風に吹かれて
チャーリィ
風に吹かれて
「俺たちは点を取るために生まれて来たわけじゃねえんだ。」
体育座りであぐらをかき、補欠している他の仲間と違い、富永は運動場の砂に"Life is not keeping score."と文字を書いた。
「じゃあどうしてサッカーなんてやってるんだ。」
「人は団結するだけが正解じゃないって教えてやりたいのさ。」
監督が富永を起用しない理由が分かる。僕が監督でも起用しない。
富永が僕の家に遊びに来た日のことだ。宗教の勧誘のおばさんがわが家である細野家のインターホンを鳴らした。こういう時、僕ら高校生はふざけて奇人を装ったり、逆にこちらが勧誘するとかして(僕はもちろんそういうことはしないけど)面白がる。富永は違う。
「神様にしてやるからウチに来い!」
その日からそのおばさんは僕の家に入り浸り、翌週には教祖となった。もっとも彼女自身は富永を教祖のように崇めた。富永もはじめは満更でもなかった。けど三日も経つとおばさんが自分にまとわりつくのが面倒くさくなったらしく、
「改宗しろ!」
と吐き捨てて新たな宗教団体におばさんをぶち込んだ。その後おばさんは富永に対する熱が覚めるまで、何日も僕の家の扉を叩いた。
「開けろ!富永出せ!」
あの時のことを思い出して、身の毛がよだった。
「白黒があんばぁれええ!」
地元の小学生が募金活動のためのペナントを掲げて、土手からなんでもない僕らの練習試合に黄色い声援をあげていた。白黒の縞模様のユニフォームはうちのチームの特徴だったから、男の子は僕らを贔屓してくれていた。『動物たちを応援しよう!』とのメッセージが何とも言えないシュールさを出していた。
一週間前に街で出会った募金箱を抱えてた子も、あの男の子だった。昼下がり駅前で不機嫌そうにタバコを吸うタクシー運転手のおっちゃんの負のオーラにも負けず、男の子は大きな声を出していた。僕は力になりたい気持ちと恥ずかしさが喧嘩して、近くを二、三周周って財布を探った。その時はたまたま小銭がなくてあるのは千円札だけだった。ちょっとためらってその場を離れ、出っ張った千円札を財布に直そうとした時、たまたま富永が現れた。
「千円出し入れして何してんだ。」
「いや、なんでもないよ。」
「よし、じゃあラーメンだ。」
「?」
なすがまま千円は一杯五百円のラーメン二杯に代わり、富永のお腹は満たされた。あの時募金箱に入ったかもしれない千円と、ラーメン千円と、態度の悪いタクシーのおっちゃんに払う運賃としての千円とは、同じだったのだろうか。
不意になぜか富永の顔が一気に曇った。その顔はすぐに晴れたかと思うと、次に富永はチーム全員を驚かせた。
「なあ先生、今すぐ俺を試合に出してくれ。」
ベンチは騒ついた。表情に富んだ部員らの、この瞬間だけを切り取って欧米人に見せたら、日本人の印象はどう変わるのだろう。先生(監督)なんてもはや感動のあまり目が潤んでいた。冷静に考えると今日はただの練習試合。必ず裏があることくらい僕たちでも分かるのだけれど、この先生の人柄の良さは、余計な詮索も深読みも一切しないところに表れている。
「よし、行って来い!」
富永は背番号17番を後ろに、調子よく親指を立てた。
「必ず点、決めてやるからよ!」
彼のポジションはディフェンダーだった。
「富永は何企んでるんだろうね。」
隣にいる伊豆が同じく三角に座った僕の肩を小突いた。透明なフレームのメガネが目元の涼しい伊豆の顔によく似合っている。
「得意の悪巧みかな。」
「ボクもそう思う。これまで富永がやる気を出してサッカーをすることなんて無かったからね。運動嫌いの富永が体力を使ってまでしてやることだよ。きっと恐ろしい角度のポリシーを持っているんだろうね。」
「富永の行動は予測不可能だからなあ。」
さっきの想像がもう一度蘇り、苦笑いを浮かべてしまう。
「それにね、明日は大事なテストだよ。富永ならなおさら体力を温存しそうなものだとは思わないかい。」
「確かに。もしそうならサッカーボールでお手玉するはずがないよね。」
主審が富永に早くも二回目のハンドの笛を鳴らした。伊豆は遠くの富永に優しく微笑んだ。
