第16話

結局、鼓動の高まりが収まる前にミサは湯船へと戻ってきてしまった。

「失礼します。」

ミサもゆっくりと湯船に浸かる。

「ふぅ。」

とても気持ちよさそうだ。

「ミナト様?お顔が赤いですよ?大丈夫ですか?」

「う、うん。平気。」

こんな間近で見る女の子。僕が居た世界でこんな体験は今まで一度もなかった。この世界は実は幸せなんじゃないだろうか?

ふと、そう思った瞬間、これまで体験したことのないような頭痛が襲う。

「っ!!」

言葉にならない声が出る。突然の頭痛のせいで眩暈を感じる。

「ミナト様!?」

僕に歩み寄るミサ。

「だ、大丈夫!平気だか……ら!」

「どうしたんですか!?どこか痛むのですか!?」

「大丈夫!頭痛が……するだけだから……大丈夫……大丈夫。」

自分に言い聞かせるように「大丈夫」を繰り返す。ミサはそれ以上何も言わず、僕の顔を胸元へと誘う。

頭痛で思考能力が落ちてゆく。ミサの胸の中にいる自分に何も感じない。頭がぼうっとして何も考えられない。

「……ミナト様。落ち着いてください。気をしっかり。」

耳元で優しく囁く。

「あり……がとう。」

頭痛が収まってゆく。それと同時に僕の意識もはっきりとしていき、ミサの胸に顔をうずめていることをはっきりと理解するまでに回復した。

「うわっ!」

僕は驚いて離れようとすると、ミサは頭をがっちり抑え阻止する。

「ミ、ミサ!?」

「まだしばらくこのままでいてください。」

「で、でも!」

霧の魔法で胸は見えないけど感触は確かに伝わってくる。すごく柔らかくて温かい。これが、女の子なのか……。

「落ち着きましたか?」

「……うん。」

「ミサ。」

「はい。何ですか?」

優しく、そよ風のように優しい返事。

「ボク、この世界に来て二日しか経っていないけど、元の世界より新鮮で楽しいかも……しれない。」


ドクン。


激しい動悸と共に、再びさっきの頭痛に襲われる。

「うわっ!!」

僕は再び痛みに耐えきれなくなり、叫ぶような声が出てしまう。

「ミナト様!?」

「ご、ごめん……平気。」

「本当に大丈夫ですか!?そろそろ上がりましょう!お身体を僧侶様に見ていただきましょう!」

「……いや、大丈夫だよ。」

「いけません!お時間は取らせませんから!」

僕を抱きかかえるミサ。

「えっ!?ちょっと!?」

「お着替えまでのお世話は私に任せて、今はどうかご自身の気をしっかり持ってください。」

「う、うん。」

抱きかかえられては抵抗もできない。僕はミサにすべてを委ねることにした。

そして、今の僕の思考から考えられる事実がひとつ。それは、



僕は、ということ。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





脱衣所で新しい服を着せられ、そのまま僧侶さんのところに運ばれる。

「……特に悪いところは見当たらんがのぅ?」

80歳はいってそうなくらいの男の僧侶さんが困ったような顔をする。

「そうですか……。」

「ミナト様とおっしゃったか?」

「はい。」

木製の丸い椅子に座らされた僕は、病院の診察室のような感じで僧侶さんと対面している。

「ミナト様は何か持病でもお持ちか?」

そういえば、これは湊ちゃんの体だ。僕の本来の体じゃないということは、持病があるのかどうか分からない。

「……。」

「ミナト様?」

「え?あ、すみません。無いと……思います。」

「何やら自信なさげじゃの?」

「……ちょっと分からなくて。」

「僧侶様。ミナト様は記憶を失くされているのです。」

「そうじゃったか。ほう。」

「ミサ殿、ちょっと外してくれんかの?ミナト様と二人で話したい事があるんじゃが?」

「え?はい。分かりました。ミナト様、終わったらお声がけください。」

ミサが部屋を出て行く。

「ミナト様。」

「は、はい。」

あまりに気迫に迫る僧侶さんに一瞬怖気づいてしまう。

「あなたには魂が二つあるように見える。何か心当たりはないか?」

「え?」

魂が二つ?僕と湊ちゃん、両方の魂を持っているという事なのだろうか?でも、本当の事を知られるわけにはいかない。

あくまでもこの世界での僕は女の子だ。絶対に中身は男だとばれてはいけない……そんな事を思う。

でも、その考えは確信に近い。

「どうかの?」

答えを迫られる。

「……分かりません。」

「そうか。では、また何かあれば来なされ。もう戻っても結構じゃ。」

「ありがとうございます。」

一礼して部屋を出る。

「ミナト様。」

部屋を出るとミサが心配そうな顔をしていた。

「ありがとうミサ。もう平気だから。」

「まだこの世界に来たばかりでお疲れでしょう?お部屋で休まれてはいかがですか?」

「うん。そうする。」

「では、ご案内します。」

ミサは僕の手を掴む。

「……。」

僕は手を繋いだまま静かに歩く。僕はこの時ずっと「二つの魂」についてずっと考えていた。

「……ナト様?……ミナト様?」

「え?」

気付くとすでに部屋の前だった。

「本当に大丈夫ですか?」

「うん。平気。今日はありがとう。」

「……ミナト様。」

「ん?」

「私は……すべての辛さからあなたを救いたい。あなたを守りたい。私は……どうしてしまったんでしょうか?私は……あなたの事を本当の家族のように……愛しています。」

「……ミサ。」

僕を妹さんと重ねているのだろう。

「どうか、私にだけは甘えてください。私はミナト様のすべてを受け入れたいのです。」

「……ありがとう。」

まるで告白されたような気分になると同時に、僕はミサを騙しているのではないかという罪悪感にも襲われる。僕は彼女の気持ちを踏みにじっているのではないか?中身は男で、本当に似ているのは容姿だけしかない。

「……私はまだミナト様と別れたくありません。ミナト様に笑顔が戻るまで、今は側にいさせてもらえませんか?」

「え?」

泣きそうな顔をしているミサ。僕は今、一人になりたかった。

「本当に平気だから……。何かあれば真っ先にミサの事を呼ぶから。」

「……そうですか。では、何かあればすぐにお呼びください。」

ミサは深く一礼すると、そのまま踵を返した。僕はミサが見えなくなるまで見送る。

完全にミサが見えなくなった頃、自室へと入る。

僕の鼓動はさっきのミサの言葉で高まっていた。僕……もしかしたら、ミサの事を少し意識し始めているのかもしれない。今まで女の子にここまで深く心配されることはなかった。そのせいだろうか?

その事も踏まえて、二つの魂についてもしっかりと考えなければいけない。

そして、さっきの頭痛の事も。

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