旅の始まりは大洗の朝から 闇の始まりは踊り子の声から
「睡眠時間、足りてんのかなぁ? 」
はい、朝です。朝が来ました。いろんな意味で新しい朝です。
大洗磯前神社の坂の下、その名も神磯の鳥居にオレンジ色の光が当たる。睡眠時間は三時間程度。だが体力は人生最大級かもしれない。身体が軽いのなんの。
「ま、ぶっちゃけ寝なくても体力は回復するみたいね。でもねた方が良いわね、精神衛生上」
(神が精神衛生を語るのか……)
ホテルの食堂にて、アムトリスは一心不乱にしらすおろしを白米にぶっかけて食べている。もちろん俺は味噌汁と納豆ご飯だ。納豆は水戸納豆に限るね?いいね?
イバライトによる食品の生成は簡単だ。組成さえ分かればAIが再現するのは難しくはないのだが……正直味はその……ね?
しかし作り出したこの世界、なんと勝手にご飯が出てくる……しかも美味い、超美味い。誰が作ったわけでも無く、人すらいないのに何故かホテルのバイキングまで揃っている。
ダイゴ曰く、食べても問題はないとのことだが……ホントに大丈夫なのかこれ? 不安そうな俺の視線に感ずいたのか、ダイゴがこちらを見つめている。あ、首振ってる。ま、大丈夫だろう多分!
「さて、お腹いっぱいになった事だし、訓練する? それとも外に出る?」
アムトリスは温泉卵を七個平らげた後、フワッと質問を投げかける。これは仕方がない。何せ温泉卵は美味いのだ。
「そりゃあもちろん……そうだなぁ、そろそろ行くか!のんびりばっかもしてられない。こんな病んでる世界、さっさと叩き治さないとな」
「そうねヒタチ君。君ならそう言うと思ってた」
そう言えば全然気にしてなかったが、「明」と「取」の複合空間、出口はどこにあるのだろうか。
実践あるのみ。ホテルを出て、とりあえずモノリスの前に立つ。出口があるとすれば、ここしかないだろう。
「この町は楽しめたかな? それでは、出口の場所を選んでね!」
プリ〇ラ……もといモノリスの表示を見る限り、どうやら出口の場所はある程度指定できるらしい。距離は入った場所から半径5キロ少々か。わぉ、超便利!
なんちゃってどこ〇もドア出来るじゃん!
「ヒタチ、広く平等に情報を探る為、本日はスラム地域の調査をしたいと思うのですが如何でしょう?」
「そうするかぁ。お偉いさん方は端末の一つ覚えだしな。あれハッキング出来ないの?」
「流石に場所がバレますね」
「ですよねぇ〜」
「ではまず、先日とは違う場所、湾岸地区に向かってみましょう」
「OK!」
「ヒタチ君、カシマちゃん、ダイゴ君、君たちとはひとまず、ここでお別れね」
アムトリスはどこか申し訳なさそうな面持ちでこちらを見る。そうか、アムトリスは外に出られないって事か。
「アムトリス……あっそうか」
「そう、私が居られるのは可能性の多く存在する場所だけ。私が管理できる宇宙だけ」
「ここでお別れか、色々教えてくれてありがとう」
「アムトリス様、ありがとうございました」
「また会いましょう」
「ま、ここに飛ばしたのは私だし?っていうか話は聞いてるわ。いつでも呼び出して頂戴な」
「ああ、通信的なものは繋がるのか。そういやちょくちょく声が聞こえてたような……」
「ヒタチ君、貴方の力はまだ未知数だし、外ではここ程の威力は発揮できないでしょう。いざとなったらすぐに逃げなさい」
「そうなるまでは立ち向かってみるさ。ある意味、また新しいもんに出会えたんだ。冒険の旅ってのも良いもんさ」
「フフッ、そうね。ま、ヒタチ君の能力を底上げするにはまず、この世界の可能性を開く事が大切。そして可能性を消費する例の物質を破壊する事。具体的に言えば、この世界で今までになかったような、新しい行動を取ること」
「新しい……行動?」
「何をしても良いし、どんな手を使ってでも良いわ。つまりそうね、盛大にやらかしなさい」
「やらかせってか!まぁそれはそれでしょうに合ってるぜ」
アムトリスとの会話を終え、モノリスに表示された湾岸地区をタッチする。すると、モノリスのすぐ横に、この出口が開かれていく。
「じゃ、またな、アムトリス」
「私はいつでもそばにいるわ」
「よっこら……なんだっ!? うわっ!? いってぇぇっ!? 」
ゲートから飛び出そうとした矢先、向こうから女の子が吹っ飛んできたのだ。
◇◇◇
「本部、こちらアネモネ。現在湾岸第三労働者隔離エリア。生存者発見できず、どうぞ」
アネモネは、自身の武装である粒子弓型ウォッシュメントを起動しつつ、本部へ報告を送る。
「こちら本部、湾岸区域の監視システムは復旧の目処が立ちません。クローン製造開始プロセスも始動せず。ハッキングの可能性有り。リベレーター出現の可能性を考慮し、応援部隊と上級職員五名を派遣する。どうぞ」
「アネモネ、了解」
