第34話 人形兵士



 信じられない? でも、それが現実。




「リリシとラージュから離れて下がる事を要求する。拒否した場合、攻撃態勢に移行する」

 ユリアンは、自分に向けられている銃口を不可解そうな目で見つめる。

「その武器、『銃』でしょう? 内部で火薬の爆発を起こして弾丸を発射する、国軍の新型兵器。まだ軍の中でも一部でしか使われていないもののはず……なぜそれが、こんな所に」

 ユリアンの問い掛けに、少年は眉一つ動かさず答えた。

「軍での使用は、おれの記録には存在していない。おれはただ、自分の記録に存在していたモノを再構築しただけだ」

「記録だかなんだか知りませんが、要は自分で作ったという事ですね?」

「一致している」

 妙な言葉遣いで喋っている間も、少年の唇と顎以外のパーツはぴくりともしない。レイリには、得体の知れない相手にユリアンも若干戸惑っているように見えた。

「ゼ、ゼナヒ! ちょっと待てよ!」

 ラージュが声をあげ、どうやらゼナヒという名らしい少年に駆け寄る。

「こいつらは悪い人間じゃないんだ! 俺が財布を盗んで、それで……ああもう! とにかくそのおっかねぇモンを下ろせ!」

 銃を握った右手を押さえられ、初めてゼナヒは少し眉をひそめた。

「しかし、おれはリリシを守らなければならない」

「だから、こいつらはただの旅人だし、リリシとは関係無いんだってば、この石頭! ほら、しまえって!」

「彼らが、リリシに危害を加えないという確証が無い」

「ええよ、ゼナヒ。下ろしたって」

 そう言われて、ゼナヒはリリシのほうに顔を向けた。少し考え込むような素振りを見せてから、ようやく腕を下ろす。しかし、相変わらずその手に握られた銃の引き金には、指が掛けられたままだった。ユリアンも、身構えたまま体勢を崩さない。

「ラージュが、財布を盗んだと」

「そうだよ。盗む相手を見誤った、俺のミスだ」

「その報復に来た可能性は、見過ごせない」

「そりゃまあ、そうだけど……」

「それに」

 ゼナヒは、再び腕を上げてユリアンに銃口を向けた。

「あの黒髪の女性は危険だと分析する。リリシの安全を確保するまで、警戒を続ける必要が――」

「だから、やめろってば!」

 ラージュが再びその腕に手を掛け、ゼナヒがラージュに視線を移した、その瞬間。

 ユリアンの身体が一気に沈み込み、一瞬で距離を詰める。下方から振り上げられた杖が、ゼナヒの手首を強かに打ち据えて跳ね上げた。

 ダァン、と大きな音が響く。

 衝撃でゼナヒの手から離れた銃が、くるくると舞い上がってレイリの足元に落ちた。銃弾が当たったと思しき廃屋の天井から、パラパラと埃が落ちる。

「ッ……!」

 初めて少しだけ驚いたように目を見開いたゼナヒだったが、すぐに身構えて目の前のユリアンに応戦しようとする。巻き添えにならないようラージュを突き飛ばしたものの、その隙を突いて杖が襲いかかった。顔面を狙った一撃を腕で庇うが、続く突きが綺麗に鳩尾に叩き込まれる。

 衝撃でよろめいたゼナヒの足を払い、仰向けに倒れた彼の喉元に杖の石突を突き付けて、ユリアンはぴたりと動きを止めた。

「貴方、は……その眼は、一体……?」

「……」

 ユリアンの声に、驚きの色が混じる。

 黙り込んだゼナヒの、顔の右半分を隠していた前髪が捲れている。

 灼けた鉄の色をした右目の周りは、破れたかのように皮膚が無く――その下には、銀色の金属が剥き出しになっていた。




「人形、兵士?」

 聞き慣れない言葉に、レイリは思わず聞き返した。

「そうだ。おれは人間ではない。人の手で作られた、自律型の兵器だ」

 ユリアンから解放されたゼナヒは、相変わらず抑揚のない声でそう返す。

「街外れの砂漠の遺跡で、金目のものを探してる途中で偶然見つけたんだ。放っておくわけにもいかなくて、連れて帰ってきたんだけど……」

 ラージュは、肩をすくめる。

「リリシに会った途端に、この調子でさ。なんでか知らないけど、リリシを守ることにやけにこだわるんだ」

 レイリ達は、廃屋の中に積まれた木材に腰かけて、ラージュ達の話を聞いていた。ゼナヒも、レイリ達がリリシに危害を加えるつもりは無い事に一応は納得したようで、木箱に座ったリリシの隣に大人しく立っている。

