前らみたいな犬が仕えている市民はお前らに感謝なんかしてねーんだよ。俺様があいつに心の傷を負わせてやったぜ!もうこりゃあ正義のヒーローだな。名付けて、「正義のヒーローシコシコマン」だな。


 俺は後ろを振り向き、男の姿が見えなくなったのを確認すると足を緩めた。


 結構緊張したのか、握りしめた拳には、汗が充満している。


 それにしてもあの犬もさっきのJKも、絶対俺の顔を見て「キモ」とか「ブッス」とか思いやがった。絶対そうだ。俺にはわかる。あいつら、俺をゴミを見るような目で見やがった。そうだ。絶対にそうだ。どうせあのJK、Twitterとかで「なんかキモイ奴があたしのことジロジロ見てきたんだけど~www.」とか呟いてんだろ。あいつらも生まれたときから強者だ。俺みたいな弱者の気持ちは分からねえ。お前らが心の中で笑うだけでもどれだけ傷ついてんのか分からんのか?俺とお前らの体を交換しろ。


 だんだんと道が広くなってきた。左側の民家がある方に体を寄せて歩いていくと、横断歩道があった。赤信号で、車が激しく往来しているその先に、「ラーメン王」と大きく看板を提げている赤を基調とした大きいラーメン屋の建物がある。車が駐車場に何台も止まっており、子連れの家族がちょうど中に入っていく。どうやら、かなり人気があるようだ。


 俺は作るのが面倒臭いので、今日の晩飯をここと決めた。自転車に乗ったおばさんと間を開け、信号が青になるのを待つ。


 車が目の前を通り過ぎるのをぼーっと眺めていると、ふと思い出し、軽いバッグを提げて中から財布を取り出した。


 急いで二つ折りの財布の中を見るが、札は無い。左側のポケットに手を突っ込むと、ジャッと音を立てた。小銭がある。手を奥まで突っ込み、根こそぎ取り出して何円あるかを確認。


 ・・・426円しかねえ。くっそーあっちのババアから金もらうの忘れてた。ラーメン行ってもラーメン食えねぇ。


 財布をバッグに投げ入れると、小銭を握りしめたままバッグを背負い直し、再び歩き出した。


 あっ!そうだ!この先にたしかコンビニがあったじゃねえか。そこ行こう!クーラーも効いてるし、いつまでもいれるな・・・。


 俺は、何故か無意識に走り出す。30秒ほど走ると、十字に分かれた大きい交差点に出た。目の前の横断歩道の先にローソンが見える。俺は信号が青になった瞬間、クーラーを求めて走り出した。


 ローソンに入ると、「いらっしゃいませ~」と髪を後ろに束ねた女性の店員がおでんを揃えながら適当に甲高い声で言った。


 中にはクーラーがガンガンに効いており、少し寒いくらい


 俺はそのまま店員の横を通り過ぎ、おにぎりコーナーへと到着。家には飲み物があるので、ペットボトルは買わないつもりだ。


 おにぎりを買おうかと適当に見繕うが、金には限りがある。最高でも、100円の塩むすびが4つしか買えない。ほかの具が入ったおにぎりなら、尚更買える数が限られてくる。


 うーんと悩んでいると、横に一品ものの丼コーナーが視界に入った。こっちもいいな・・・と足を横にずらし、眼に飛び込んできたカツ丼を手に取る。


 今日はガッツリ食いたいからなー。これにするか。値段もギリOKだし。


 そのままカツ丼をレジに持って行った。すると、レジにいたのはさっきのおでんを揃えていた女性の店員だ。正面をきって見てみると、なかなか可愛い。


 カツ丼を台の上に置くと、女性の店員が手際よくバーコードを読み取る。


「お会計425円になりまーす。温めはどういたしましょうか?」


 不意の質問に、面食らって少し慌てふためいた。


「えっっ!あ・・・あの・・・」


 店員の手が止まり、こちらを見てくる。真顔で見られると、「早くしろよ」とか思われているような気がしてしまう。


「い・・・いいいいいいいいです!」


 言ってしまった。


「分かりました」


 店員はそう言うと、下からレジ袋を取り出して、カツ丼を入れ始めた。


 俺はしばらくその光景を見ていたが、レジ袋がこすれる音を聞き、正気に戻ったようにポケットから小銭を取り出す。台の上に置くと、ジャリリリンという音を奏でた。


「えっと・・・426円・・・・ですね。一円、返させて頂きますね。」


 そう言うと、店員は素早くレジを打ち、レシートを切って俺に一円と共に渡した。俺は呆然と手を出し、それを受け取る。


「商品になります」


 店員が持ち手の部分をくるくると巻いて俺に渡してきた。俺は店員の肌に触れないように少し慎重にでも素早く持つ。言葉が出かけたが、俺は口をつぐみ、そのままコンビニを出て行った。


「ありがとうございました~」


 交差点の信号を待っている間、俺の脳内では店員の甲高い声が鳴り響いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る