第11話 意志


 変わるもの、変われないもの。



 まばゆい白い光が路地に溢れ、そして消えた。

「うわっ」

 少し離れていたとはいえ、正面から光を食らう形になったクライドが思わず目を押さえる。使い魔と睨み合っていたマヤリは無事、そして――

「きゅう……きゅうぅ……」

 犬のような使い魔は、明らかに先程より弱っていた。光が苦手という話は本当だったようで、ぺたんと地面に倒れ込んで(?)いる。少々可哀想な気もするが、やる事はやらねばならない。

「マヤリさん!」

「は、はい!」

 息を大きく吸って、マヤリは呪文を唱え始める。先程レイリが唱えたものとは比べ物にならない、長い詠唱だった。

 その間、使い魔は抵抗しようとしているのか、マヤリを見上げて何度か短い脚で立ち上がろうとしていた。詠唱が終わっても屈した様子は無かったが、明らかに先程よりも動きが鈍くなっている。

「だめよ。ちゃんと、私の言う事を聞いて」

「きゅうぅ……!」

「……言う事を、聞きなさい!」

 マヤリのものとは思えない、凛とした声が響いた。

 一人と一匹の視線が、交錯する。

 その、見えない攻防がしばらく続いた中で、勝負は決まった。

「きゅう……」

 ついにマヤリに気圧されたのか、使い魔は抵抗を止める。服従の証か、地面に伏せてマヤリを見上げる姿からは、先程の殺気は感じられない。

「……勝負あり、ですね」

 呟いたユリアンの声に、マヤリは深く息をついて、顔を上げた。

「はい。……ほら、おいで」

 伸ばした腕にぴょんと飛びついた使い魔を抱きかかえ、マヤリはレイリとユリアンのほうを振り返る。

「本当にありがとうございます、何とお礼を……」

 そこまで言って、マヤリは顔を赤らめた。

「あ、あの」

「え?」

「その……手が……」

 目を落とすと、剣を握り締めたレイリの手を包むように、ユリアンの手が添えられたままになっている。

「うわわっ!?」

「……っと、すみません」

 二人は慌てて手を引っ込めた。ランプを持って歩いてきたクライドは、何故かニヤニヤしている。レイリは少々の気まずさを隠すように、ランプの光の中で改めて剣を眺めた。

「本当に光ったんだね、これ」

「え、僕が嘘ついてるとでも思ってたんですか?」

「えっと……半信半疑、みたいな?」

「まあ、正直僕も、レイリさんが成功するのは五分五分くらいかなとは思っていました。いざとなったら、僕が剣を使えば良いかな、なんて考えていたので」

「あんたねえ……」

 言いかけたレイリを遮って、ユリアンは袖口で口元を押さえる。ゴホゴホと何度か咳き込んで、彼は再び顔を上げた。

「……失礼しました」

「大丈夫?」

「ええ、大したことはありません。少し、埃か何か吸い込んでしまったようで」

「そっか」

 頷いて剣を鞘に収め、レイリはマヤリのほうを振り返った。クライドにも何度も頭を下げている彼女の肩に、ぽんと手を置く。

「お疲れ様。今日は、ゆっくり休んだほうがいいよ」

「は、はい、そうします……」

「んー……俺らも明日早いし、そろそろ撤収するか」

 軽く伸びをしたクライドを見上げ、ユリアンも頷く。

「はい。……ではマヤリさん、おやすみなさい」

「お、おやすみなさい! 今日は本当に、ありがとうございました!」

「おやすみー」

 マヤリの腕の中で、使い魔が「きゅう!」と鳴いた。




 早朝、隊商は宿屋の前で、荷物の最終確認を行っていた。それを待っていたレイリの耳に、ぱたぱたと石畳を走る音が聞こえてくる。

「レイリさん、ユリアンさん!」

 朝日に照らされた、まだ静かな街の中を、紙袋を抱えたマヤリが走ってくる。その後ろを、黒い使い魔は短い脚でとてとてと走ってついて回っていた。どうやら日影を選んで走っているようで、影から影へとぴょんぴょん飛ぶような動きをしている。

「おはようございます!」

「おはよう、マヤリ! もしかして、わざわざ見送りに来てくれたの?」

「は、はい……どうしても、これを渡したくて!」

 差し出された紙袋を受け取ると、ほのかに甘い匂いが鼻をくすぐる。中を見てみると、クッキーのような焼き菓子が沢山入れられていた。

「あの、私! 何の取り柄も無くて、何やらせても駄目なんて言ってしまったけど……お料理は、いつか兄に食べてもらえるように頑張って練習したんです! だから、せっかくだし皆さんで食べてもらえればと思って……お、お口に合えばいいんですが!」

 レイリの横から紙袋を覗き込んだユリアンは、少しだけ口元を綻ばせた。

「私、頑張って変わろうって、そう決めたんです。だから、きっかけをくれた皆さんに、せめてお礼がしたくて……こんな事しか出来ないけど、これが私の気持ちです!」

「うん……うん! ありがとう! 大事に食べるね!」

 パッと笑ったレイリにつられるように、マヤリも微笑む。そんな彼女達を、馬のいななきが現実に引き戻した。

 出発の時間、だった。

 荷馬車の後ろに乗ったレイリ達に、マヤリは大きく手を振る。その姿が見えなくなるまで手を振り返して、レイリはユリアンの隣に座り直した。

「やけに大人しいね。どしたの?」

「いえ……うーん」

 歯切れの悪い返答を返し、ユリアンは抱えた杖を指先でなぞる。

「なんというか……レイリさんもマヤリさんも、眩しいなと、そう思っただけです」

「なーにオッサンみたいな事言ってんだお前は」

 横で聞いていたクライドはそう茶化して、レイリの膝に乗せられた紙袋を取り上げた。

「せっかくだし、いくらか頂くとしようぜ」

「早っ!?」

「早く食ったほうが旨いだろ?」

「まあ……確かに」

 三人は袋を回してそれぞれに焼き菓子を手に取り、口に入れる。砂糖で煮た果物が入っているようで、甘酸っぱい味がした。

「わ、おいしい!」

「おお、旨いな。俺の幼馴染も料理は上手いけど、マヤリもなかなか」

「え、幼馴染? 初耳!」

「あー、まあ……幼馴染っつーか同居人っつーか……ん? どうした?」

 言葉を濁したクライドは、誤魔化すようにユリアンを見やった。無言でレイリが抱えた紙袋を見つめていたユリアンは、はっと顔を上げる。

「あ、あの、ええと……その、実は僕、甘い物が好きで……」

「へーえ……」

 レイリとクライドは、顔を見合せて吹き出した。

「そーかそーかぁ、冷酷非情の魔術師サマにも、可愛いとこあるじゃねえか」

「え、今まで僕の事何だと思って……」

「いや……なんていうか、人間離れした何かっていうか?」

「レイリさんまで!?」

 賑やかな笑い声を乗せて、隊商の荷馬車は都を目指して進んでいった。




第12話に続く――

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