「進路相談近いんだから、彼自身そっとしていればいいはずなんだけどね。」
「・・・進路相談か。みんなはどうするんだろう。」
トーンが落ちてしまった僕を気にかけてくれたのか、伊豆は今よりも少し体を僕の方に向ける。
「そうだなあ、早い子は大学に行く勉強を始めてるだろうね。まあ運動部はインターハイがあるから、うちで強いラグビー部とかは、推薦もらったりするんだろうなあ。」
「やっぱり大学に行く人が多いよね。」
「細野も進学?それとも他に何かやりたいことがあるのかい。」
ないと言えば嘘になるのだろうか。
保護者用の進路相談の紙を受け取った日の帰りのこと。富永との部活帰りの夕方の通学路で、僕らの横を軽自動車が横切った。最初は選挙カーかなと思った。けれど車の屋根にはメガホンと並んで看板に大きく『下ヶ原青少年保護隊』と書いてあった。
「下ヶ原青少年保護隊は子どもたちの公序良俗を守るため、パトロールをしております。子どもたちの皆さんは寄り道をせず、まっすぐ帰りましょう。保護者の方々と共に健やかな未来を・・・。」
それを聴き終わる前に、富永は僕の手を取り帰路とは逆方向に引いていった。
「おい細野、あいつを追いかけるぞ。」
僕は意味が分からないまま放課後のランニングが始まった。せっかくひいてきた汗がぶり返してきた頃、ようやく信号待ちの軽自動車に追いついて富永は車道に乗り出した。
「俺たちを守りたいなら保護者どものダシに使える淫らなスクープでも寄越しやがれ!」
軽自動車は気にも留めず青信号で去っていった。
「富永、なんて言うことしちゃってるんだよ。」
「ほら見ろよ、あいつらは青少年を相手にしていないだろ。」
「いや、今の富永は青少年とは程遠かったからじゃないの。」
「人を見かけで判断しちゃいけないな。あいつらはよ、子どものことも信じられない保護者のガス抜きのために活動してんだ。まだ暗くもねえ夕方に排気ガスぶちまけて何が健やかだ。無理やり家に返そうとするような子どもの自由を奪う大人と闘うのが青少年保護隊だろ。どうせパトロールそっちのけで車内で呑気にラジオでも聞いてやがるんだ。」
そう言いつつ富永は左手でスマートフォンに、軽自動車のお尻に書いてあった電話番号をメモしていた。それから少し悲しい顔をして、優しい顔になった。
「やりたいことを良い方向に導くことと、良い方向のためにやりたいことを潰すこととは違うんだよ。」
その言葉は、まんま僕の今と重なった。
僕は富永のように生き方についてのポリシーがなかった。いつも新しい視点を見せるのは富永の方だったし、めちゃくちゃだと思いつつも、ちょっと感心してたり羨ましいところがあった。多分こんな破茶滅茶なやつとなぜか今も一緒にいるのは、今日みたいに、富永の中身はみんなが「なるほど」と頷くくらいに納得がいくもので動いていて、それでいて愛が垣間見えるからかもしれない。
そんな富永と一緒にいることで一つだけ、僕にもポリシーに近いものがあるということに気づいた。多分音楽だった。アーティストが「俺らはみんなのおかげで活動が出来てるんだ、ありがとう。」みたいなことを口する。僕はそれにだんだん違和感を感じ始めていた。音楽ってそういうものなのか。誰かの「おかげ」を担保にして歌うことが。そうではないんじゃないか。エルサルバドルから貿易風に吹かれて米国境を目指す、ソウルフルなキャラバンが旅の途中に歌うから音楽なんじゃないか。
だけどもこの考えは自分でもかなり卑しいしおこがましいなと思う。音楽を語る資格を持つのは僕じゃない。それに進路希望の紙に「ロックスター」とか書くと親も先生も僕も困るだろうなと思う。今も。
「伊豆にはさ、自分の哲学があるだろ。生活の中で何かを感じ取ったり、美術や映画をみて、教えられたことじゃなくて自分だけがたどり着く綺麗な部分を持っててさ。そういうのってどうしたら手に入るものなのかな。」
「そういうのってあんまり意識したことがないからなあ。うーん、何なんだろうね。気づいたらそう感じているというか。」
伊豆は眉間近くにあるメガネの付け根を触ってゆっくり首を傾げた。
「強いて言うなら、自分を信じられる何かを持ってるっていうことなのかなあ。」
