第9話

「ミナトさん、大丈夫?」

ルカちゃんから手を差し出され、その手に自分の手を伸ばしながら彼女の瞳を見た瞬間、一瞬で眠気が襲い掛かる。

「……あ……れ?」

意識が急速に失われてゆく。一瞬見えたのは、赤い瞳をして冷たい顔でみつめるルカちゃんだった。



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「ん?」

目を開けると見覚えのある天井。しかも、外が明るい。

「あ……れ?」

昨日の記憶も曖昧だ。

「確かシャリーさんの部屋に行ったんだよね。」

それからそうしたっけ?思い出せない。シャリーさんの部屋を出てからそのままこの部屋に戻ってきて休んだのか?

「……。」

なんだろう、この違和感。窓の外を見ると、気持ちがいいほどの晴天。雲一つない。

でも、時間が分からない。そういえば、この世界の時間の概念が分からないままだった。部屋を見渡しても時計らしきものはない。ゆっくりとベッドから上半身を起こす。そして両手を見る。

「やっぱりみなとちゃんのままだ。」

体は湊ちゃんのまま。そしてここは日本じゃないどこかのまま。

「ミナト様?」

扉の向こうから声が聞こえ、軽くノックされる。シャリーさんだ。

「起きていらっしゃいますか?」

「うん。どうぞ。」

「おはようございます、ミナト様。昨日はよく眠れましたか?」

「……うん、多分。記憶がイマイチ曖昧で。」

あははと乾いた笑いになってしまう。

「あら?まだ精神が落ち着いていないのでしょうか?」

「うーん。どうだろう?」

「体調は平気ですか?」

「具合の悪いところはないよ。」

「頭も大丈夫ですか?」

シレっと失礼な事を言うシャリーさん。悪意は……ないよな?

「頭は元から悪いから。」

可哀想な目で見ないで。

「じょ、冗談……だよ?あはは。」

「……もう少し休まれますか?」

「いや、大丈夫。」

シャリーさんって真面目なのかあえてスルーする意地悪なのかよく読めないな。

「朝食は食べられそうですか?」

そう言われて、お腹が空いている事に気付く。

「いただこうかな。」

「では従事に用意させますので、ご準備が出来次第食堂にいらしてください。」

「ありがとう。」

「では、食堂で。」

一礼しシャリーさんは部屋を出て行った。

「ふう。」

僕はいつものように上着を脱ぎ、そばに用意されている服に手を伸ばす。

「あ。」

女物の服を見て、僕はミナトちゃんであることを再び思い出させる。

「わ!や、これは違う!」

誰にともなく弁解して目を隠す。

「は、早く慣れなきゃ。これはボクだ。うん、これはボク。」

ゆっくりと手を目からはずす。

「!」

湊ちゃんのふたつの膨らみに目がいく。

「……。」

ごめん、湊ちゃん。何度もそんな言葉を繰り返しながら服を着替える。何とか僕でも着られる服で助かった。ワンピースのような服。

「可愛い。」

湊ちゃんの私服は見たことがないけど、きっとこんな感じなんだろう。背中まで伸びた黒髪が、白いワンピースを際立てる。夏少女という感じだ。

「ちょっと下がすーすーする。」

女の子のスカートってこんなにも無防備なのか……。

「よし!」

しっかりと着こなしをチェックして廊下へと向かう。

「おはようございます、ミナト様。」

扉の前に居た従事さんが挨拶する。昨日の夜と違う人だ。交代制なのだろうか?

「おはようございます。」

「ご準備はできましたか?」

「うん。」

「では、こちらです。どうぞ。」

従事さんは食堂まで案内してくれるようだ。僕は廊下のいたるところを見まわしながら進む。西洋の宮殿のように豪華だ。

しばらく歩くと、とても大きい扉の前で従事さんは立ち止まった。

「この奥でございます。」

「ありがとう。」

開かれた扉から中へと入る。

「お待ちしておりました。」

中にはシャリーさんだけ。とても大きな部屋の中央に、なんと10人くらいは軽く座って囲めるであろうテーブル。白いクロスがはってあり、豪華だ。

「なんか、ここすごいね。」

お姫さまにでもなった気分だ。

「すごい……ですか?」

シャリーさんにとってはこれが普通なんだよな。すごいな。

「うん。ボクの家でこれはまずあり得ない光景だよ。」

「ミナト様のお家はどういうお食事の仕方なのですか?」

「うーん、普通に2、3人くらいのテーブルとか?」

「可愛らしい食卓ですわね。」

ほっといてくれ。

「では、そこに立っていては食べられません。どうぞこちらへ。」

シャリーさんに案内され、席に座る。

見たことのない食べ物が並ぶ。日本だとこれは味噌汁なのかな?謎の茶色のスープ、それにオムライスのような感じの食べ物。名前も味も全然想像できない。

「どうかされましたか?」

シャリーさんが不思議そうに僕を見つめる。

「いや、あの、初めて見る食べ物ばかりで。」

「そうでしたか。ミナトさまの故郷とは全然違うようですわね。」

「うん。」

「食べ方をお教えしますから、どうか遠慮なく聞いてくださいね。」

「ありがとう。」

こうして、シャリーさんに毎回食べ方を聞きながらの朝食になったのだった。

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