第15話

僕が一糸纏わぬ姿になると、ミサは何か呪文のようなものを唱えた。

「え?」

見られると恥ずかしい部分に白い霧のようなものがかかる。

「魔法で隠したい場所を読み取って見えなくする魔法を使いました。これで恥ずかしくありませんよね?」

「すごい。手で払っても消えない。」

「この効果は30分ほど持続します。その後は自然に消えますのでご安心ください。」

「とても便利な魔法だね。」

昨日もこの魔法を使って欲しかったな。

よく見ると、ミサも同じ魔法を使ったようで、ミサの胸元と腰付近に白い霧がかかっていた。白い水着を着ているようなイメージを持てば、今日の入浴はどうにか無事にクリアできそうだ。

「では参りましょうか。」

「うん。」

脱衣所から浴場まですぐそこなのに僕の手を取るミサ。きっとお姉さんの時の癖が出たのだろう。僕はそのまま手を握り返す。

「滑りやすいですから、気を付けてください。」

「ありがとう。」

扉を開けると、とても心地い熱気に包まれる。湯気もあるので雰囲気も良い。

「では、かけ湯をどうぞ。」

「ありがとう。」

桶を受け取って軽く体にかける。

「もう、ミナト様。もっと丁寧にかけてください。」

そう言うとミサは自分の桶に再度お湯を足し、僕の体にかけてくる。

「ちょっと!?ミサ!?」

「ちゃんと丁寧にこことか、ちゃんと流してください。マナーでしょ、マナー。」

僕が触れないところをしっかりと流してくれるミサ。ものすごく恥ずかしい。

「これで良し!では、行きましょう。」

ミサってすごい面倒見のいい性格なのかもしれない。再び手を繋ぎ浴場の中央へ向かう。

片足からゆっくりとお湯につかる。

「……気持ちいい。」

やっぱり温泉は良い。この世界にも温泉があってよかったと改めて思う。

「とてもいいお湯加減ですね。」

「そうだね。すごく気持ちいい。これって源泉?」

「はい。神殿を建設している最中にここでお湯が沸いたので大浴場にしたと言われています。」

「偶然できたって感じだね。」

「はい。そのようです。この世界で源泉はとても貴重で、滅多に見つからないんですよ。」

「それは破滅に向かっている影響なの?」

「……多分、そうだと思います。いずれこの源泉も枯れてしまうのではないかと言われているくらいです。」

「そうなんだ……。」

「でも根拠はありません。今存在する事に感謝して、くつろぎましょう。」

「うん、そうだね。」

破滅に向かう世界。僕がここに存在する理由はなんだろう?

「破滅を回避することってできないのかな?」

「回避……ですか?」

不思議そうな顔のミサ。

「うん。世界を破滅から救う勇者って結構物語であったりするでしょ?」

「ミナト様の世界にはそのような物語があるのですか?」

「あれ?この世界にはそういうの無いの?」

「初めて耳にしました。」

この世界に、世界を救う物語が……ない?

「この世界で魔物を統括している人っているの?」

ミサの顔が驚きに変わる。

「ミナト様、そのような事は言ってはいけません!」

「え?」

「ミナト様、よく聞いてください。今の言葉、心の中で思うことは問題ありませんが絶対に口にしてはいけません。」

「ど、どうして?」

「詳しくはお話しできません。ただ、絶対に口にしないでください。お願いです。」

「……うん。」

「では、お背中をお流ししますね。」

話題を変えるかのようにミサはお湯から上がる。

「どうぞ。」

僕はミサに案内されるがまま、鏡の前に座る。鏡に映るミサは、脇腹に大きな傷口の痕が残っていた。まるで手術をしたかのような大きな切り傷の痕。

「ミサ、脇腹に傷痕があるね。」

「……はい。妹のおかげで私はこの傷程度で済みました。とは言っても重症でしたが。」

「大戦の?」

「はい。妹が私を庇った時に、魔物の刃は妹の体を……その……完全に切り裂いて、その勢いで私の脇腹まで到達しました。つまり、私一人だったら……今頃私の体は二つに引き裂かれて絶命していたでしょう。」

顔を伏せるミサ。

「ご、ごめんね。思い出させちゃって。」

「いえ。いいんです。」

僕は無意識にその傷痕に触れる。

「ミ、ミナト様!?」

条件反射かのようにミサは僕の触れた手から体ごと離す。

「あ!ご、ごめん!」

何をやってるんだ僕は。女の子の体に……その上、素肌に触れるなんて。

「いえ、すみません。ちょっとびっくりしてしまって。」

「本当にごめん!」

するとミサが僕に急接近する。

「どうして、触れてくれたのですか?」

「いや、その、なんだろう?自然に手が伸びてて。ごめん。」

「ミナト様は本当に妹にそっくりです。妹も、お風呂ではものすごく恥ずかしがりだったんですよ。ちょっと私の体に触れると「ごめん、ごめん」って。ふふっ。」

優しい笑みを見せる。

「へぇ。結構似てるところがあるんだね。」

「はい。本当に妹がこの世界に戻って来たと錯覚してしまいそうです。」

「……幸せ?」

「はい。私は、すごく幸せです。」

「ボクは妹さんじゃないのに?」

「はい。私は妹を亡くしてから存在意義というものを見失っていました。ですが、今回ミナト様と出会って、私は再び自分自身がこの世界に存在する意義を見つけたのです。」

「ボクを守るっていう事?」

「はい。」

ミサは僕の背中を洗い始める。丁寧で優しい。

「ミナト様のお体はすごく綺麗ですね。」

「ボクの世界では争いなんてないからね。怪我と言ったら転んだりするくらいかな。」

「羨ましい世界ですね。」

「今度おいでよ。」

「ふふっ。もしも、行ける機会があるのなら行ってみたいですね。私はずっとミナト様の側に居たいと思っています。」


ドクン。


心臓の鼓動が高鳴る。まるで、告白されたような錯覚を覚える。もちろん、僕とミサは外見上は同じ女の子同士。でも、僕の心は男のまま。だから、女の子の言葉にものすごく反応してしまう。

「ミナト様?」

「え?いや、なんでもないよ!」

顔が赤くなっていっているのが自分でも分かる。耳がチリチリと熱い。

「もしかして、本当は連れて行っていただけないのですか?」

寂しそうな顔をするミサ。

「そんなことないよ。もし行けるなら、一緒に行こう。約束するよ。」

「ありがとうございます。」

洗われた背中に優しくお湯がかかり、泡と一緒に流れ落ちる。

「はい。終わりました。」

「ありがとう。」

「私は自分の体を洗わせてもらいますので、先に湯船に浸かっていてください。」

「うん。」

足元に注意しながら湯船に戻る。

僕の心臓の鼓動は、相変わらず高鳴ったままだった。

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