神の船、焚き火の炎

 地表に激突、つまり墜落死だ。


 もう一つの地球、もう一つの故郷を探索するという人類の夢を託しつつ製造された、総工費3000億円の外宇宙有人探査航行用超光速ドライブ搭載型実験艦「イナ」


 無念、実験開始2秒で故郷に帰還……


 いや、ある意味もう一つの地球は見つかったし、任務完了かな?

 パラレルワールドだぜ?異世界だぜ?宇宙の彼方よりすごい発見だと思わない? ん? 段々と気が遠くなってきたぞ?ヤバイヤバイ。気をしっかりと持たねば。落ち着こう。


「まずは深呼吸だ。状況を整理しなければ。いや、俺は別にパニックなんてなってないし昨日の朝飯は日立市、光力の海鮮丼だ。開店時には1000円で食べられる1日5食限定の超お得な海鮮丼があるけど朝一から並ばないと」


「ダンナ様、落ち着いて。口に出ていますよ」


「アッハイ、落ち着きます」


 落ち着くんだ、光力の海鮮丼は超絶品だ。さてと。なんとかしてこの状況を脱出しなければ。現実は非情だぞ。いや、なんとかなるって。知らんけど!


「あーあー、聴こえるー? 」


 突然の強い光と共に、聞き覚えのある声がする。

 たった今フェードアウトしたはずの声だ。

 しかも今度は音量がデカい。


「死にそう? 飛ばす先近すぎたかな? めんご! えっと、船が欲しいと考えなさい。 そのイバライトを使うにはやりたい事を考えないとね。んじゃ! 」


 えらい急いでたなおい。

 しかし、今度こそ消えたのか……?


 しかし、船が欲しいとはどういう事だ? パーツレベルならともかく、宇宙船を丸ごと作るのは流石にできないし、あるとしても原理が……んんん!?


 久々に俺の手が輝き出した。この光は普段イバライトを使う時には出ない物だ。これは、核を無効化した時の……


 体内のイバライトが発動し、手の甲には『栖』という字が出ている。


 ――――栖?栖ってなんだ?


「報告します。ヒタチ、艦内でイバライトの起動を確認しました。説明を要求します。一体、どうやったので? 」


 さっぱり分からない。

 言われた通りにやりました。


「報告します。現在、本艦は分解・再構築されています。イバライト起動時、通常とは異なる振動数を確認」


「通常とは異なる振動? 待って、分解?ここ宇宙だよ?死ぬよ? 」


 ひたすらビビり、脱出方法を試そうかと考えていたが、どうやら一瞬で変換は済んだようだ。


 目の前に、外の景色が投影される。

 この姿は宇宙船というより、むしろ帆船そのものだ。

 再構築された内装は以前のメカニカルさは見当たらず、どこか神聖な趣の船内に変化していた。


「や! 今日は遅刻しなかったよ? 君に呼ばれるのも慣れてきた! 手伝うよ! どこにいく? 」


 なんだろう。やたらフランクな声が聴こえる。この感覚は先程のアムトリスとそっくりだ。


「はじめまして、私カシマと申します。ところであなた誰ですの?再構築された艦のAIですの? 敵? デストロイ ?」


 カシマが敵意剥き出しで質問する。

 さすが戦闘用、頼りになるぅ!


「いやだなぁ参ったなぁ、敵じゃないよ? んん? 初めまして? あそうかこれ一回目!そう、僕は君らの言うAIとは勿論違う。僕の名前はテリノワクス。見ての通り、船さ! 行きたい場所を言いな! 」


「ところでなんか落ちてない? 君らで言う下? OK! ちょっと移動しますか! 」


 このせっかち感、この軽さ、そして何より頭に響くこのビジョン、間違いない、やはりアムトリスの仲間だろう。


 それに初対面のはずだ。

 少なくとも船の知り合いはいない。


 しかし、まさかイナが帆船になるとは驚きだ。なによりAIでは無いとするとなんなんだ?まさか船型宇宙人? とりあえず挨拶をしよう。挨拶は大事だ。


「初めまして、テリノワクスさん。ミト・ヒタチです。その……呼ばれたってのは? というか俺達が乗っていたはずのイナは一体どうなったんです? 」


 そう、イナがなければ帰れない。


 しかももしかして俺、艦を盗んだ事になる?それとも事故か? まさか、事故死扱い?

さらば茨城よ永遠に?


 だって仕方ないじゃないか! 通信する暇すら無かったぞ!

 まぁ、イナがあっても帰れるかどうかはわからないが、無いよりは良いさ!


