伝説のフォームと水龍の力

 声が、聴こえる。

 俺に命令してくる声、逆らえない声。


 《殺せ! 殺しなさい!》


 声が、聴こえる。

 困惑して、俺に必死に訴えかけるような声。


 《ダンナ様! やめて下さい!》

 《ヒタチ! アナタは操られています! 》


 意識が遠のいて行く。止まりたくても止まれない。身体が勝手に動くんだ。


 接近する音響剣を鉾でいなし、そのスキをついて音辻を壁際まで蹴り飛ばす。


「不味いですなぁ!先日よりも明らかに動きに無駄がない!何故こうも突然ッ!」


 俺は、ペイグマリオンに向かって鉾で突貫し、紅いフィールドを変換して食い破る。

 ダイゴのフェイズライフル連射を跳ね除け、カシマの光子クナイを空中で掴んで投げ返す。


 そうか、コイツは俺がアムトリスの圧縮時間で修行を受けた事を知らないのか。もう怖さは無い。色の無い、無限のような時間の中でひたすらオッサンと戦った記憶、それが俺を前に進ませる。


 シャリエが肩を抑えながら、パルス弾を四方八方に連射する。周囲の壁を反射し、時間差で音辻へとパルス弾が襲いかかる。


 反射する角度を計算してオールレンジ攻撃を仕掛けたのか、それとも反射する場所を探知して発砲したのか。そんな能力の使い方が出来るんだな。


 ――――よし、好都合だ。これで一人潰せるしな。


音辻は音響シールドで正面からの一発目をかき消し、足元からのパルス弾を剣で防御、左右からの弾を踊るようにクルリと回転して躱す。しかし、頭上からの弾丸が…………


 気が付くと走り出して音辻エリナの前に立ち、パルス弾を鉾で弾き飛ばしていた。


 《何してんの!やれ!集中しろメロン槍!本気を出せ、大量破壊だ!》《全員、最大規模の攻撃だ!殺せ!》


 遠い意識の中で聴こえる声。メロン…………槍? メロン、メロン……?


 その時、鈴のような音が鳴り響く部屋の中で、突然それの上を行く高音が頭に鳴り響き、俺は後ろからの衝撃波により遠くへと弾き飛ばされ、そして頭を抱える。


「がぁぁああああッッ!」


 足元から崩れ落ちるように姿勢を崩す。バランスが取れない。これは……ペイグマリオンに放った音響爆撃か!マトモに喰らえば殺られる!音響防御は俺一人じゃ防げない!


 最大規模の攻撃。牛久の力、巨大な牛久大仏の力はまだこの世界では使えない。可能性の力が足りていないからだ。


 高音の中で目を閉じ、集中する。自身の能力を頭の中でのぞき込み、圧倒的な破壊をイメージする。頭の中のアーカイブのような場所から力の使い方を探し出す。そこから引き出せるのは…………。


『龍』


「こいよぉぉおおおおおお!!!」


 周囲に力場が形成され、そこには巨大な質量を持つ水の龍が作り出される。


 水龍は俺の周囲を回りながら、勢いを増していく。水流はいくらでも……増やせる、いくらでも…………。


 クソが!なんて音だ!頭が割れそうだ!

