変態野郎と囁く少女
労働力の再利用?記憶を引き継いだクローン?いくらなんでも非効率すぎる。そこまでら進んだ技術があるんなら、なんで人の手を借りる?
《ヒタチ、聞こえますか?》
「うわぁ!ビックリした! 」
目の前の女性も驚いている。いきなり目の前の男が叫んだらそうなるだろう。錯乱してると思われただろうか。
さて、ダイゴからの念話だ。
《報告、思考式意思伝達ツール、復旧しました》
《そりゃ良かった、壊れた原因は?》
《故障ではありません。この世界は我々の世界と振動数が違うのです》
《振動数? ああ、パラレルワールドって》
《お察しの通りです。イバライトの励起振動も異なるため、能力が通常通り発動出来ませんでした》
「ちょっとあんた」
しまった、会話の途中だ。これは失礼な事をした。
「いきなりボーッとしてどうしたんだい?そんな驚いたのかい? 」
「え、ええ、驚きました」
「まぁ、労働っつったて何してるか覚えてないんだけどね。おっと、そろそろ時間だね」
「時間、ですか? 」
「あんたも来るかい?」
中年女性に言われた通り、今来た道を引き返していく。おいおい、もしかして自殺現場に戻るのか?葬儀だったりするのか?
心底嫌になる。誰が好き好んで焼死体なぞ見に行くと言うのか。焼死体なんて人生で初めて観たわ。二度はゴメンだね。
「今日の出来は? 」
焚き木を囲み、スラムの住人達が大勢座り込んでいる。飯時なのだろうか? そこで? 自殺現場で? どんな神経してんだ!?
「ああ、焼けすぎだねぇ! ヒロキさんも喰うとこ無くてイマイチだわ! まぁ血抜きしてないしねぇ! 」
「 味なんてなぁ、今更何食っても同じだろうよ」
「私の分も取っといてくれてんだろうね! 」
「あるぜ! こっち来なよ!」
髪の焦げた臭い、肉の焦げた臭い。何を食べているのかすぐに察しが着く。冗談じゃない、冗談じゃないぞ! カルト集団のど真ん中に降り立っちまったのか。異常だ、これはヤバい!
コイツら、『焼死した人間』を食べてやがる。
「あんたも来なさいな! いつも栄養レーションばっかじゃ飽きただろう! 分けてやるよ!」
その顔に浮かぶのは笑み。この女性、質問にも答えてくれたし、こうして飯まで分けてくれようとしている。内容がどうあれこれは善意なのだろうか。いや、顔を見ればわかる。この人、きっと良い人なのだろうと。
「ええ、皆さんで食べてください、私は急用がありますので! ありがとうございます! 」
「そうかい。 気をつけていくんだよ! お客さん、ここら辺は危ない奴も多いからね! 」
一礼し、山下公園があったはずのスラムを離れる。
小一時間で、俺の精神は人生で一番と言えるほど摩耗した気がした。死を覚悟した瞬間はあったが、これはそれよりも怖い。ただ、怖い。
きっと、ここでは俺の持っている常識を捨てなければならない。こんなんじゃメンタルが持たないだろう。
《だんな様、精神レベル、乱れてます、だんな様……?》
「大丈夫、まだ大丈夫だ」
少し前まで、いつもの様に実験台にされても、何だかんだ世のため人の夢の為、楽しくやっていたのだ。楽しく……? いや楽しくは……うん、結構キツかったわ。
だが、こんな地獄を見せられて、なんだか、アムトリスが憎くなってきたぞ。
地獄絵図。そうとしか言い表せない光景だった。何せ胸クソ悪い。移動だ。ここ以外ならどこでも良い。とにかく動こう。そして気を取り直して進もう。突撃こそが、俺の取り柄なんだから。
《この先、中華街だよな?》
《700メートル先ですが、同一建造物があるかは不明》
横浜中華街、日本でも有数の有名な繁華街だ。今は情報が欲しい。何としてでも。
◇◇◇
歩いて10分程行った先、そこには長く広がる壁が存在した。やろうと思えばよじ登れる程の低い壁だ。もしかして、ここの住民は隔離されていたのだろうか?
「あら、どうやらここは隔離地域のようですね。周囲の大気汚染、水質汚染は破滅的なレベルですが、病原菌感染などは問題ありません。スキャン機能が安定していませんが、どうやら向こう側の文明レベルは高いようです」
「ヒタチ、この塀は高さ2m、長さは山下公園周辺から赤レンガ倉庫があったエリアまで海を除く約5キロ三方に広がっています。2キロ先にゲートを感知」
「2mって隔離には低くないか?壊せば逃げられそうなもんだが」
「隔壁上空、エネルギーを感知。飛び越えるのは不可能です。先程の女性の発言とビジョンで観た情報、更に壁の構造からコントローラーズの技術力を考慮した結果、住民は何らかのマインドコントロールを受け反乱を未然に防いでいると考えられます」
なるほど。先程の覚えていないという話、洗脳か。住民が逃げる事態なんてほとんど想定してないわけだ。
「この先には何がある? 元は中華街だったよな? 」
「壁を作るという事は、管理者がいるという事でょう? あら怖い。武装展開モードに移行します」
「俺だって怖いけど、頼りにしてるぜ、カシマ」
「あら、だんな様ったら。いつだって私がバッチリお守りしますわ。敵はデストロイです」
全くもって頼りになる親友だ。
――――たまに怖いけどね?
