大洗の潮風、リベレーターの影
「さて、まずはこんなもんでいいかな?ダイゴ君とカシマちゃんの訓練も終わったみたいだし?」
どこからともなく突然現れたのは、体から煙を吐いて倒れ込んだダイゴとカシマの二人。
「お久しぶりですね……ヒタチ……」
「あら、だんな様、お変わりがなくてなによりですわ」
ダイゴは倒れながら、こちらに助けを求めるかのごとく手を向けている。カシマさんはいつも通りだ。しかし、この数時間で一体何が起きたんだ?
「おいおい大丈夫かよお前ら!何してたんだ?」
ダイゴの手を握り、姿勢を立て直すのを手伝うが……重い!
「体感時間、8760時間、約一年。往復思考訓練と戦闘応用訓練をしていました」
「あと、人間の精神構造について深く学びましたわ。ああ、楽しかったなぁ……撃ちっ放し」
「一年って……まだ別れて2時間くらいしか経ってないだろ?」
「時間を圧縮したのよ。ここなら精神も耐えられるわ。人工知能なら人よりもなおさら。二人とも、前よりイバライトを効率的に操れるようになったわね」
時間を圧縮って、やっぱり神様だよなぁ。
「あ、アムトリス様、限界です……エラー、エラーが……」
「心配ないわ、休めば治る。この空間は精神を癒すにはもってこいね。休むのには向いてないけど」
アムトリスは後ろで手を組み、歩きながら呟く。休むのには向いてない?
「どういうことだ?ここじゃ休めないの?」
「ここは空閑、魂の休まる原初の大地。ここに物を作っても、一定時間で更地に戻る」
「ああ、さっきのトイレが無い。更地に戻るってこういう?」
「そう、建てたものが分解されるの。だから何かを作っても無くなってしまう」
この空間の効果なのか、確かに今日見た辛い出来事、意気消沈していた精神が回復していたような気がする。だが、体力回復は必須だろう。この先、どれだけ消耗するか分かったもんじゃない。
まぁ、ここで地面に寝そべっても良いんだけどね。いや待てよ、精神回復があるんなら、体力回復もあるんじゃないか?いっちょやってみっか!
「茨城の概念、休める場所……宿にできそうな場所……来たっ!」
手が光り「明」の字が浮かぶと同時に、目の前にゲートのような空間が出現する。
「明?明野か?ひまわりフェスティバルの?」
「推定、現・筑西市の一区画、旧名明野町ですね」
「あれ?ダイゴ、知ってたの?」
ダイゴは地面に体育座りをしつつ語る。気に入ってんのね、そのポーズ。
「ハイ、私のクリエーターの一人が、社会研究学習目的で私をひまわりフェスティバルに連れて行ったのです。あれは良い経験でした」
「当時聞いた話では、明野町は希望の夜明けと広い平野という意味を込めて名付けられたそうです」
「希望の夜明けと広い平野……なんだか行けそうだな!」
「先行します、ついてきてください」
ダイゴが先行してゲートを潜る。随分と自信をつけたもんだ。前なら絶対にビビって行かなかっただろうに。
「ゴメンなさい、干渉がなければ自分たちで片付ける問題なのに。あなたに……あなた達に重荷を背負わせてしまった」
アムトリスはこちらに向かい、もの悲しげにそう語る。
「心配しさんな!俺が何とかする。乗り掛かった船って奴だ。それに訓練も付けてもらったしホントに感謝してる」
「そう言って貰えるなら……できる限り支援はするわ」
「だんな様、アムトリス様、参りましょう。」
「ええ、イバライトで作られた空間ならば、確かに行けるわね。行きましょう」
アムトリスじゃないが、だんだん楽しみになってきた。
――――次は一体、何が待ち受けるのか。
ゲートをくぐったその先は……
「何もありませんね」
うん、何も無かった。
「だんな様、何も無いですわ」
俺に言われてもなぁ。
「あら!ここ、自動で体力が回復するようになってるわね」
――――うん?
「アムトリス、その、自動回復ってのは?」
アムトリスは何処からともなく取り出した謎のメーターを見ながら、うんうんと頷いている。
「宿は休憩、つまり回復ってわけねぇ。便利ね!それ以外何も無いけど!」
先程とは違って空間に神秘性はないが、そこにはやはり広大な大地が広がっていた。
「休める建物、宿とかなぁ、イナにあった住居モジュールさえあればなぁ」
あれ、狭いけど住み心地良いんだよねぇ、意外に広いし、一通りの必需品も揃ってるし、イバライトで永久的に動くし。
「アムトリス、何か作れたりする?」
辺りをポケーっと見つめるアムトリスに質問する。そう言えば体は慣れてないって言ってたな。体が無い普段はどうしてるんだろうか。
「うぇ?作れるよ?ここに大都市だって作れる。でもダメ。練習なさい、これも訓練よ」
「練習、練習か。よし!」
集中し、イバライトに宿と念じる
茨城の宿ってあるのか?何が出るんだ?
「宿、宿、休めるの様な建物……来たっ!」
「取?」
「茨城で取と言えば……取手か!……でもなんで取手?」
「解説します。茨城県取手市はかつて、水戸街道で5番目の宿場町に指定されていた地域です。なので宿=取手となった可能性があります」
ダイゴが何故かまた体育座りをしながら解説している。やっぱり好きなのね、そのポーズ……。
どちらにしろこれ、結局野宿になるのか?