「アネモネ……この死体、リベレーターの記憶痕跡が見当たりません。というより、別の何かを感じます。人間のような、人間じゃないような」
「何それ? 中途半端ね?」
アングレカムの能力は「感知」自身のパルス銃型ウォッシュメントを所持している際に、周囲の存在や思考の残滓を感知する事が出来る。
「マシン兵器は上でリベレーターと交戦中って話でしょ? そいつらが来たっての?」
「分かりませんが、しかしここまで無機質な残滓だと……マシン兵器の可能性が高いですね。監視システムも突破されますし」
「どちらにしろ、報告ね」
アネモネは右手に装着された通信機を起動し、本部へと報告を行う。
「本部、こちらアネモネ。犯人はAI軍マシン兵器の可能性が浮上。どうぞ」
「おっと、半分正解、半分ハズレですねぇ」
緑の夜空の下、アネモネとアングレカムの目先10メートルほどの距離から怪しげな男が向かってくる。
「こんばんはお嬢様方。うーむ、勘違いはよして頂きたいですなぁ。私はAI『ネイト』から、あなた達を守りに来たのですよ?」
「――――リベレーター、なぜここに!」
アングレカムは顔を強ばらせる。普段の彼女の能力を考えると、ここまで接近される事などはありえないのだ。
「ほう、探知能力ですか。猿真似にしては便利な能力だ。しかし惜しいですねぇ。確かに『私は』殺していないからねぇ」
アングレカムは敵対リベレーター出現時の緊急用救難信号を即座に本部へと送信する。増援を呼ぶ為に。
『私は見捨てられた』
アングレカムを巻き込み、アネモネのウォッシュメントによる能力『気体操作』を発動、自身とアングレカムの透明化を行う。
「おやおや、透明化ですか。足音も聴こえないとすると、さしずめ空気操作ですかな? んん、追加の犬もそろそろ来るでしょうし、今日は楽しくなりそうですねぇ、そうでしょう?私の可愛い人形達!」
透明化したアネモネとアングレカムの視界が紅く染まる。空間が切り開かれ、十体の無機質な女性達が地面に降り立っていく。
「ゆっくりと遊んで差し上げなさい。今夜も美しい夜です。踊りなさい、華やかに」
(空間跳躍!マズい……!この数を私達で捌くのは無理! とにかく隠れないと!)
湾岸地区。ここには湾岸警備の為、コントローラーズの詰所があるのだ。湾岸倉庫一つに姿を隠し、二人は応援部隊を待つ。
倉庫の端で、アネモネは透明化を維持、周囲を警戒しつつ、相棒のあだ名を呼ぶ。
「アンジー、マークは出来た ? 」
「とりあえず位置だけは。詰所の一般戦闘部隊がまもなく到着。上級職員到達までは約10分」
「敵の数は?」
「周囲半径一キロメートルに3体」
「多いわね。あのいきなり出てきた子達は何なのかしらね? 機械? 」
「いえ、マシン兵器に似てはいますが……どうやら違うようですね。ん? 三名ににID反応あり。これ、湾岸区域の住人です!」
「ただの一般市民が空間跳躍なんてするわけが無い。死体を利用したとか? 」
「あるいは、生きたまま改造したか……ん、戦闘部隊、到着」
アングレカムの能力により、周囲に展開する部隊を感知する。それと同時に周囲で甲高いパルスライフルの発砲音が鳴り響く。
「戦闘部隊って確か、最近できた部隊なんでしょ? リベレーターの相手できんのかなぁ? 部隊が露払いをしてる間、さっさとリベレーターを狙い撃ちしましょう」
「それはオススメできません」
アングレカムは狼狽する。彼女は普段から度胸のあるタイプではないが、決して臆病では無い。一体どうしたというのか。
「なんでよ?今がチャンスでしょ? 」
「一般戦闘部隊六十名、戦闘開始三分で壊滅です……あ、相手は一体、先程の、女性達の一人です」
「――――ッ!? 」
アングレカムは頭を抱えて取り乱す。普段は冷静なはずの彼女の眼はひたすら泳ぎ、顔面は蒼白だ。
「ねぇ、アネモネ? たった一体を相手してみんな死んじゃいました」
「……アンジー? 」
「アネモネ、私、声が聴こえたんです。あの少女の声が、部隊の戦闘中集中してたら、聴こえたんです。奥深くまで見えたんです、奥まで、頭の奥まで全部……」
「ア、アンジー?落ち着きなさい、落ち着いて!こっちを見なさいほら!?」
アングレカムは髪がボサボサになるほど頭を掻きむしり錯乱する。狼狽し、視線はここではないどこかを見ているようだ。
「私、あの子の意識が遠くに行くのを見て、私も遠くを見て、あの人が見ている私も遠くに行って、出て行けなくて遠くにいて、あの子の意識がどんどん薄くなってあの人に見られている、薄くなって、帰りたい、帰りたい、私はいつからこんなことを、帰りたい、マザーなんて私は、私は遠くであなたを見ていて、遠くに行って、私は、人形。――――発見しました。踊りましょう? 」
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