調節者と超越者。主役は遅れた頃にやってくる

「アンジ――――ッ!? 」


 アネモネの気体操作で作られた空間内は、誰一人として感知できるものはいないはず。では目の前で冷たい瞳を向けてくる、無機質な少女は一体何を見ているというのか?


「そんな見つかった!? アンジー!離脱を! 」


 アングレカムの名前を叫ぶが、返事はなくどこか遠くを見るばかり。


 アネモネはアングレカムを空気層で保護し、強風で遠くに吹き飛ばす。それと同時に人形との距離を取り、自身の粒子弓から黒色の素粒子矢を放つ。


 眼前の人形は軽快な動作でそれを回避、更に立て続けに放たれた光矢をダンスステップを踏むかのように避け続ける。


「――――当たらない、速すぎる!」


 アネモネは空気操作を人形に向けて発動する。


「かかった! 」


 人形の周囲に存在する気体を固定し、相手の動きを止めたのだ。


「そのままァァァァ!潰れろぉぉぉぉぉぉ! 」


 固定した空気が一気に圧力を増し、人形を圧殺しようと集まり出す。圧力に耐えきれなくなった人形はやがて圧壊し、弾けて――――。


「――――そんな、手応えがない! 」


 粒子へ分解した人形は、アネモネのすぐ後ろにて再結合、アネモネの背中へと勢いよく回し蹴りをいれる。


「カハァッ! 」


『たった一体でこんな……アンジーは一体どうなって…………ッ! 』


 アネモネはブレイクダンスを踊るかのように姿勢を立て直す。周囲にいた人形二体が駆けつけ、攻撃を仕掛ける。


 アネモネは相手の素早い動きを予想し、射撃を行いつつ人形の行動を狭めるように誘導する。


(回り込ませはしない! 撃ってもバラけるんなら!)


「セリャァァァァァァ!! 」


 人形三体の素早い攻撃を風力シールドで防ぎ、そのまま強風で人形を吹き飛ばす。続けて人形を囲うように巨大な竜巻を生成、内部を真空状態にして人形達をズタボロに引き裂く。耐久値を越したのか、人形たちは分解していく。


「そこだァァ! 隔離! 」


 粒子に分解した人形が再結合される前に、圧縮した空気で固定、倉庫の屋根を突き破りフィールドを空中まで持ち上げる。


 フィールド内にて瞬時に引火性の気体を集め、中に光の矢を透過させ叩き込む。


「吹き飛べ !! 木偶の坊!! 」


 粒子矢で引火し、大爆発を起こす。人形三体は完全に機能を停止したらしく復活する気配は無い。


『やっと、三体……? 他の奴らは……? 』


 アネモネは疲労が蓄積した身体に鞭を打ち、アングレカムを探し出す。


『お待たせしました。上級職員五名、戦闘行動を開始します』


 インカムに流れるのは、援軍の知らせ。


「なぁアンジー……お前一体、何を見ちまったのさ……?」


 発見したアングレカムは、口を開けたまま、どこか遠くを見つめて、ただ座り込んでいた。時より何かを呟くだけだ。それだけの、ただそれだけの存在になっていた。


「本部、こちらアネモネ。アングレカムは精神喪失状態、保護を申請します。任務続行、残敵七。どうぞ」


「本部了解。現在リアトリス、ユーパトリム、サントリナ、デンドロビウム、ストレプトカーパスの5名が応戦中、どうぞ」


「敵は空間跳躍により兵力を瞬時に増強。以下人形と呼称。一部の人形は湾岸地区のIDを保有、住民を改造して利用している模様です。どうぞ。」


「本部了解、アウト」


「救援が来るわ、アンジー」


 アングレカムを保護フィールドで包み、アネモネはリベレーターの元へと向かう。気が付けば、夜が空けていた。


◇◇◇


 目の前に熱線が走り、人形が一体燃え尽きる。Sクラス戦闘職員、リアトリスだ。Sクラス戦闘職員はコントローラーズの中でもかなり上級の権限を持ち、同時に最も優れた戦闘能力を持っているとされる。


