最強の敵と変態の嫁
「ヴェース本部長、アマリリス、ジョーンズワート、ドッグウッドの信号消失。敵、リべーレーター2の迎撃に失敗しました」
真っ暗闇の海沿いにそびえ立つヨコスカエリア本部、60階建てのこの大きなビルには、8000人の職員がマザーの統治下で働いている。
エリア全体の管理、そして侵入者への対策を施され、多数のカメラと各種センサー、そして対空武装と対潜水・海上防御能力を持つ絶壁の要塞だ。
地下にはエリアの各地へと繋がるループチューブが張り巡らされているが、数々のトラップにより容易には侵入出来ない…………ハズだった。
「――――おかしい、何故ここまで容易く侵入された? こんな事がある筈が……」
「リベレーター1との交戦状況報告、全一般戦闘職員の43%を失い尚も交戦中、ヒソップ、ユーパトリム、シルバーグラス、サントリナ、グラジオラス、シレネとの連絡途絶しました」
オペレーターの報告に、ヴェースは俯きざるを得ない。マザーからの指令は迎撃せよの一言のみ。以前よりこのヨコハマ・ヨコスカエリアに侵入していたリベレーター1、ヴェルトメテオールへの対策は万全だったはずだ。
適切な能力者、速度に対応する索敵、そして暴走時の包囲網。
ヴェルトメテオールは今の今まで反乱の素振りも見せず、ただ何かを収集していただけだったハズだ。彼は考える。何かが、何かが足りない。奴に対処するハズだった何かが…………。
「――――たった一人のリベレーターでこのダメージか。なぜ今更になって奴は侵攻を始めた? 対策は取っていたはずだ。ここまで後手に回るとは……」
「リベレーター1の索敵、及び位置予測が追いつきません。あの速度を捉える事は、我々の持つ動体感知センサーでは不可能ですよ。部長」
「索敵が出来ないだと? 今まで出来ていたものが何故今更出来ないんだ? いきなり戦力を失った訳でもあるまいに」
ビルの55階にある指令センターで、ヴェースは落ち着きなく歩き回る。オペレーターの五人がモニターと各種レーダーに集中してはいるが、その声は不安に包まれている。
マザーが対策を怠るはずがない、しかし明らかに何かが抜け落ちていると、誰もが考え始めたているのだ。このまま戦力を失い続ければ、コントローラーズの基盤すらも失いかねない。そんな失策をマザーが犯すとは思えない。だが…………。
「何が抜けている? 索敵が…………索敵能力者? 誰かが…………」
彼の脳裏に、アネモネと組んで敵を偵察していたボヤけた影が映り込む。そう、黒髪の、黒髪の女性。
――――名前は、名前は確か。
「アン……グレカム? 」
その瞬間、戦況を映し出していた大型モニターに、一筋の線が映り込む。
「何だ? 今何が写りこんだ? 」
「不明、いやこの波形は、ウォッシュメントの…………ああっ!音がっ!本部長観ないでくだっ……」
《眠りなさい、子供達。そしてまた会いましょう? 》
司令室にいた人間達の耳元に、今まで聞いたことの無いような美しい音色が囁かれる。ヴェースはただ直立し、モニターを見続ける。オペレーター達も同様に、ただ、モニターの波形を見続けている。
「「「…………」」」
「うん? あ、そうか、そうだ。今の戦況は……?
いや、本部への侵入者はどうなっている!」
「あっ、あっはい、現在、先程とは違う場所に転移しました。原因は不明ですが、マザーの予測では、何かしらのステルスか転移能力者がいる、またはその両方である可能性があるとの事です」
ヴェースはもう、迷う事は無いだろう。
オペレーター達も同様に、新たな指令を遂行するのみ。
「マザーが言うならば間違いはないだろう、我々はマザーの命令に従うのみだ。必要なのは時間だ。マスドライバーを死守せよ」
オペレーターは、先程脳に書き込まれた指令を遂行する。それは自然に、そして違和感すら感じること無く、命令を遂行する。
「リベレーター1、司令室に接近。このままでは最上階のマザールームに到達します」
「マザーの脱出プロセスはどうか? 」
「マザーの転送システム、オールグリーン」
ヴェース本部長をはじめとして、コントローラーズのメンバーはマザーを人間の集団だと思わされている。だが実際にはAI「ネイト」の量子コンピューターが最上階に鎮座しているだけだ。
しかし、彼らはそれを実際に目にしても、それがAIだとは認識できない。AIは敵だと言うことを理解しているにも関わらずだ。
ヴェースは落ち着いた様子で腕を後ろに組み、オペレーターに向かって指令を出す。
「よし、プロトコル1を発令する」
「了解。プロトコル1を発令します。ヴェース本部長、通達をお願いします」
プロトコル1、それは最も危険な能力者の投入を意味する。
リベレーターの保有する上級戦闘職員は、戦闘能力と能力の利便性により、研修生、C、B、A、Sクラスに別れている。しかしその能力を遥かに上回る、制御不能の能力者が存在する。
《コントローラーズ各職員に通達。プロトコル1を発令。リベレーター1、2への対策として、特Sクラス職員を投入する。各自防衛せよ》
ヴェースは全職員に指令を通達し、司令室のコンソールに認証コードを打ち込む。
特Sクラス職員は能力を秘匿され、上級職員ですら、その能力を知るものはいないのだ。
「通達完了、これより司令室を装甲化します。保存カプセルを解放、特Sクラス職員を投入します」
司令室はありとあらゆる攻撃を想定した装甲とオムニシールドを展開する。しかし、本来のヴェースであれば確実にこの程度のシールドで安心するはずはないだろう。
こんなもの、実際は無意味なのだから。
そうして、本部地下深くに存在するコールドスリープカプセルは開かれ、即座に目的地へと特Sクラス職員を送り込む。
本部に一人を残して。
黄色いスーツを輝かせ、その女性は波形が示されているモニターを覗き込む。
「マザーからの指令を受諾、本部での戦闘に介入します」
『魔力解放、ハマメリス! 』
◇◇◇
緑の流星が、数多の光を避けながら街をひた走る。
普通の人間であれば、その姿は一筋の閃光にしか見えないだろうが、それは特殊能力を持った上級職員でも同じ事だ。
ヴェルトメテオール、以下ヴェルトは、走りながら、1000人を越す一般戦闘職員の放つパルスライフル連射を容易く回避、両手を広げて、左右の人差し指をくるりと回し、真空を作り出してカマイタチを引き起こし、雑兵を一気に壊滅させる。
彼の能力は加速フィールドの形成。
恐るべき身体能力を持つリべレーターの肉体を駆使して走り抜け、時には部分的な加速も行う。
加速フィールドの形成は、原理的に言うとヒタチの乗っていたワープ艦『イナ』に近いものだ。それを生身で行うのが彼、ヴェルトである。
「たまには、当たりに行っても面白いけど、変なのが混じってればヤバいしね。俺、この戦いから帰ったらエロ本観るんだ……」
加速する彼の眼前に、青い光が煌めいた。ヴェルトは反射的にステップを踏んで回避し、そのその光線を首を曲げて追いかける。
閃光の走った場所の様子がおかしいのだ。空気の流れ、パルスライフルの光弾、そして自らの加速フィールドの一部が明らかに鈍化している事を目にした為だ。
「来たねぇぇ!我が妃ぃぃいい!ユーパトリムキュゥゥゥウン! 」
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