「結局野宿ですの?」
カシマも同じ事を考えていたみたいだ。俺は宿について考えつつ、広い台地を軽く歩いていた。
「宿までは流石に出んだろう……一応建物なら、お二人さんがイバライトで作れるだろ?構造は分かってるだろうし……グエッ!?」
そう、歩いていた。歩いていたら謎のモノリスがヌルッと地面から生えてきたのだ。アッパーカット直撃だぜ!
「ヒタチ!」「だんな様!? 」
痛てぇぇ! 何なんだ今の、攻撃か!?カシマに起こされ、目の前のモノリスをマジマジと見る。
タンタータラタッターンタンタンタン♪
タンターララタッターン♪
そこには、謎のポップなBGMと共に、何故かナレーションが流れていた。
「こんにちは!宿をお探しかな?コースを選んでね?」
「えっと……なにこれ?」
「あら!古いプリクラ見たいですわ!」
カシマが何故かノリノリでモノリスを覗き込んでいる。女の子って好きだよねぇ、この手の機械。どうしてスマホにカメラついてるのにプリクラ撮りに行くんだろうね……?
「ヒタチ君、アナタが作り出した空間だからその……随分変わった趣味ね……?」
「待ってくれ!宿って考えてどうしてこうなるんだ?」
思わずアタフタしてしまう。プリクラなんて撮ったことないぞ?そもそも、プリクラにはちょっとしたトラウマがあるんだ……! あっ、なるほど。トラウマも思考のひとつなのか。
「コースを選んでね!!」
うわっ、めっちゃ催促されてる気がする。
「コース……コース……何だこれ?」
モノリスに表示されていたのは、海、山、内陸という三文字。もしかして、宿のロケーション選べっての?
「海、山、内陸……」
俺と神とAI二人はモノリスの前で考え込む。選んだ瞬間どうなるか予想が全くつかないので及び腰だ。
「提言します。私は綺麗な青い海が見たいのです。汚れた海はもう勘弁願いたい」
え?そこで迷ってたの?
「青い海!白い雲!いいセンスね!」
アムトリスがはしゃいでいる。アナタ俺の世界なら自由に行けるでしょうに。
「海ね、海、よしっ!――――あれ?念じても動かない?」
あっ……モノリス、タッチパネルなのね。
ペンを持って海を選択すると、また項目が変わる。面倒だなおい!完全にプリクラじゃねぇか!
「和室、洋室、どちらが良いかな?宿のタイプも選んでね!」
「こ、細けぇ……和でいいわ!和で!」
今度は即答する。俺は和室が好きなのだ。
「では、良い旅を!行ってらっしゃーい!」
謎の音声ガイダンス がそう言った後、世界が足元から作り替えられる。
感じる、肌に触れる空気が明らかに変わった。
鼻を通る潮の香り。
荒々しい波の音。
目を開けるとそこにあったのは、見覚えのある光景だった。
――――大洗?
目の前に、俺がよく行く茨城の町ベスト5にランクインしている場所。そこには、誰もいない、無人の大洗町が存在していた。
◇◇◇
「報告。現在、労働者地区のクローンネットワークが停止しています」
「なんだと?」
オペレーターが話しかけている相手、彼の名は「ヴェース」ここヨコハマ・ヨコスカエリア指令本部の本部長だ。
「あのシステムは優先度Aの筈だ。整備は何をしている?直ぐに夜間当直の職員を向かわせろ。クソッ!衛星さえ使えれば……! 宇宙を抑えていればこうはならんだろうに!」
反乱を起こしたAIや新人類達との戦争後、宇宙を押さえる余力は最早、普通の人間達には無い。
「ハッ!整備部隊、派遣します」
「いや待て、それにしてもおかしい。クローンネットワークが乱れるなど、そうそうありはせんぞ?あるとすれば……リベレーターか?」
ヴェースは口ひげを触りながら考え込む。昨今、ヴェルトメテオールが連続で境界線フィールドに侵入しているからだ。
「あら?リベレーターですか?」
ヴェースのいる指令席の後ろから声が聴こえる。
「アネモネか」
黒字に赤のラインが通る制服、凛とした精悍で自信に充ちたその表情。紅く長い髪を編み込んでいる彼女の名は、コントローラーズ実働部隊Aクラス職員、アネモネである。
「私が偵察しましょうか?指令?」
彼女の能力は、『気体操作』
能力の応用、透明化は偵察において優れた効果を発揮する。
「マザーの承認が下りた。アングレカムと偵察してきてくれ。逐一報告しろよ。リベレーターがいたら即座に下がれ」
「安心は出来ませんが、ヴェルトメテオールなら危害は加えられないでしょう?他のリベレーターがいても、私なら何とかなりますよ」
「ああ、行ってこい、気をつけてな」
彼女は慣れた動作で短いマントを翻し、本部の端にある高速チューブへと向かう。アングレカムと合流し、横浜エリアへと偵察に向かう為だ。
「アングレカム、参りました」
アネモネと同期のAクラス職員、アングレカム。白く、透き通るような肌を持つ、黒髪の少女だ。
彼女の能力は「探知」
手がかりがあれば、すぐさま特定の人物や情景を探知する。アングレカムが探知し、アネモネが接近調査する。いつもの相棒だ。偵察衛星が使用不能な今、彼女達の能力は情報収集に必須である。
「来たわね相棒、危害を加えてこないヴェルトメテオール以外のリベレーターなら、私達では勝負にすらならない。気をつけましょう」
「私達なら、そうそう見つかりはしませんよ」
「そうね、いつも通りよ」
ハイパーループに乗り込み、ヨコハマエリアに出動する。
いつも通り、そうである事を願いながら。
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