第12話
しばらく歩くと廃墟となったバスの待合所くらいの大きさの建物が目に入る。
「ミサ、あれは?」
「はい、あれは大戦の時に破壊された関所です。」
「関所?関所って普通大きな柵で誰も通れないようにしない?」
何もない大地の真ん中に建物だけある。柵は無い。
「ここは魔法の力で制御された関所なんですよ。」
「魔法?」
「はい。この関所の中で許可を得られない者は、魔法の壁に阻まれてはじき返されて前に進めないのです。」
「へぇ。」
僕は建物の中を覗く。
「何もない。」
「雨ざらしとなった建物ですので、もう完全に朽ちています。」
「どうして取り壊さないの?」
「……どうしてでしょうね。私もちょっと分かりません。」
一瞬何かを言い留めたような返答だった。何か知っているけど教えられないという感じ。
「へぇ。」
僕は言及しない。昨日神殿でも言われたように、この世界で不必要に物事に干渉すると危ないからだ。余計な事を知ってしまって命を狙われてはどうしようもない。
建物の中に侵入してきた草木の中に、白い光を放つ花を見つける。
「あの花、綺麗だね。」
白い花。この花は触れてはいけないとさっき教えてもらったばかり。
「綺麗に惑わされてはいけません。あれは破滅種です。」
「うん。さっき言ってたやつだね。」
「よく覚えていましたね。」
さすがにそこまで僕はバカじゃない。
「触るなって言われると触りたくなるのが人間だよね。」
僕はちょっと意地悪を仕掛ける。
「ミナト様は私が『抱きしめないでください』ってお願いすると抱きしめたくなるということなのですね?」
「え?」
予想外の答えが返ってきて僕はちょっとびっくりする。
「そういう事なんですよね?」
僕の顔を覗きこむミサ。
「……いや、それとこれとは……その話が。」
「どうしました?はっきり言わないと分かりませんよ?」
「その……そういう話じゃないと思うよ?」
「では、どういう話なのですか?」
近い。ミサの顔がものすごく近くて思考能力がなくなる。近くで見るミサはすごくかわいくて、そんなお姉さんに言葉攻めをされている自分に少し興奮する。
「……つ、次行こうか?」
「あ、誤魔化しましたね?」
するとミサは白い花を摘み、僕の鼻の前に差し出す。
「え!?」
ものすごく甘い花の香りを感じた瞬間、一気に手足が痺れ始める。僕は耐えられなくて座り込む。
「これで逃げられませんね。」
「……いや、色々な意味で逃げられないから困るんだけど。」
「言ってくれたら解毒しますが?」
「そ、そこまでするんだ?」
「はい。早くしないと、ここで魔物が来てしまうと命に関わりますよ?」
……さっき「命を懸けて守ります」って泣いていたのは誰だっただろうか。
とはいえ、このままでは危険極まりないので早々に解決しないといけない。
「ご、ごめん。抱きしめます、ごめんなさい。」
「よくできました。」
僕の解答に満足した笑みを浮かべたミサは呪文を唱え始めた。
「……すごい。痺れがなくなった。」
一瞬で手足の痺れがなくなる。
「これが魔法です。すごいでしょう?」
「うん。魔法もすごかったし、ミサの性格もちょっと分かった気がするよ。」
「それは嬉しいです。」
褒めてないんだけど……。
「それにしても、この花、即効性なんだね。ちょっとびっくり。」
「そうなんです。有毒とは言え、命には関わりませんので体験させてみようということでやってみました。申し訳ありません。何事も知ると体験するとでは大きな違いがあります。」
「確かにそうだね。」
「もしミナト様が後々に今のような症状を感じた場合、破滅種の花と思っていただいて間違いありません。この痺れは通常3時間ほど持続します。その間、ほとんど自由に動けない為、敵から攻撃を受けた場合まともに防御することができず命を落とす事がほとんどです。」
「こ、怖いんだね。」
花に恐怖するのって生まれてはじめてだ。
「非常時は私が真っ先にミナト様をお守りに駆けつけます。ご安心ください。」
「それは嬉しいけど、ミサも自分自身を危険にさらさないようにしてよね。ボクだけ生き残っても嫌だからさ。命を賭けるっていう提案だけは受け入れられないよ。」
「ミナト様は優しいですね。」
「せっかく知り合った人を亡くしたくないから。」
「……はい。ありがとうございます。」
再びミサは僕の手を握る。
「そろそろ神殿に戻りましょうか?」
「あれ?ここだけで終わり?」
随分主要拠点が無い地域だな。
「……まだご案内したいところがありましたが、ちょっと不穏な空気を察知しました。魔物が近くにいる可能性があります。危険なので引き返したいと思います。」
「なるほど……。うん、いいよ、戻ろう。」
「絶対に私から離れないでください。そう遠くない場所に魔物がいるかもしれません。」
「うん。」
魔物とはどういう生き物なんだろう?ミサとはぐれてしまって遭遇したら、それはもはや死を意味するのと同じと言っていいだろう。絶対にこの手を離してはいけない。僕はいっそう強くミサの手を握る。
「ミナト様、怖いですか?」
「うん、ちょっと怖気づいちゃった。魔物って見たこともないから。」
「安心してください。私が守りますから。」
魔物に遭遇しないことを強く祈りながら、さっきの小川に戻り、あともう少しで神殿というところでミサが足を止めた。
「動かないでください。」
「え?」
「魔物の気配がすごく強いです。私たちの背後のどこかまで接近しています。このまま道を進むのは危険です。」
「ど、どうするの?」
心臓の鼓動が高まる。ミサが繋がれた手を離し、腰にかけている鞘から剣を引き抜く準備をする。
「ミナト様。後ろを振り向かないでください。魔物に気付かれます。そのまま動かないでください。」
「う、うん。」
恐怖が僕を襲う。後ろを振り向いたらどうなるんだろう?
「死にますからね、我慢してください。」
僕とのさっきの会話で逆の事をしたくなることを悟ったミサは僕に警告する。思考を完全に読まれていた。
「は、はい。」
意味も無く敬語になってしまった。
しばらくして、風がぴたりと止む。
なんだろう、胸騒ぎに似たような変な気持ちになる。まさか、僕も悟っているのだろうか?
魔物は、もうそこまで迫っていると。
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