「お疲れアネモネちゃん。アンジーちゃんの件は聞いてたわ」


「アネモネさん! 大変でした……やばっ! 」


 もう一人、Bクラス戦闘職員、デンドロビウムもいる。リアトリスは話をしながらも、三体の人形を同時に焼き払う。


「先輩こそお疲れ様です」


「アンジーちゃんは問題ないわ。記憶のバックアップはあるんだから」


「本当に、それで良いんでしょうか……」


「何も問題は無いでしょ? マザーの判断に間違いは無い。そうでしょう? アネモネちゃん」


「はい、そうですね。その通りです」


「ちょっと先輩! リアトリス先輩! 集中! 集中して下さい! やべぇっす!コイツら私とは相性悪すぎますよ! 」


「ハイハイ、訓練が足りないのよ訓練が」


「相性です! 」


「あなた、そもそも相性が良い相手っているの? 」


「ひでぇ!見せてやりますよ!ジャイアントキリングっす!アネモネさん!また後で! 」


「ハイハイ」


 アネモネは会話を切り上げ、リベレーターの元へ向かいう中、通信で情報が入る。


「残敵、人形2、リベレーター1」


 倉庫街を抜けた先、人形二体を相手取り、サントリナ、ユーパトリム、ストレプトカーパスの三人が交戦している。ストレプトカーパスは音響爆破で粒子をさらに分解させ、人形を撃破。リベレーターは何故か見ているだけだ。


(記憶のバックアップは、そりゃあるさ、そうすりゃ廃人になっても元通りさ)


「だけどね!それじゃぁ、それだけじゃあ済まないでしょ!」


 アネモネはペイグマリオンに向かい、黒矢を連射、更に圧縮空気を叩きつける。しかし、ペイグマリオンは微動だにせず、攻撃は虚しく紅い閃光へと吸い込まれる。


「何で……!? 」


「私の人形達が……私の美しき作品達が……!遠距離探査中とはいえここまで……!この奴隷どもめぇ! 一体何様のつもりだ! 才能を消し去るなと言語道断!

許せぬ! 許せぬぅぅぅ! 」


 ペイグマリオンはユーパトリムを蹴りあげ、攻撃を受けた彼女の腕が吹き飛んでいく。ユーパトリムの能力は遅滞。攻撃を当てた相手の時間を鈍化させ、一方的な攻撃を仕掛けられるはずだった。だが、当たらなければなんの意味も無い。


 サントリナは攻撃を転移で避け続けるが、捕えられて吹き飛ばされる。デンドロビウムの攻撃を片手で捌きつつ、一撃で彼女を沈める。


 ストレプトカーパスのソニックレーザーを眼前で回避するが、リアトリスの熱線は避けきれずペイグマリオンは腕を押さえる。強い。リベレーターはいつだって強力だ。だが、殺せない訳じゃない。アネモネは風の力によって加速、ペイグマリオンに向かい突撃する。


「美しくない! 全くもって! 」


 ペイグマリオンはアネモネの攻撃を紅い閃光で弾く。


『あの光……今なにか別の……まさか、まだ……? 』


「面倒ですなぁ、もううんざりだ。出てきなさい人形達よ」


 空に紅い光が迸り、多数の人形達が地面に降り立つ。


「片付けなさい」


「億劫ね、ここまで多いと。捻れるけど」


 リアトリスはそう呟きながら、低身長に見合わない大柄な剣を構える。その隣では、ストレプトカーパスがソニックブレードを構え、ペイグマリオンに挑みかかる。しかしペイグマリオンには届かず、腕を捕まれ倉庫の壁に向かい投げ飛ばされる。その先には鉄杭が剥き出しになった壁。


 衝突すれば、彼女は死ぬだろう。


 だが偶然か必然か、そこにクッションが現れたのだ。


「いってぇぇっ!? 」


 壁がある筈だった空間に、突如ぽっかりと穴が空いていたのだ。


 ◇◇◇

「イタタタタ…… 」


「一体なんなんです!?」


「何だこの子!? なんで吹っ飛んできた……っておい! この子昨日の! 」


「あ! イバラキエリアの人! 」


「イバラギでしょ?」


「あ?イバラキです。イバラギじゃなくてイバラキです」


 禁句である。デンドロビウムは出会い頭の五秒でヒタチ最大の禁句を踏んずけた。戦闘中で助かったのは言うまでもないだろう。


「何?カーパスの知り合い?」


「リベレーターが増えたの? 」


「ヒタチ、どうやらここは、戦闘のど真ん中のようです」


「なんなのさ! コイツら! 」


「だんな様、戦闘ですね。援護します」


「状況はよく分からんがそうみたいだな! さてと、さっそくいっちょやらかしますか! 」

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