第11話
「ミナト様、ちょっとこちらへ。」
ミサに案内されて少し歩くと、ゆるい崖を登った先に一面花に囲まれた場所があった。
「この世界にも花ってあるんだ。」
花って惑星単位でどこにでもあるものなんだなと感心してしまう。
「綺麗でしょう?」
ミサが嬉しそうに花の中へ歩いて行き、丁寧に花を摘む。
「花は触っても大丈夫なの?」
「はい。ただ、白い花は触ってはいけません。破滅種と言われていて人体に有毒な物質が含まれています。」
「触るとどうなるの?」
「触った部分が痺れます。この世界に麻痺を促す魔法は存在しないので、体のどこかが痺れた場合はこの花の影響と言って間違いないでしょう。大戦ではよく暗殺の花と言われ多様されました。」
「大戦?」
「ミナト様は歴史的大戦はご存じでしょう?」
「ごめん。ボクはこの世界の人間じゃないんだ。異世界から転移してきたんだよ。」
「異世界から?」
「うん。どうやって来たのかは分からないけど、元に居た世界でボクは事故で崖から落ちたんだ。それで目覚めたらこの世界に。」
「まあ、それはファンタジックですね。」
ミサはなぜか微笑みながら花を摘み続けている。
この花の種類は分からないけど、日本にある花とほとんど見た目は変わらない。花の香りもする。
「どうぞ。」
ミサが花の首飾りをボクの首にさげる。
「わぁ。ありがとうミサ。」
「お似合いですよ、ふふっ。」
嬉しそうなミサ。
「ミサって乙女だね。」
「あら?言いますね。」
「ミサってすごい大人っぽいっていうか、護衛をするくらいだから規則とか厳しくて力も強い人だって思ってた。」
「私だって女の子なんですよ。寂しい夜はひとり静かに泣きますし、思っているより強くありません。日々精進なんです。」
「寂しくて泣くこと……あるんだ?」
「……神殿のみなさんには内緒ですよ?」
「うん。」
どういう時に泣くんだろう?ちょっと興味がある。
「ミサはどういう時に泣くの?知りたいな。」
「聞いてもつまらないお話しですよ?」
「そんなことないよ。」
ミサはボクに背中を向け、一面に広がる花を眺める。
「ミナト様は私の妹にそっくりなんですよ。」
「へぇ。一緒に神殿で暮らしているの?」
「いいえ。妹はもうこの世界に居ません。過去の大戦で、私を守って彼女は命を失いました。」
「え?」
「今ここにいるのは妹のおかげです。私は日々、楽しい事、辛い事、悲しい事を経験する度に感じるのです。この感情があるのは妹のおかげだと。だから妹と二度と会えないことに悲しみを強く感じてしまうのです。」
そういうとミサは僕の方を振り向く。目には涙。
「ミナト様は私が命を懸けて守ります。きっとあなたは妹の化身だと私は信じたいのです。例えミナト様がそれを拒絶しても、私はこの事を心の支えにしたいのです。」
「……ミサ。」
「ダメ……でしょうか?」
ミサが今護衛という誰かを守る仕事をしているのは、亡くした妹さんが影響しているのは間違いない。
「……ボクはミサの妹じゃないけど、似ているっていうのなら何か意味があるのかもしれない。ボクはミサを拒絶しないよ。」
「ありがとうございます。」
ミサはゆっくりと僕の前まで歩み寄り、涙をぬぐいながら笑顔を見せた。
「え!?」
そして僕を強く抱きしめる。
「ちょっ!?ミサ!?」
女の子に抱きしめられるという経験は初めてで、すごく動揺してしまい鼓動が激しく高まる。女の子の体ってすごい柔らかい。ものすごく柔らかい。そして微かに甘くて女の子らしい香り。うまく表現できないけど、シャンプーの香りというかその人の香りってあると思うけど、それに近い。
「あ、ごめんなさい。つい。」
急いで離れるミサ。
「ミサ、首飾り、ありがとう。」
「ふふっ。どういうタイミングですか。もう。」
あきれた笑いのミサ。僕たちを吹き抜けるように吹いた風は湿度を保ったままだったけど、この時ばかりは不快ではなかった。
「それでは、参りましょうか?」
「うん。」
一旦来た道を引き返し、さっきの小川の近くに戻る。
「ミナト様はどこを散策されますか?」
「ううん、どうしよう。この世界の地理は全然分からないし、ボクが倒れていた場所を確認したいけど実は場所を聞いてこなかったんだよね。」
「そうでしたか。では私が軽く観光とはいきませんが主要拠点をご案内いたしましょうか?」
「うん。お願い。」
「それでは1キロほど歩きますが、私から離れないように付いてきてください。」
ミサの涙の痕がまだ瞳に残っている事に僕は気付く。
「だったらさ、手を繋がない?」
自然に出た言葉。僕が女の子と手を繋ぐなんてまったく経験がない。普段なら恥ずかしくて言葉にすらならないのに本当に当たり前のように言えた自分に驚いてしまった。
「あら?いいんですか?」
「む、無理にとは言わないよ。」
「いいえ。ありがとうございます。」
ミサが手を繋いでくる。
ミサの手の温かさが伝わってくる。とても嬉しそうに、そして昔を懐かしむように手をブンブンと振る。
「ミサ、子供みたいだね。」
「私はまだまだ子供ですよ。妹と手を繋いでこうやって帰路についていたものです。懐かしくて、すごく嬉しいです。何より、妹とそっくりなミナト様だからこそ、本当に妹と歩いているようで幸せです。」
「……そっか。それはよかった。ボクなんかで幸せになってくれる人が居て嬉しい。」
「ミナト様。」
「ん?」
「自分の事をなんてというものではありませんよ。ミナト様は世界でたった一人。あなたの代わり、あなたそのものは存在しないのですから。」
「……ミサ。」
元の世界でも僕は心のどこかで思っていたこと。
僕なんてという言葉。
僕は唯一皆無の僕であるということ。そのことは分かっている。でも、あえて言葉に出して言ってくれたミサに親近感を感じている僕がいた。
「ごめん、ありがとう。」
「今度こそ、参りましょう。」
ミサと大きく手を振りながら、終わりゆく大地へと一歩を踏み出した。
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