第6話

……。

しばらく目を閉じるも、全然寝付けない。

「困ったなぁ。」

部屋が広すぎるせいだろうか?ここは客間らしく、大きいホテルのロビーみたいな広さに、部屋中央に噴水が設置してある。控えめでさほど気にならない程度の流水音が逆に心地いいくらいなんだけど、全然眠れなかった。

「……。」

こんな事態になったけど、今すごく気になっていることはこの体がみなとちゃんであるという事実。一人になり、とても静かな空間に取り残されているせいか、ある衝動に襲われる。


湊ちゃんの全身を見たい。


こんな時に不謹慎ふきんしんだと思う。でも、好きな子の体になった以上、見たいのだ。きっと誰もがこういう状況で一人になったらそう思うだろう。そう自分に言い訳する。

ベッドから起き上がり、鏡の前に進む。部屋は薄暗く、眠りにつく為の間接照明のようなものになっていた。きっとこれは魔法だろう。機械的なものではないのは確かだ。なぜなら、この部屋に電源コンセントが存在しないからだ。

ゆっくりと身にまとっている服を脱ぐ。自分の鼓動の音が今にも聞こえそうなくらい高鳴る。シュルシュルっと布が擦れる音が響く。

「……ごめん、湊ちゃん。」

下着一枚になる。実はブラジャーはつけていない。結構圧迫感があって、寝る妨げになりそうなので外してある。

「……あ。」

薄暗い部屋の中、鏡に映った湊ちゃんを見つめる。

「綺麗。」

これが本当に湊ちゃんの体かというと証明できるものはないけど、目で見る限り間違いなく湊ちゃんだ。すごくスタイルがいい。

「!?」

鏡を凝視する。なんだろう?噴水のあたり?僕は鏡に背を向け中央に設置されている噴水の前に立つ。

「鏡にはこの噴水、映ってないぞ?」

どういうことだろう?目では確かに噴水が見え、触れれば冷たさも感じられる。でも、手は濡れない。

「どういう……ことなんだ?」

少し怖くなる。シャリーさんならこの理由はきっと分かるだろう。眠ることもできなそうだし、シャリーさんに会いに行こうか?

「……このままじゃ怖いな。会いに行ってみよう。」

部屋の扉を開け、部屋の前に立つ従事さんと目が合う。

「どうなされましたか?ミナト様?」

鎧を身にまとっている従事さんは、まるで騎士だ。

「えっと、シャリーさんに会いたいのですが……。」

「シャリー様からお話は賜っております。このまま移動となりますがご準備はよろしいですか?」

「はい。お願いします。」

従事さんは僕が部屋から出ると施錠し、ついてくるようにと僕の前をリードして歩き出した。しばらく歩き、二人の従事が部屋を守る一際大きな扉の前に案内された。

「しばらくお待ちください。」

従事さん同士が会話している。別の言葉だろうか?外国語のように言葉の内容が理解できない。一人の従事がノックする。

「どうぞ。」

大きな扉なのに声はしっかりと聞こえる。これも魔法のたぐいなのだろうか?

「ミナト様がご来室です。よろしいでしょうか?」

「お通しになって結構です。ご苦労様でした。」

ガチャンと鍵の開くような音が響く。

「ミナト様、どうぞお入りください。」

「あ、ありがとうございます。」

扉のノブに手を触れた時、隣の従事さんに声をかけられる。

「ミナト様。」

「はい?」

「シャリー様はこの神殿のあるじに等しきお方です。どうか粗相無きようご留意いただきたい。それと、これはミナトさまのみが許された特別な措置でございます。意味はご理解いただけますね?」

つまり、シャリーさんに失礼のないようにしなさいという事だ。それと、これは特別なことであるということをしっかり認識するようにと言いたいようだ。

「分かっています。ありがとうございます。」

妙に緊張する。ゆっくりとノブを押し込む。一瞬、きしむようないい音がして、扉は開かれた。

「し、失礼します。」

「やはり、寝付けなかったようですね。」

寝間着姿のシャリーさんがベッド脇の丸い豪華なテーブルに腰かけている。窓際に置いてあるそのテーブルは月の光を浴び、とても神秘的な雰囲気を出していた。部屋に照明はない。

「お隣へどうぞ。」

シャリーさんが隣の空いた椅子を案内する。

「はい。」

ゆっくりと椅子の前に歩く。月の光を浴びているシャリーさんがすごく綺麗でドキドキしてしまう。

「寝付けませんか?」

「うん。ちょっと今日はいろいろありすぎてしまって。」

「そうですか。無理もありません。森で倒れていたくらいですから。それに、記憶も失くされているようですし。」

「うん。」

「気に病むことはありません。きっと、何かきっかけを掴めば記憶は戻るはずです。人とは本来、記憶を呼び戻すことが自分でできないだけであって、その魂はすべての記憶をしっかりと覚えているのですから。」

すごく優しい雰囲気で、僕を勇気付けてくれている。

「ありがとう。」

「えっと、シャリーさんに聞きたいことがあるんだ。」

「はい、何でしょう?」

さっきの鏡の事を聞いてみる。

「あの噴水は魔法で具現化ぐげんかしている一種の幻です。触れることはできますが、肉体にその現実を再現するまでには至りません。」

「それで手は濡れなかったのか……。」

「はい、そういうことですわ。」

一瞬ホラー的なものだったらどうしようって思ってたけど、これも魔法だったのか。

「シャリーさん、魔法って誰でも使えるの?」

「……いいえ。残念ながら魔法というのはその特性を持ち合わせた者にしか使用できません。なので、適合しない人は魔力さえも持ち合わせていませんの。」

誰にでも使えるわけじゃないのか。

「なぜそのような事を?」

不思議そうに尋ねるシャリーさん。

「いや、ちょっと気になっただけ。深い意味はないよ。」

「そうですか。」

そう言うと、シャリーさんは窓の外の月に視線を移す。すごく綺麗だ。

「……月、綺麗だね。」

「そうですわね。」

僕も月を見上げる。この美しさは日本の物とまったく変わらない。ここがどこの世界かまだ分からないけど、どの世界にも月が存在する。だから、この世界も宇宙と繋がっているんじゃないかって考えてしまう。

「今夜は眠れそうですか?」

「まだ分からないよ。」

「それでしたら、今夜は私と一緒に眠りにつきますか?こういう時は誰かと寄り添ったほうが寝つきやすいものですよ?」

「え?」

鼓動が再び高鳴る。シャリーさんと……添い寝!?

僕はますます目が冴えてしまうのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る