 元々倉庫だったと思しき廃屋は、広々とした空間のそこかしこに古い木箱や木材が積まれている。所々に穴の開いた天井からは、帯のような光が差し込んでいた。

「人形、ねえ……そんな風には見えないけど、その顔っていうか、中身? は、確かに人じゃないもんねえ」

 シエラの言葉に頷いて、レイリはゼナヒに視線を戻した。

「砂漠の遺跡がまだ街だった頃、今より遥かに優れた技術が発達していたと聞きます。その遺物、という事でしょうか……」

「おそらく、彼女の言う通りだろう。おれは今から数百年前に作られ、長い間遺跡となった街に放棄されていた」

「因みに言っておくと、僕は男ですよ」

 ニコリ、と邪悪な笑みを浮かべたユリアンを見てラージュは驚いた顔をしたが、ゼナヒは無表情のまま「情報を更新する」とだけ呟いた。

「にしても」

 やりづらそうな表情で、ユリアンはラージュに視線を移す。

「砂漠の遺跡には、軍の調査以外にも金目のものを探す輩が出入りしていると聞きますが……貴方のような子供が、よくそんな場所に行きましたね。相応に危険が伴う場所でしょう」

「まあ、な。狭いところの調査なんかは、体が小さい俺のほうがやりやすいし、そこそこの金は手に入ってる。今は、ゼナヒと一緒に行ったりもするけどな」

「危ない仕事やし、やめたほうがええってうちは思ってるんやけどね?」

 リリシの言葉に、ラージュは顔をしかめた。

「俺だって、もう子供じゃない。一人の男として、きちんと金を稼ぐには、相応のリスクは覚悟しなきゃ。リリシの事もあるし、他の皆だって……」

「なるほど」

 ユリアンの視線が、ひたり、とラージュを射抜いた。

「先程から、周囲に複数の人間の気配が有ります。まだ仲間が居て、僕達を監視しているという事ですね?」

「え……?」

 レイリは辺りを見回したが、それらしい人影は確認できない。しまった、という顔で唇を噛んだラージュは、ややあって声を絞り出した。

「……ごめん。出てきてくれ、皆」

 複数の人間の、足音が響く。 あちこちの物陰から出てきたのは、ラージュやリリシと変わらないくらいの年頃の子供たちだった。一様に貧しい身なりで、鋭い目つきをしている。

「そんな事だろうとは思っていましたが……あなた達、身寄りのない子供が集まって徒党を組んでいる、と。そういう訳ですね?」

「まあ、そんな所だ。生きていくためには協力していくしかないし、スリだってする。……頼む、軍には通報しないでくれ。虫の良い話だってのは分かってるけど、それでも。この通りだ」

