第14話

コンコン。

高鳴る鼓動を抑えようと、数十分程無意味に室内を歩き回っていると扉をノックする音が響く。

「は、はい!」

「ミナト様。お風呂のご用意ができましたのでご案内したいのですが?」

「ミサ!」

案内で来たのはミサだった。

「今日は私が一日ミナト様の護衛担当なのですよ。ふふっ。」

僕が驚くのを知っているかのように軽く微笑むミサ。

「知っている人で嬉しいよ。」

「それはそれは、ありがとうございます。ご準備はできましたか?」

「うん。」

「では、ご案内します。知っていると思いますが、移動中勝手に違う場所に行くことは許されていません。私にしっかり付いてきてください。」

「……う、うん。」

この神殿は秘密裏な場所が多いのか、僕がお客様だから関係者以外の部屋には入れないのかどっちなんだろう。よくよく考えると、この神殿って正義なのか悪なのか僕はまだ知らないんだよな。聖剣せいけんラグナロクというくらいだから悪ではないんだろうけど。

「ミナト様?」

「な、なんでもないよ。行こうか。」

「はい。」

ミサの右斜め後ろを歩く。

「ミナト様、手、繋ぎましょうか?」

「え?」

「ミナト様がしっかりと着いてきているか確認する意味も込めて、手を繋ぎたいのですが?」

「ミサが手を繋ぎたいだけでしょ?」

「……意地悪な人ですね。ふふっ。」

僕はミサの提案を受け入れる。もちろん、どこだりに移動するとかそういうのじゃないけど、僕が妹さんに似ているからきっと過去の想い出の欠片をまた心の底から拾ってきたのだろう。

ミサの温かい手が触れる。

「妹さんの写真ってある?」

僕はどのくらい似ているのか知りたくなってしまい、非常識だとは思いつつも故人の顔を見たくなった。

「こちらです。」

ミサが胸元に手を入れ、ロケットを取り出し首から外す。開かれたロケットには写真が入っていてミサと妹さんが笑顔で写っていた。

「本当にそっくりだ……。」

湊ちゃんそっくりな顔。僕が見ても湊ちゃんの妹なんじゃないかと思ってしまうほどだ。

「でしょう?とても不思議で、ミナト様とは運命を感じるのです。」

「……ありがとう。」

お礼を言うとミサは再び大事そうにロケットを胸元へと仕舞う。

「ミナト様は、どうしてこの世界に来られたのでしょう?」

「それはボクも分からないよ。何か意味があるのか、それとも意味のないのか、まだ何一つ分からないままだよ。」

「それであれば、私もミナト様のお手伝いをさせていただけませんか?」

「手伝い?」

「はい。ミナト様が知りたい事を私もお手伝いしたいのです。」

「ミサはお勤めもあるでしょ?」

「それについてはシャリー様にご相談して、ミナト様専属の護衛としてご命令いただけないかと交渉している最中です。」

「……ミサって結構行動力があるんだね。」

「私はもう、あの時こうしていれば……というような後悔をしたくありません。後悔をするのなら自分のやりたい事をやってから後悔したいのです。」

その瞬間、僕は湊ちゃんと待ち合わせをした日の事を思い出した。僕もあの日、湊ちゃんが誰かの彼女になってしまうくらいなら、告白して玉砕しておこうって決意したんだ。

僕はミサと違って戦う力もなければ魔法も使えない。この世界では一人で危機に対処することはできない。でも、ミサが居てくれたら、誰かが僕を支援してくれるのならこの提案を受け入れていいのではないか?