「自分を信じられる何かか。」
言葉を噛みしめようとした僕の視線は伊豆から逸れていた。視線は勝手に泳いで土手を眺めていた。
「募金おねがいしまあぁす!」
僕らを応援してくれていた男の子が暑さにも負けずに誰かを呼びかけている。
信じられる何かがあることが哲学なら、千円握りしめてラーメンを食った僕はその世界から程遠いのだろう。
考えている間に、伊豆からたくさん時間を取ってもらったことを思い出す。
「ああごめん、一人で考えちゃって。そうだそうだ、富永のやつ何考えてるんだろうね。伊豆は何か思い当たる節あるの。」
伊豆は少し心配げな表情を浮かべた後、次第に穏やかになって再びメガネの付け根を触りだした。
「まるっきり分からないよ。だけどね、彼は何か起こすよ。彼はまだ人間が解き明かしていないバカヤロウの天才だからね。」
「なんだか楽しそうな話してんじゃーん。何々、富永のこと?」
今度は逆のほうからもう一人、僕を小突いた。
女子マネージャーの木下が横槍を入れてきた。小麦色の肌が健康的で、誰にも気軽に話すところが先輩後輩に関わらず好かれている。
「富永のやつまた悪巧みしてると思うんだ。何かあいつで気づいたこととかない?」
「えー変わったこととかあったかな。」
木下はゆっくり時間を使った。この独特な間にキュンとくるって言った友達がいたけど、僕はいまいちピンと来ていない。
「そういや、富永って耳痒いの?」
「え、どうして。」
「だって富永、試合中に何回も耳触ってるよ。軽い中耳炎なのかなって。」
富永が中耳炎だなんて本人から聞いたことはない。まあ普通わざわざ炎症を起こしたところを人に伝えたりはしないからその可能性はある。「あっ、それならボクも。」と伊豆も続く。
「ちょっと違うんだけれど、ボクも富永は怪我してるのかなって思っていたんだよ。なんか右脚の付け根を気にしてるみたいだったから。ほら。」
伊豆の言う通り、コート内で富永はたまに右脚の付け根を押さえていた。パッと見た感じ痛くはなさそうだったから軽傷なんだろう。
中耳炎と足の傷(あるいは筋肉痛とか)。どれも使える手がかりだとは限らない。
僕も自分自身でヒントを探そうとした。適当に辺りを見渡してみる。土手にはまだ男の子が募金活動をしていた。よく目を凝らして見てみると、土手にいる男の子から離れた木の陰にいつからいたのだろうか、タクシー運転手の格好をしたおっちゃんと中年の女性がいた。男の子はその人たちが募金するかもと期待しているのか、たまにその人たちをチラチラ見ている。そう言えば一週間前に男の子に出会った時もタクシーの運転手が印象的だったことを思い出す。同じ人?そう考えるには偶然過ぎるよなと思う。
考えに一区切りつけなさいとでも言うように、ホイッスルが短く鳴った。味方の一人が負傷して交代が必要になったのだ。木下が首から掛けているストップウォッチをみると、そろそろ試合は終盤に差し掛かっていた。謎は解けないまま。監督は交代要員に伊豆を呼ぶ。
「よおし伊豆、行ってこい。結果出してくるんだぞ。」
「はい!」
伊豆は監督に呼ばれて遠くに行ってしまった。見送った木下が今度は伊豆の代わりとして僕との会話に付き合う。木下は何やら伊豆に感心していた。
「伊豆って真面目だよね。授業でもそうだよ。私、伊豆とおんなじクラスなんだけどさ、先生に当てられたらどんな科目でも答えるの。しかも目を見てハキハキと。あれはきっと良い大学行くねー。推薦もあるだろうし、普通に試験で国立とか狙えるんじゃない。」
伊豆は確かに優等生だった。かもしれないけれど、その割にはさっきまで試合中にお喋りしていたし、監督にサボりがちで怒られたりと、どこか優等生になりきれていないところに人間味があると思う。その辺りは木下も同じかもしれない。勉強も真面目にこなすけれども隙を見つけて話し出す。学校の先生は大体木下の味方。木下こそ指定校に推されるような人だった。
「木下は進路、どうするの。」
「・・・私は。」
木下のトーンは変わった。木下の持つ声はより芯が太くなって、厚みが増した。
「私はインターハイに行く。」
「インターハイ?」