「ヒタチ、壁を破壊しますか? 」
「そりゃダメだろう。何もいきなり喧嘩を売るこたぁない」
「Y」
「ゲートは……無理だろうなぁ。壁を通り抜けられるんなら苦労はしないんだが」
物騒な会話をした所で、自分の手が輝いている事に気がつく。
またイバライトが発動している。
光の中に『壁』の文字が浮かび上がっている。
何故だか分からないが、自然と壁に手を伸ばしていた。
「――――ダイゴ、カシマ、行けるかもしれない」
俺は確信を持って壁を通り抜けていく。
変な気分だ。元々そこに入口があったかのように、何事もなく壁を抜けることができた。
イバライトは、理屈がわからない事は実現出来ないはずだ。少なくともそのはずだった。
そもそも、なぜミサイルが木になったかも未だに分からないんだ。それがエラーだったのか、そもそも最初から前提が間違っていたのかもわからない。
――――もしかして本当に、理屈を飛ばして発動しているのか? いや、実際そうかもしれない。なにせ、壁抜けの方法など俺は知らないのだから。
「ヒタチ、観測不能です。分子構造の変化も確認できません。イバライトの発動を感知。バイタルは正常ですが……大丈夫ですか? 」
「大丈夫だ、大丈夫」
大丈夫……だとは思う。
しかし、今まで浮かび上がってきた文字、なんだか既視感があるんだが。まぁ良い。2分考えてわからない事はつまり、俺には分からないという事だ
しかしこれは、何とも味気なくなったものだ。
俺の世界で中華街だった街並みは、無機質なビル群になっていた。同じ真っ白年で同じ建物しかないようだ。
しかも通行人が少なすぎる。
まるで平日昼の水戸のようだ。
「誰か助けて! 助けてくれ! リベレーターだ!」
男性の悲鳴が聴こえる。今、リベレーターと言ったか?
リベレーター、ビジョンでは進化した人類の一部……だったか?一体どんな姿なのか。でも助けを呼ぶって事は、ヤバいやつなのか?
どちらにしろ興味深い。そもそも、助けを請われたら行くのが人情ってもんでしょうが!
――――それに、ここに来て初めて希望を、いや、仄かな期待を持てた気がする。
「だんな様、いかがなさいますか?戦闘は未経験でしょう?」
「基礎訓練は受けてるさ! 行くぞ! 助けないと!」
《Y》《了解》
そうして急いで向かった先
俺は凄まじく後悔する事になったのだ。違う、そうじゃない。そうじゃないんだ。
「き、君、聞いたよ? 聞いたんだよ? 君、描けるんでしょ? 描けるんでしょ? 持っているんでしょ? 持っているんでしょ? その、きみの家をスキャンしたんだ……描けるんでしょ? 持っているんでしょ? 先輩ものだね? 先輩もの? 僕と来てくれないかな? ついでに、ゆ、譲ってはくれないだろうか? ね?」
そこには、ボクサーパンツを頭に被り、スク水を穿いているイカレサイコ野郎が俺の目の前に仁王立ちしていた。
ここには警察はいないのか?トップレベルに頭のおかしな奴がいるんですが。いや、これだけならまだ焼身自殺や人喰いよりは耐えられる。
ウソだ、やっぱ無理だ。もう限界ですごめんなさい許して。
俺は、いや、俺達は目の前の光景にただドン引きする。
「行こうか」
《その……怖いです》
《Y、移動しましょう》
「たった助けてくれ!君達こいつを知らないのか!?」
知っててたまるか! まぁ、変態に絡まれている被害者を放置する訳にもいかないか。
――――仕方ない。
「おい変態! その人から離れろ! 」
まさかこいつがリベレーターじゃないよね?
いや違うよね?人類は一体何に進化したんだ?
「変態 !? へ、変態じゃないよ? 変態じゃないよ? 僕はね、集めているんだ、失われた技術を、人材を、集めているんだ。彼が持っていると聞いてね? 私は貰うんだ? 彼を? 彼から? 」
どうやらギリギリ話は通じるようだ。なぜ変態と呼ばれてショックな顔をするのだ。そしてなぜ不安そうにキョロキョロ周りを見るのだ。見るべきは自分の格好だろうが!