 そもそもどういう原理で再構築が起きたのか。

 本来のイバライトではこんな事、起こるはずがないのだ。


「イナ? ああ、さっきの舟かな? ごめんねぇ、食べちゃったよ! でも問題なし! どこでも連れてくよ! ヨーソロー! 」


 テンション高っけぇ!

それに食べちゃったって何さ……? いや、一応なんとかはなったのか?


 まて、考えるのは後回しだ。

 取り敢えず、この宇宙で迷子になる事は無いと考えよう。オーライ、常に前向きなのが俺の取り柄なのだ。


「先程の地表観測データ解析完了。ヒタチ、この地図を見てください」


 ダイゴが俺の目前に地図を投影した。

 しかしその地図は、明らかにおかしい、色々と少ないぞこれ?


「地表にて、北米、アフリカ、オセアニア、中東、中南米大陸がほぼ消滅しています。我々の地球と比較したところ、大陸面積が50%を切っています」


「本国日本は東京都が消滅、北海道の面積が65%まで減少しています。地球人口は約60億、そのうち半数の生命反応は人間とは異なります」


 大陸が無くなっていたのだ。

 これがビジョンで見た戦争と隕石落下の末路か。


 どちらにしろ、地上に降りるしかない。


「人間とは異なる? ああ、ビジョンでみた進化した人類か……よし、日本だ、とりあえず日本に降りよう。人口密集地はどこだ?まずは情報収集が先決だ」


「回答、人口密集地帯は6ヶ所、熊本、大阪、神奈川、茨城、千葉、青森エリアになります」


 その6つ、どこに降りようか――――

茨城か、やはり茨城か。というか人口密集地帯なのか? 何かの間違いでは?


「じゃあ、いばら……」


「私、横浜行きたいです。行ったことないので。あと普通の人間がが一番多いです。気になる事もあるので」


「――――はい!横浜に決定!」


 べ、別に理由があったわけじゃないし? とりあえず彼女の言う事を聞こうじゃないか。

 そもそもの話、この世界や新人類とやらの危険性とやらもさっぱりわからんのだから。


「OK横浜ね! 横浜の夜景が見たいネ! 浮遊観覧車もオススメだよォ! そんじゃいってら!! 」


 なんてフランクなんだ。

 でも浮遊観覧車って何……?

 しかし他にも、引っかかる言い回しがあったような?


 いや待てよ。


「え?いってら?この船、いやテリノワクスさんも一緒に行くんじゃな……うわっ! 」


 身体が光に包まれたかと思った矢先、目の前が突然横浜山下公園になりましたとさ。どういう事なの……。


「今のは一体、これはまさか、転送?しかもここ……」


 転送技術はまだ俺達の科学力では理論が実証されていないのだ。

 これ、俺は分解されたってこと?俺は元の俺なのか? いや、我思ってるから我なんだろう。きっとそうだよきっとそう!だが……


 うん。、思わず股間を触っちゃうよね。ちゃんとあったね。


「ヒタチ、欠損は問題ありません。保証します」


「お、おう……」


 いや待て、それどころじゃない。いや、それどころではあるが。


 どこか淀んだ海風が肌を通り縋る。

 よく知る場所だ。残念ながらデートで行ったことは無いが。そもそもデートなんて……うん。


 この場所は間違いなく山下公園のある場所だ。しかし目の前の景色は知っている景色とは別物。なにせ眼前にそびえ立つはずのベイブリッジが無いんだから。


 氷川丸もあるがサビだらけの廃船だし、公園があるハズの場所にはコンテナとプレハブ住宅、そしてゾンビのように無気力な住民で溢れている。


 なんだこれ……まるで映画のスラム街じゃないか。


 時刻は日が沈み始めているが、残念ながら夜景を楽しむような環境ではない。


「地形データ収集中。 これは少々期待と違いましたね。 でもこの場所、 アムトリスさんの見せたビジョンの場所です。 大当たり! 」


 カシマさんが喜んでおいでだ。

 選択基準はそこだったのね。てっきり適当だとおもってた。

 そもそも転送に突っ込みはないのか。いや、もう今更か。何も言わないだけで解析なりはしてるんだろう。多分。


 遠くに見えるみなとみらいの街並みは、無機質な窓のないビルが数多く均等に並び、赤レンガ倉庫があった場所には発電施設のような建物が建っている。


 ふと見れば、噴水があったはずの場所に人だかりが出来ている。どうやら、焚き木をしているようだ。ちょい肌寒いもんな。話を聞いてみようじゃないか。日本語通じるよね? まぁお利口さんが二人もいるんだ。なんとかなるさ。


