近海の邪神、大洗の星空

 出てきたのは大洗、茨城県の海というと、確かに大洗のイメージが強い。阿字ヶ浦とかもキレイだけどね。だが……?


「えっと、これって取手の概念の「取」だろ? なんで大洗が出るんだ?」


 見覚えのありすぎる場所だ。目の前には海とホテルに大きな鳥居、右を見れば商店街、左には道路と一緒に料理屋が並んでいる。


 これ……大洗磯前神社の目の前か。間違いない、ここは大洗磯前神社の目の前だ。


「シンフォニーね。シンフォニー」


 鳥居に一礼をしていたアムトリスがクルッと回り、こちらを向く。


「シンフォニー?音楽の?」


「そう、共鳴。シンフォニー。この空間自体は「明」の能力でしょ? 明野町の、希望の夜明けと広い平野っていう」


 俺は顎に手を置いて考え込む。ヒゲもないのに、何故かヒゲを触るような動作をついしてしまうのだ。


――――そうか、今は能力の同時発動か。


「そこに、「取」という取手の宿という概念が入った。つまり、希望の宿。選択式になるとは驚きね。町自体も変えられるようだし」


 アムトリスはいつの間にか、パックにギッシリと詰められたイイダコ焼きを笑顔で頬張り、爪楊枝で刺したタコを俺に向けている。焼きたてであろう湯気、なにより香ばしい醤油の香りが食欲を誘うが……。


「食べる?アーンして」


 まぁ、食べるよね。仕方ないね。


「美味い。さすが神様、こんなのも出せるのか」


 アムトリスは宇宙の外の外から来た存在、神ではないと言っていたが、やはり俺達からしてみれば文字通り次元の違う神様のような存在だ。何が出来たっておかしくはない。


「え?出したのはヒタチ君よ?この先にある大洗港に行くと勝手に出てくるの」


「え?」


 言われてみればこのイイダコ焼き、大洗漁港にある大洗町卸売市場でいつも食べているイイダコ焼きだ。


「良い匂いがしたから取りに行ったの。私は何時でも、どこでも行けるから」


 どこ〇もドアとタイムマシーンみたいなものかドラ〇もん神様説を出さざるを得ない。あれ?俺ってこんなキャラだっけ?まぁいっか。


「まぁ、ここなら誰でも思った所に行けるけどね。中興味深いわね、行けば勝手に食べ物も出てくるし。でも、人がだーれもいないのよね〜」


「無人か。まぁ昔の茨城ならいつも通りっちゃいつも通りだけど…………うぉおお!? なんだ!?」


 ボケェ〜っとした会話を楽しむ俺達だったが、突然の爆音で会話が遮られる。


「怪獣ね!パーティね!パーティが始まるのね!」


 妙にしっくり来たところで海を見ると、薄らと見える海の向こうで大きな水柱が立っていた。それも沢山だ。


 しかし怪獣ってなんぞ?そういやダイゴとカシマはどこに行った? まさかアイツら……ん、通信?


「どうした?お前らどこにいるんだ?」


「ヒタチ!この空間は危険です!正体不明の生命体らしき物体がいます!ただ今戦闘中!」


 うん、この空間は俺の想像が元になっているわけで。大洗で怪物ねぇ。怪物、思い当たる節しかない。友達と散々言ってたもん……。


「繰り返します!射撃攻撃無効!攻撃手段は白い触手と水圧による射撃!私が引き付けていますが限界です!!逃げて!」


 言えない。多分アラ〇ッペだそれ。皆で邪神邪神と揶揄していたもんね。仕方ないね。


「怪獣!怪獣!超楽しい!戦車部隊とメーサーは!? 最後は大仏様で大決戦よ!!」


 なぜだろう、疲れを癒す場所なのに余計疲れるわ……。


「そいつは問題無し、撤退、それは放っておきなさい。こっちに戻ってよし」


「Y、撤退します!」


 海上をひとっ飛びし、ダイゴがフワリと舞い戻る。ダイゴは単体で戦闘していたようだ。なら、カシマは一体どこに……?


「あ、もしもしカシマさん?今どこにいる?」


「あら、だんな様」


 なぜだかテンションが高そうなカシマさん。カシマも誰かと戦っていたのかな?バトルマニアだし?


「今ホテルの温泉に入ってましたの。だんな様も早くお休みしましょ?」


 ――――あっ、そうだった。休みに来たんだった。


「あら〜いいわね、温泉。それはそれでよし」


 アムトリスは何故かシャドーボクシングをしている。いや、パンチが凄い風圧を発している……何あれ、空気が見える……。


「カシマ、温泉ってお前、ボディは大丈夫なのか?今までウォッシャー機以外入らなかったろ?」


「シュッシュッ!フン!私が!改造!したからねっ!」


「一体どこまで弄ったんだ……? っていうか何故突然シャドーボクシングを……? 」


「整備いらずよ!休むとっ!シュシュ!回復するのよ!人間にも擬態できるしっ!」


 Foooo! さっすがぁ〜! もう凄いとしか言い様がない。


「アムトリス様。私なんだか疲れた様な気がします……もう休みましょう……」


 ダイゴ……お前の戦闘は無意味ではなかったぞ……訓練、これも訓練だ。知らんけど」


「ひ、ひどい」


「まぁいいわ!温泉入りましょ?無人でも綺麗みたいだし?」


 こうして長すぎる一日の終わりを終え、俺達は体を休めた。ダイゴは背中を水面に浮かべ、まるで水に浮かんだ死体のようになっていた。おいおい、マナー違反だぞ?