「ミサ、それならひとつ条件がある。」

「条件ですか?」

「うん。今日みたいに危険なことがあったらまず自分自身を大切にしてほしい。ボクに命を懸けるほどの事までしなくていい。」

「……。」

ミサは僕の事を何も言わずにただ見つめている。

「ボクはミサに親近感を感じるんだ。だから、ミサを失いたくない。ボクにミサの過去を押し付けないでほしい。」

ミサが僕を庇って命を落としてしまったら、今度は僕がミサと同じ運命を背負ってしまいそうだ。

「ミナト様の世界ではどういう環境でどういう御役目があるのか分かりませんが、この世界での護衛は、命じられた要人の無事を守るのが仕事です。要人を犠牲にして自分自身が生き残る事は許されません。それ程この役目は並大抵の決意ではできないものなのです。ミナト様はその事をまだ理解していない。」

「それなら協力の話しは無かったことになるね。」

「いいえ。」

ミサは優しい笑みで否定する。

「ミナト様は、もう私を受け入れています。先ほどあなたを命を懸けて守りますと宣誓した時に否定されませんでした。この世界で、命の宣誓をした時に即時に否定しない場合は受け入れたものとみなされるのですよ?」

「え!?知らなかった!知らないから無効だよね!?」

「いいえ。それは理由になりません。」

「そ、そうだったんだ……。」

「お手伝いさせていただけませんか?自分自身は極力大事にしますので。」

「……うん。」

この世界の事、もっと知る必要があるなと痛感した瞬間だった。

「着きました。こちらです。」

お風呂場に到着して、昨日色々とあった脱衣所に案内される。

「ありがとうミサ。」

「あの、よろしければお背中をお流ししましょうか?」

「え!?それはまずいよ!」

昨日に引き続き、ミサの裸まで見たら本当に罪の重さにさいなまれてしまう。

「どうしてまずいのですか?」

「いや、その、ほら、は、恥ずかしいし。」

「女性同士なんですから、別に問題はないと思いますが?」

「恥ずかしいの!」

「それでは恥ずかしいと思うところを隠せば問題ないのではないですか?」

「そ、そう言われるとそうなるけどさ!」

「それとも私と一緒に入るのは嫌なのですか?まだ裸の付き合いをするほど信頼していないということなんですね?」

「いや!決してそういう事ではなく!」

僕は溜息をつく。

「そ、それじゃお願いしようかな……。」

今にも泣きそうな顔をしているミサに負けてしまった。

「では、脱ぎ脱ぎしましょう!」

嬉しそうに僕の上着を脱がそうとする。

「えっ!?ちょっ、ちょっと待って!!」

「どうしました?」

「じ、自分で脱げるから!」

「お姉ちゃんに任せてもらえないのですか?」

「突然お姉ちゃんになられても、まだ心の準備が……。」

「何か見られてはいけないものでもあるのですか?」

ミサが鞘に手を向ける。

「え?」

「この世界では、悪魔はいかなる時にも肌身離さずに持っていないといけないアイテムがあります。もし、ここで一糸纏わぬ姿になれないのであればあなたは悪魔の一味ということを証明することになります。」

シャリーさんが僕をお風呂に誘った理由ってもしかしてこれだったのかな?ミサの顔は真剣で、さっきの戦士としてのミサそのものだった。

「ボクは悪魔じゃないよ。肌身離さずに持っていないといけないものはない。これは本当だよ。ただ、今までお風呂は一人で入るのが当たり前だったから、そう簡単に脱げないんだよ、ごめん。」

ミサは鞘から手を離す。

「ふふっ。では脱ぎましょう?」

「え?」

悪戯な笑みのミサ。まさか……はめられた?

そのままミサは僕の上着をはぎ取る。

「わっ!わっ!!」

僕は急いで胸を両手で隠す。ごめん湊ちゃん!

「ミナト様はとてもスタイルがいいのにもったいないですね。」

「そ、そういう問題じゃないんだよ!恥ずかしいんだって!」

僕にはもう下着一枚しか残されていない。

「ほ、ほら、ミサも脱ごう?一緒に脱ごうよ?」

はたから聞くと犯罪のにおいしかしないけど、この世界では許されるだろう。

「もう、仕方ないですね。」

そう言うとミサは自分の衣類を脱ぎ始める。

その間に僕は心の準備をしなくてはならない。湊ちゃん、本当ごめん。なるべく見ないようにするからごめん。

何度も同じ言葉を繰り返しながら、僕は最後の一枚に手をかけた。


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