 深々と、ラージュは頭を下げた。

「レイリさん、どうします?」

 突然ユリアンに話を振られて、レイリは面食らう。

「え、あたし?」

「財布を盗まれたのは、レイリさんですから。許すも許さないも、レイリさんが決めるべきだと思います」

「そうだね~、あたしもそれに賛成」

 シエラの同意を受けて、レイリは改めてリリシとラージュを交互に見た。少しだけ迷って、口を開く。

「うん、軍には通報しない。あたし、別に怒ってる訳じゃないし……返してもらえたから、それでいいよ」

 それを聞いたラージュは、顔を上げてほっと息をついた。

「ありがとう。恩に着る」

「ま、レイリならそう言うと思ったよ。でも……」

 シエラは、しげしげとラージュを観察する。

「あんた、見た目の割に随分ませてるっていうか、大人びてない? 歳幾つなの?」

 ラージュだけでなく、リリシや他の子供たちまでもが、痛い所を突かれた、という顔をした。

「……あんた達には、幾つに見える?」

 渋面を作ってそう言ったラージュを、レイリは改めて眺めた。

「十一とか、十二とか、そのくらいかなあ?」

「うん、あたしもそう思うわ」

 レイリとシエラの言葉に、ラージュはさらに渋い顔になった。ちらりとリリシと、その隣に立っているゼナヒに視線を移してから、再びレイリ達のほうに視線を戻す。

「ゼナヒの事を知られちまったし、見逃してもらった恩がある以上、正直に話す。……俺は、もうすぐ二十歳になる。リリシは十七、他の皆も同じくらいの年齢だ」

「……え?」 

 言われた事を心中で反芻して、レイリは驚きの声を上げた。

「ちょっと待って、年上? とてもじゃないけど、そんな風には……」

「信じられないだろうけど、本当だ」

 腕組みしてそう言ってのけたラージュは、やはり子供にしか見えない。しかし、その態度や言動が、妙に大人びているのも事実だった。

「えっと……理由とか、聞いていいのかな」

「ま、そうなるよな」

 ラージュは、溜息を一つついた。

「俺達は元々、奴隷だったんだ。親を亡くして人身売買組織に捕まって、どっかの金持ちに売り払われる、はずだった。でも、組織が妙な真似をしやがったのさ」

「妙な真似?」

「子供の奴隷は、金持ちの変態に買われるのが珍しくない。つまり、年を取らない子供には一定の需要がある。そこで……どこぞの錬金術師が作った年を取らなくなる薬を、無理矢理投与されたんだ。まだ開発段階で人間に投与した例が無かったから、錬金術師のほうも実験ついでに快く応じたらしい。奴隷なら、副作用で死んでも後腐れが無いしな」

 吐き捨てるようにそう言ったラージュは、ちらりとリリシに目をやった。

「実際、何人かは体が耐えられなくて死んだ。その後、俺達は隙をついて組織から逃げ出して、あちこち転々とした後にここに居着いた。薬を投与されて生き残ったのは、今ここに居る全員と……リリシの兄貴だ。俺達が逃げる直前に売られちまって、一人だけ行方がわからない」

「年を取らない薬、って……」

 あまりに荒唐無稽な話に呆気に取られていたレイリとシエラだったが、その横でユリアンは顎に細い指を当てて考え込んだ。

「なるほど。魔術師や錬金術師達の中には、大真面目に不老不死を求めて研究をしている人達も居ますしね。絵空事かと思っていましたが、そこまで研究を進めた者が出始めた、と」

「……信じてくれるのか」

「まあ、あり得なくはないと思いますね。実際、技術的にそんな事が可能なのかはさて置き。……幾人かは死んだと言ってましたが、貴方達に副作用は無いのですか?」

 ラージュは、床に目を落とした。

「有るよ。……いや、最初は平気だったんだ。でも、徐々に皆の視力が落ち始めて……俺は平気なほうなんだが、リリシはもうほとんど見えてない。このまま放っておいたら、完全に見えなくなるのも時間の問題で……医者に診せるのにも、金がかかるし」

「それで、スリに手を染めている、と」

「まあな」

 きまりが悪そうにそう言ったラージュのほうに顔を向けてから、リリシはレイリ達のほうを向いた。

「うちやってそのくらい、自分でどうにかするって言ってるんやけどね? ラージュも皆も、それやと間に合わないって聞かへんの」

「リリシさんは、どうやってお金を?」

「人が多い所に出て、箱を置いて歌を歌うん。意外と皆、お金入れてくれはるよ」

「ああ……うちの師匠と同じような。そうですね、そこそこの稼ぎにはなる」

「ゼナヒも人間のふりして働いたりしてるおかげで、何とか生活は出来てるし……あと少しで、リリシを医者に診せられるはずなんだ」

「……そう、ですか」

 少し考え込んで、ユリアンは顔を上げた。

「幸い、今の僕達は資金的に余裕が有る。その上で……ゼナヒさんを、僕達が雇うというのはどうでしょう」

「ゼナヒを?」

「ええ。僕達は、砂漠の遺跡を目指します。その案内役を、彼に頼みたいのです。土地勘は有るし、有事の際には戦える。申し分無いと思います」

 砂漠の遺跡に? とレイリは首を傾げたが、ユリアンは真っ直ぐにゼナヒを見つめていた。その視線を受け止めて、ゼナヒは無表情に立っている。ややあって、彼は口を開いた。

「……リリシには、金銭が必要だ。取り引きに応じるメリットは有ると判断するが、リリシはどう考える」

 リリシは、ゼナヒのほうに顔を向けて微笑んだ。

「ええよ。遺跡に行くのも危ないけど、人から盗むよりは、ちゃんと働いて貰うお金のほうがずっとええ。気ぃ付けて行っておいで」

「了解した」

 ゼナヒは、リリシに向けていた視線をユリアンに戻す。

「取り引きを承諾する。いつ出発する」

「明日の朝、早めに落ち合って、日が高くなる前に遺跡に到着する予定でどうでしょう」

「問題無い」

 ゼナヒと細かい打ち合わせをしたのち、レイリ達は廃屋を後にした。

「砂漠の遺跡に……って、どういう事なの?」

 歩きながら、レイリはユリアンに尋ねる。

「ええ。その辺りは、後程説明します。今はとりあえず……」

 ユリアンは振り返って、微笑んだ。

「今夜泊まる宿を、探しましょう」



第35話に続く――


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る