私の知らないあなた(13)
「優斗?」
追いかけていくと電気もつけず暗い中ベッドに腰かけている。
「優斗どうしたの?疲れてるの?ごはんはいらない?」
目の前でひざまづき優斗の顔を覗き込む。
瞳が少し動いただけで私を見ていない。
陰性症状が出始めたのかも知れない。
統合失調症には大きく二つの症状がある。
この前までの優斗のように幻聴や被害妄想に襲われ暴力的になったり、独り言を言ったりするのは陽性症状と呼ばれ、それとは反対にうつ病のように無気力状態になり感情も乏しくなるのが陰性症状だ。
「もう寝る?シャワーぐらい浴びたら?」
優斗の手の上に自分の手を重ねた。
「めんどくさい」
そう言うと優斗はごろんと横になり目を閉じた。
その日優斗が発した言葉はそれだけだった。
キッチンに戻るとさんまは焦げ、つみれ汁の入った鍋は煮立っていた。
長いため息が出た。
これから長い戦いが始まる。
陽性症状よりも陰性症状の方が長く続き、薬も効きにくいと言う。
覚悟を決めたはずだったが、深さの分からない沼に沈んでいくような不安をぬぐいきれなかった。
優斗は仕事に行かなくなった。
部屋に閉じこもり寝ているような起きているような状態でただ時間だけが過ぎていった。
食欲もなく、何もする気にならないという。
何日間もシャワーを浴びないときもあった。
そしてついに会社を辞めることになった。
辞めざるを得なかった。
優斗の両親は一人暮らしではなく自分たちと一緒に住むように説得したが優斗は嫌がった。
「雫と会えなくなるから嫌だ」
優斗の話し方はまるで四、五歳の幼児のようで、そしてその内容に私は咽せるように泣いた。
「なるべくストレスを与えない環境で」
担当医の言葉に従って優斗の両親は私の両親に頭を下げた。
家族だけのときは激しく反対していた父も、打ちひしがれた優斗の両親の前では苦い顔をしてうなずくしかなかった。
「雫の人生が傷つきそうになったら、その時はなにがなんでも引き離す」
私と母をリビングに残し父は一人自分の部屋に入っていった。
その日はずっとそれから出てこなかった。
母はただ哀しい目をして私を見つめていた。
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