 反響する音によって、意識が遠くから引き戻される。

 ハッキリと、大きな力を感じる。

 巨大な、水の力を。


「ダンナ様!やめて下さい!ダンナ様!」


「うぇ?カシマ? 俺は今まで何を…………おわ!何だこの龍! 」


 いや、俺が出した、そうだ、俺が出したんだよな。

 手の甲に龍の字が浮かんでいる。龍、龍ケ崎の力か。


 感じる。圧倒的な破壊を。


 そして感じる。益々上がっている音圧を。

 これ食らったら不味い、多分音響シールドでも防ぎきれない。


「だんな様!気が付きましたか!? この部屋は私達の攻撃では破壊できません! 何とかなりませんか!」


「マドモワゼル、アナタは私が護ります」


「…………どうも」


「その、私は?」


「頑張りたまえ、ダイゴ君」


「人形の第二弾が」 「私の後ろに立ちたまえ」「Y」


「何コントやってんだ!行くぞ!」


 水龍は回転しながら水圧を増し、壁に向かって超高速で突撃し、壁を発砲スチロールのように容易く貫通する。

 そのまま勢いを維持しつつ分裂し、部屋の外壁を破壊し尽くす。

 守谷の力でMadman'sを守りながら、水龍を暴れさせる。


 崩れた部屋の外には、赤、緑、黄色のラインが入ったスーツを着込む3人のコントローラーズがいた。


「私から離れるな!コイツはまずいぞぉ!」


 銀髪の女性が槍を回転させつつ何かの力場を形成し、水龍から二人を守っている。

 しかし水龍は弾かれる度に分散し、勢いと貫通力を増していく。


 《計測完了。予測ではあと一回の反射で相手の能力を貫通します。致死的な攻撃です》


 ダイゴの測定だ。頼りになる!


「反射しきれない!なんだコイツ!っていうかお前ら暗示切れてるじゃないか!」


「無理だ!」「集中出来ません!」


 《あ〜やっと通った。さぁ集中して。その子はとても自由に動けるの。大きくも、小さくも、そしてどこまでも》


 アムトリスの声だ。凄く久々に聴いた気がする。


 このままじゃ殺してしまう。彼らは上級職員、つまり洗脳は解ける。とっ捕まえてやろう。


 能力を調節し、水龍の規模を大きくする。

 先程から見るに、多分あの銀髪の槍使いの能力は反射だ。だが、こいつはどうかな!


 質量を大幅に増加させ、水龍は3人に衝突、そのまま溺れさせるように水の範囲を広げていく。コイツはエグイな、反射しても意味が無い。自分で言うのもなんだけど。


「ごばばばばばばぼぼぼぼ…………ごぼッ……」


 《意識喪失まで、5、4、3、2、1解除してください》


 膨大なサイズに膨らんだ水龍を操作し、3人を巻き込んだまま空中を泳がせ、下に形成した古河の空間へと放り込む。


 《こちらアムトリス〜あとはおまかせアレ〜》


 空間を閉じ、対処完了だ。


 ◇◇◇


 重症を負ったシャリエさんを運び、明野の空間で身体を癒す。ダイゴ曰く、15分で回復完了だ。


 ――――気まずい。非常に気まずいぞ。味方を殺しかけたんだ。しかも敵だったペイグマリオンにここまで助けられるとは。疑って本当に申し訳なかった。


「――――その、改めてその、本当に申し訳なかった」


 申し訳ないという気持ち。

 最大の弱点である頭を晒し、視線を途切れさすという究極の無防備。

 まるで新幹線にトランスフォームしたかのように縮こまる、最大の謝罪の方法。


 土下座だ。ジャパニーズ土下座。

 異世界でもきっと通じる、弥生時代から連綿と続く、この伝説のフォーム。


「その、それは、丸まり虫ゴッコですかねぇ……?」


 わぁお!異文化コミュニケーション!

 通じなかったぜ!


「ペイグマリオン、これは我々の世界、そして、我々の日本での習慣であり、最大限の謝罪を意味します」


 それを聞き、音辻さんとシャリエさんが俺に習って土下座を敢行する。

 相手はペイグマリオンとカシマ、そして被弾しまくったダイゴだ。


 明野の空間は、入って五分で俺達の傷を癒した。ここにいれば、実際は寝る必要すらない。


 大丈夫かなこれ、覚せい剤みたいな依存性とかないよね?ホントに怖いんだけど。ほとんど三日間、ここに来て連戦だよ?


「気にしなくて宜しい。散々暴言を吐かれた気がしないでもないが、私はそれだけの事を実際しているからねぇ」


「オムニ反応を探知し、ヒタチ達は完全に洗脳下に置かれていました。仕方の無い事です。お帰りなさい」「お帰りなさい、だんな様」


 なんて、なんて出来たAIと変態なんだ。

 本当に感謝だ。特にペイグマリオン。まさか立ち回りつつ全員を護るとは。あっさりと見捨てると思ってた。


「ペイグマリオン、ありがとな」


「私は目的遂行の為に行動しただけですよ、そして、彼女を護る為です」


 ペイグマリオンはカシマへと熱い視線を向けるが、カシマは何処吹く風だ。

 人形好きなのは知っているが、そんなに美少女ロボが好きなのか。



 ――――いやまぁ、分からんでもないが。

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