 一応、翻訳システムもあるにはあるが。


「ビジョンによると、この世界の歴史ではAIの反乱が起きたと言っていましたわね。念の為、ここではただのブレスレットに化けていましょう。ね?ダイゴ?」


「Y」


 確かにカシマの言う通りだ。

 AIの反乱が起きたような場所で、AIが重宝されるとは思えない。そもそもそんな文明が残っているようにはパッと見わからんが。


 イナと一緒にダイゴとカシマの義体は消えちまったし、ここは俺が行くしかあるまい。


「あのすみません、少しお時間宜しいでしょうか? 」


 人だかりの端にいた老人に声をかける。まるでどこかの作業員のようだ。


「ああ……さとる? どうした? 」


 まるで家族に話しかるかのように、老人は笑顔で答えた。


「いや、人違いです。俺はミト・ヒタチと……」


 俺は、老人の目を観て驚きを隠せなかった。

 明らかにこちらを見ていない。まるで、どこか遠くを見ているかのようだ。


「さとる、お前が来てくれてよかった。私は今から母さんとさとるに会いにいく所だったんだ」


 老人が何を言わんとしているか理解出来なかった。

 話がイマイチ噛み合わない。


 俺をさとるという人と勘違いしている?

 でも、さとるに会いに行くとは?


「最期にさとると会えてよかった。すまなかった、私はお前に逢いに行くよ、会いたかったんだ、私のせいだったんだ、私の、私は逢いに行くよ」


 老人は同じ事を繰り返している。


 いや、老人だけではない、周りの人間もまたなにかを呟いている。


 風向きが変わる。

 海風が潮の匂いを運びながら、焚き火の揺らめきがこちらを向いた


 一体何を?ん?この臭い……灯油?


「ヒタチ、周囲の人間達は、明らかに精神に異常をきたしています。アラート!可燃物質感知、距離をとって!」


 その時、老人と周りにいた人達が一斉に笑・い・な・が・ら・、・火・に・飛・び・込・ん・だ・。・


「そんなっ! 何を! 」


 一瞬で10人以上が火に飛び込んでいた。

 火の回りが早すぎる。やはり身体に灯油をかけていたのか。


「消さないと! 火を! イバライト起動! クソッ間に合わない! 」


 こんなことは有り得ない、目の前で起きた事が理解できなかった。集団自殺だと? こんな所で?一体なぜ?


「旦那様、残念ですが消火は間に合いません。無理です」


 それは一瞬の出来事だった。

 さっきまで話していた老人だけでは無い。大人も子供も皆、笑いながら焼け崩れ落ちていった。


「なんだこれは!? 一体どうして……」


 パニックだ。狂ってる。疑問が矢継ぎ早に飛んでくる。


「アンタら、どこから来たね? 」


 放心している俺の後ろから話しかける声がした。

 恐る恐る振り返った先には、顰め面の中年女性が立っていた。


「アンタの所は知らんけどここら辺じゃ珍しくはないよ。良い服だ、ここに来たのは初めてかい? 」


 女性は諦めた表情で話しかける。

 珍しくない?こんな地獄のような光景が?

 こんな事が?なぜ冷静でいられるんだ?


「その、人がみんな燃えて、自分から……!」


 言葉が続かない、とにかく目の前で起きた惨劇が目に焼き付いた。


「無駄な事ばかりしてねぇ、どうせ死ねやしないのに。最近また増えてきたねぇ」


 この女性は何を言っているのだ?何故こんなにも冷静でいられるのだ?死ねないとはなんなのだ?


「死ねや……しないとは?」


 先程から震えが止まらない。もうなるようになれ。ひたすら質問していくしかない。


「アンタどっから来た?アッチからのお客さん?」


『ヒタチ、ここは話を合わせてください。情報が不足しています』


 ダイゴが俺に念話で語りかける。イバライトによるテレパシーのようなものだ。


 女性はどうやら、みなとみらいの方角を指さしているようだ。ここは素直に、ダイゴの言うことを聞こう。


「ええ、今日初めてここに来たんです」


 すっとぼけるしかない。ここは人が焼けた臭いがする。

 正直に言うと、一刻も早くここから立ち去りたい。


「初めて?まぁいい。死ねないのさ、死んでもまた再利用されちまう」


 全く意味がわからない。死者蘇生だってのか?

 この世界に、そこまでの技術力があるのか?


「ええ、疲れてしまって。宜しければ教えていただけますか?少々歩きながら」


 ここから離れよう。離れたい、吐き気がする。


「知らないのかい? あのね、この町では人口が決まってんのさ。労働力確保さね」


「労働力?」


「出来の悪いアタシらはここに住まされて、死んだらそのまま保存された記憶引き継いでクローンが作られるのさ」


「明日には死んだ連中も戻ってくるよ。お利口さん達は水槽で泳いでんのにねぇ」

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