「私、ラグビー部のマネージャーが本業なの知ってるでしょ。うち、ラグビー強いからみんな毎日夜まで練習しててね。一回戦、強豪校と当たっちゃったから一生懸命なんだ。私、みんなと集中したい。少しだけの間、一年後の進路のことは置いといて、みんなの一週間、一ヶ月先に進む道を応援したいの。だから私、みんなと一緒にインターハイに行く。だから今日はサッカー部の面倒見る最後の日。」
さっきまでの木下の小麦色の肌は、スポーツに命をかけるラガーマンたちを映すスクリーンになっていた。木下の目にはこれっぽっちも迷いがなくて、学校のどんな男子よりもカッコ良かった。
「実はそのあたりは富永が気にかけてくれていたんだ。ラグビー日本代表の試合がいつ頃やってるから観とけとか、それが私、嬉しかったな。」
木下の進路希望はインターハイだった。もし進路希望書の提出期限が迫っていたとして、そこに「インターハイ」と書いたとしたら大人は笑うのだろうか。やりたいことが先生や両親の欲しい答えと違う時、それは下ヶ原青少年保護隊の言う公序良俗に反するのだろうか。
「ねえどうしてそんな富永がサッカー部に入ったのー?ちょっと細野、何か知ってたら教えてよ。」
木下はいつものトーンに戻った。さっきまでの真剣さは何処へやら。
「ええと、前に言ってたよ。「ワールドカップ観てたら入りたくなっちまったんだ。」って。」
「え、意外とミーハーな理由。もっとこう、深い訳があるのかと思っちゃった。」
「なんか落差を感じるよね。」
「私富永に「そんなに試合観るのが好きなら試合に出たら良いじゃん。」って言ってみたんだけど「スポーツってのは感動があって、人に求められるから意味があるんだよ。」って言って断られた。」
「うわあ、富永の言いそうなことだ。」
富永は何か行動するのに理由がないと生きていけないのだろうか。
「だから今日の富永にはびっくり!全然嘘じゃん!ふらっと試合入ってんじゃん!」
「あれ、富永はポリシーについては嘘をつかないんだと思うけど。」
富永はポリシーを大事にする男だった。そこで嘘をついたことはない。だとしたら今の状況って一体なんだ。
ピピピッっという音が木下の首元から聞こえてきたので、ストップウォッチを確認した。試合は残すところロスタイムのみだということが分かった。時間は迫っていた。
もう一度短くホイッスルが鳴った。味方がファールをして、自陣のゴール前にボールを置かれてキック(フリーキック)される前だった。時間的にもこれが後ラストワン、ツープレーくらいだ。募金の男の子も声かけしながらチラチラとこちらを見ている。謎は解けないのか。
突然、近くでプレーしていた伊豆が猛スピードで僕たちベンチ前に駆け寄ってくる。
「細野!ボク、分かったよ。」
伊豆の息が驚くほど切れている。
「分かったんだよ。青少年たちはみんな闘っているんだ!」
「どう言うことだよ、伊豆。」
「今しかないはずだ!富永はやる気なんだ!めちゃくちゃだ!」
「伊豆、相手のフリーキックだ。早く壁になれ!」
伊豆は監督の声を合図として、僕たちを後目にボールを置いている前へと横一列に並びだした。富永はゴール前で点を決められまいと相手と競っている。伊豆は富永が気になって仕方がないらしく、しきりに不安げな顔で後ろを確認している。
闘っている?今まで富永について話していたことや考えていたことを思い出す。青少年?保護隊のこと?怪我をしてるのにどうして試合に?さっきのポリシーの違和感はなんだ。
テストで全く勉強していない箇所の答えを無理やり捻り出すようにして、持っている富永の知識を全部こじつける。ほとんどはこんな風にしても解けないけれど、十回に一回くらいは導けることだってあるはずだと神にすがる。
突拍子もない答えが頭に一つ浮かんだ。もしこれが明日のテストなら解答用紙に絶対書かないことだ。
「ねえ木下、もしかして今ラグビーの試合って何かやってる。」
「え、ええ?そういや確か。あっ!やってるよ!今日は日本対南アフリカだ。」
やっぱりその通りだ。
「富永は今、ラグビーの試合を観ているよ。」
「どういう意味?!」
「あいつは脚を怪我していたりましてや中耳炎なんかじゃない、イヤホンとスマホを使ってラジオを聴いているんだ!」