 どうやらダイゴはアラ〇ッペとの戦闘により、割と深刻なダメージを受けていたようだ。神様に強化されても勝てないのか。――――そんなに強いのか、俺のイメージって。いや、これは無意識だけど。


 湯船から勢いよく義体を起こし、ダイゴがこちらを向く。


「それにしても、残念でしたねヒタチ。無人でもルールはルールです。我々は男湯ですね」


「なんでだろうな、俺より滅茶苦茶悔しそうな顔してる奴がいるよな。一体誰だろうな? 」


 ダイゴはAIにしてはむっつりスケベだ。そもそも生殖をしないはずのAIが、なぜこうもスケベになるのか。


 そう言えば誰か忘れたが、真剣にAIの性欲とお気に入りのエロコンテンツについてアホな論文を出し続けている人が、木星カリストステーションにいたって話を聞いたような……?


 木星カリストステーション、最早懐かしいなぁ。俺達は果たして帰れるのだろうか。そもそも、帰る宇宙も守らにゃならんとはなぁ。


「なぁダイゴ。俺達どうなるんだろうな」


 いつもの様にダイゴに相談する。ちょっと抜けてるところもあるが、一番倫理的でなんだかんだ頼りになる奴なのだ。


「なるようにしかなりません」


「適当だなぁ」


 変な話、ダイゴは誰よりも達観している。人工知能という存在。誰よりも賢く、そして誰よりも先を読む事のできるその知性がそうさせているのか。いや。間違った情報で動くと致命的なミスをしたりする事も多々あるのだが。


「ヒタチ。アナタは我々AIという種族に更なる知性、そして感情を与えてくれました。我々にとって、アナタが神なのです。我々は信じています。アナタなら、きっと何かを成すだろうと」


 ダイゴやカシマを含め、イバライトを使用したAIという種族は誰もがこう語る。イバライトによる感情の理解がなければ、ぶっちゃけ人間に対して反乱を起こしていた可能性もあると聞いた事がある。


「いつもそれ言うけどさぁ、俺はイバライトを見つけただけだぜ? 」


 そう、見つけただけだ。その後は色々あったけど。本当にもう、色々と。


「それだけではないのですよ。本当です」


 ダイゴが微笑みながらそう語る。

 いつも会話はここまでだ。


 イバライト、こいつは一体どこまでの可能性を秘めているのか。いやむしろ、可能性を増やさなければならないのか。世界や宇宙の崩壊なんて言われても、全く想像がつかない。だが、目の前にいる友人を守る為なら頑張れる。今はそれで良いんじゃないかなぁと思うんだ。


「嬉しい事言ってくれるわね」

「どうかしました?アムトリス様?」


 女湯でカシマが首を傾げる。どうやら彼女は温泉好きらしい。何せこれで三回目の入浴だ。


「なんでもないのよ。私は選択を間違わなかったな〜って思っただけ。本当に可愛い、可能性の子供達」


 アムトリスは何かを思い出したのか、嬉しそうに微笑み、そうですかと、カシマは答える。


「私達の強化改造、本当にありがとうございました。アムトリス様、私は、私達はこの力でだんな様を守りきれるでしょうか?」


 カシマは珍しく、不安そうな顔でアムトリスに質問する。


「礼なんて何回も言わなくて良いのよ。まぁ私はこの可能性の閉じた宇宙の未来は全く見えないけど、でも、あなた達なら大丈夫。あなた達は可能性の子供、常に挑戦し続けなさい」


「はい、そうします」


「ただね、リベレーターにだけは気を付けなさい。リベレーターは単純な身体能力だけじゃない。全員が何らかの強力な特殊能力を持っている」


「特殊能力ですか? 高速移動のような?」


 カシマはこの世界の探索中に出会った、変態リベレーターを思い出す。全員があんな感じであれば、本当に恐怖の存在だ。


「そう。彼ら一人一人が、あなた達の地球を滅ぼせる程の力を持っているの。この宇宙であれば、彼らはその技術力も含めて私の力すら凌駕する可能性もある。管理内なら瞬殺だけどね」


「はい、気をつけます」


 アムトリスは指をパチンと鳴らし、湯船のお湯をクルりと指でかき混ぜ、そのまま空中に水の玉を作り出し、指を弾く。


「色々な可能性が集まって、宇宙が形作られる」


 弾かれた水玉は夜空へと昇りキラリと輝く。まるで、宇宙に瞬く星のように。

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