変態が質問に答えている間、男性にアイコンタクトを送る。男性はそれに気が付き、慌てなりふり構わず走り出す。
アイコンタクトは共通か。よし、キチンと逃げたな。
しっかりと逃げてくれ。俺も逃げたい。
「ダメだよ? ダメだよ? 貰ってないよ? 貰ってないよ ?『僕からは、逃げられないよ? 』」
警戒していたはずの俺の前から、突如として変態が『消えた』
「なっ!?」
違う、確かに緑の光跡が一瞬見えた。
そして、消えた変態は『先程逃げた男性』を担いで目の前に再び現れた。
「うわぁぁぁ! なんでぇぇええ!? こんな変態と行きたくない! いやだぁぁぁ! 」
「速いっ! 何かヤバいぞ! カシマ、の戦闘用意!」
「スタンバイ」
「そこまでです! ヴェルトメテオール! 今度こそ逮捕します!大人しくしなさい!」
「あっあっあっヤバい、面倒臭いのに捕まった、捕まったね?争いごとは嫌いなんだ? 可愛い子を殺したら可哀想だし? だし? 君、いや、君達はもう、僕の友達だね? 今度譲って貰おうかな? かな? またね? 」
変態は早口で何かほざきながら、緑色の光跡を残し超高速で消え去る。あとに残されたのは心底怯え、震えながら体中に名刺を貼られた男だけだ。君達って、俺も入ってんのか?――――えぇ……。
『だんな様、先程の変態、亜光速移動しています』
これだけは言える。人類は間違った方向に進化した。先程現れた女性、走って追いかけるも追いつくはずもなく、すぐさまこちらへ戻ってきた。
「もうっ! ヴェルトメテオール! あの変態、また捕まえ損ないました……そもそもあんなの本当に捕まえられるの?リベレーターを1人でだなんて……あっ失礼、そこの貴方 」
「な、なんでしょうか! 僕は変態じゃないです怪しくないですホントです! 」
「君も被害者かと思ったけど……違うの? 何だか怪しいよね?露骨に怪しいよね? 悪い人には見えないけど」
俺は、彼女を凝視した。ふわりとした青みがかった薄紫色の髪。街を歩けば誰もが振り向くような美しい、しかしどこか幼さを残すその表情。
恐らく俺よりも歳下だろうな。普段は大きくくるっとしているであろう、今にも吸い込まれそうな美しい瞳と歌うような声。なんたる美人……。
《ヒタチ、この女性、かなり好みですよね? アプローチアシスト、スタンバイしますか?》
《やめろぉ!? 勘弁してくれ!》
特徴的な服装だ。紫色のラインが入った白を基調としたライダースーツの様な服。そしてなにより、手にしている変わった形の剣。この出会いを、俺は忘れられそうにないだろう。剣を持った女性なんて印象の暴力だ。
でもなんかコスプレみたいだな。いや、ここはパラレルワールド、あれが私服かもしれないのか。俺は、俺は彼女にひとめぼ……ん? 彼女、どこかで見たことがあるような? いや? 忘れるか普通?
「あら? ID反応が無い? 」
ID……だと?
まずい、まずいぞ!
《ヒタチ、無理です》
《まだ何もいってねぇ!》
正直にゲロるか!
無理だ!
ならば必殺!
「あぁ、お疲れ様です〜、ID! いやぁ慌ててIDを無くしてしまって困ってたんですよ!参ったなぁホント」
得意技のすっとぼけを喰らえ!
俺の一番の得意技だ!
「埋め込み式IDを無くした?その……腕を切られたの……? え? 大丈夫、治療は……? 」
――――はい詰んだ。
ほれみろ、正直に言わないからこうなるんだ。
「その、怖がらないで。私は見ての通りコントローラーズの研修職員です。あなたは不法侵入者さんですか?」
不法侵入者、そりゃ間違ってはいないが……。
《ふ、二人とも、どうしましょうかね? ここはひとつ正直に話した方が良い?》
《ヒタチ、それは不味いのでは? 相手の動向が予測できません。文化背景も不明です》
《いや、とりあえず話してみよう、何とかなるかもしれんし》
「あ〜その、実は……ワープ実験の途中、よく分からない光ってる奴にパラレルワールドのこの世界に引って連れてこられて、実験艦も船になっていきなり転送されて気がついたら突然壁の向こうに飛ばされ、何やかんやあって壁を通り抜けたら悲鳴が聞こえて助けに向かったら変態がいたんです!」
なんだろう、自分でも何を言っているのか分からない。
これはやらかしましたね。仕方ないね。
「――――分かりました……」
え?分かったの?マジで? ほれみろやったぜ!やはり正直が一番!
「本部で検査しましょう?大丈夫、変態にもあったし怖かったのですね。でも安心して!不法侵入でもキチンと検査してこのエリアでの滞在が認められれば、きっと幸せな夢を観られますよ!メンタルケアは専門ですから! 」
はい、正直者は馬鹿を見ましたね。知ってた。
――――あれ? セリフ、どっかで聞き覚えが……?思い出した!この子記憶消して脳みそ水槽にぶち込むヤバいヤツだ!映像じゃボヤけてたけど間違いない!
《これは逃げ場がありませんね。だんな様、今度こそ、戦闘モード、スタンバイです。いつでもどうぞ》
「私の名前はストレプトカーパス!さぁ一緒に行きましょう!どちらにしろ、逆らうのなら、逮捕です!」
最悪な光景と、最高のようで最悪な出会い。
助けて、正直全部忘れたい。
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