しきりに耳や脚をいじったりしているのはそのためだ。もしその予感が当たっているなら、今から起こるだろうプレーは止めなければいけない。別に練習試合だからどうってことないが、なにせ僕の試合倫理的によろしくない。
「か、監督!僕を試合に出して下さい!」
ベンチは再び騒ついた。どうしてこうもベンチウォーマーが試合に意欲的なんだというざわつきに違いない。先生はついに泣いた。ごめんなさい先生。これには裏があるんです。詮索も深読みもしないで下さい。
「よ、よおし細野、よく言った!審判!もう一人交代だ!えっと、交代相手は・・・。」
「もちろん富永で!」
「わ、分かった!背番号17番だ!」
これで富永の悪巧みは未然に防げた。僕は胸を撫で下ろす。
「認められません。下ヶ原高校は交代枠を使い切っています。」
神様。どうしてあいつの肩を持つの。万策尽きた。もうおしまいだ。
プレー続行。相手チームのキッカーが助走のための距離をとった。木下が僕の体を揺さぶる。
「細野!教えてよ!富永はなにがしたいの!」
「・・・あいつは間違った夢を見せるよ。親に募金活動を強いられた男の子に。」
笛が鳴った。キッカーがゴール前に浮き玉を放り込んだ。伊豆がすぐに富永のいる後方を確認する。富永は相手と競り合っている。富永と相手フォワードが届くか届かないかの絶妙な位置にボールが運ばれる。
「やめろお、富永!」
僕と伊豆の声が轟く。富永とフォワードは共にボールに飛び込んだ。富永はフォワードより早くフォワードは富永よりも早く、自陣のゴールに二人飛び込みダイビングヘッドを決め込んだ。腹這いで点をもぎ取るラグビーのトライのように。男の子の黄色い歓声がこれ以上なく響いた。オウンゴールだ。
笛と同時に試合は終了した。両チーム並んで挨拶をしないといけないところ、富永は無視して募金活動の男の子のところに一目散に駆け出していった。何か話を済ませると遠目ながら男の子の顔は輝いて、富永はさも自分がヒーローのように握手をしていた。男の子は募金箱と横断幕を投げ捨て、夕日になりそうな太陽の輝く道へ駆け出した。その子どもの後をタクシー運転手のお父さんと宗教から抜け出したお母さんが追いかけていく。
富永はスポーツの力を信じた。男の子が好きで募金活動をやっていないことにいち早く気づいた富永は、その圧力の原因である親の存在にも気づいたんだと思う。男の子の黄色い声援。あの男の子はきっとサッカーがしたかった。その気持ちに素直に動くことが許されない青少年を見て、答えを導こうと富永の哲学は爆発した。一瞬富永が苦い顔をしたのは、たまたまその母親が宗教勧誘のおばさんだったからだろう。日本代表のラグビーの試合中継は富永を奮い立たせるいい起爆剤となったはずだ。ディフェンダーが点を決めるヒントを与えたのもラグビーだ。ディフェンダーが飛び込んでシュートを演出する。自分が決められないのなら相手に。そこにあるスポーツのドラマに男の子が一歩踏み出す勇気の可能性を信じたのかもしれない。
「富永!」
僕はスターの凱旋のように帰ってくる富永の元に詰め寄った。
「君ってヒトは。」
「信じられなーい!」
伊豆と木下も後に続く。僕は三人が気になっていることを代弁した。
「あの募金の男の子になんて言ったの。」
「あいつと募金を結びつけるなよ。」
と前置きした後で、僕たちは富永の一言を聴いた。
「電話番号を渡したんだよ、下ヶ原青少年保護隊の。ここにお前の両親の悪口をぶつけろって。」
富永らしかった。
さて進路はどうしようか。あの男の子は自分のサッカーの未来を切り開いたのか。少なくとも募金活動とはしばらく縁がないだろう。青少年保護隊の言う健やかな未来を育むなら真っ直ぐ家に帰るのもありだけれど、ロスタイムの僕を突き動かしたのが哲学なら、風に夢を預けてもいいのかもしれない。
僕らは土手を歩き始めた。夕日が試合帰りの僕たちの隣を走る軽自動車の上に掲げる看板の文字を反射させて消し去っていった。
風に吹かれて チャーリィ @charlie_1021b
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